トランプ大統領3「今何が起こっているのか」

トランプ大統領下で起こってくる問題は、連邦裁判官の任命権だの健康保険の先行きだの、誰でも予想できる問題が山のようにあるのですが、選挙からわずか1週間もたたないうちに、先の問題を云々するどころではなくなってしまいました。それはもう引き継ぎ準備1日目から、次々とありえない問題が勃発するからです。

というわけで「これから何が起こるのか」は、また先送りで、とりあえず「今何が起こっているのか」です。

日本では安倍総理がいち早くトランプと会見を行ったことが大きなニュースになっていました。会見前夜から、他国の首脳に先駆けて日本の首相が一番にトランプとの会見をとりつけた、と日本のニュースで報じられていましたが、同じころにアメリカで今一番人気のある政治番組「Rachel Maddow Show」では、日本の首相との会見が別の意味で取り上げられていました。なんと、会見が翌日に迫っているにも関わらず日本側に、会見の場所も時間も出席者も知らされていないというのです。そのうえ、日本側は誰に問い合わせればいいのかもわからなくて困っていると。

これは別に日本が軽視されているという意味ではありません。ことほどさように誰もがトランプと連絡がとれなくて困り果てている、外国の首脳ですらこの有様というトランプチームのディスファンクションぶりの例として挙げられたのです。本来なら新大統領はできるかぎり早く各部門からブリーフィングを受けなければなりません。国務省からのブリーフィングを受けなければ、外国の首脳との電話会談だってできないはずなのに、トランプはつかまらない。

それだけではありません。主要な役職を早急に任命して、その引き継ぎもしなければならないのに、それも一向に進んでいない。現政府関係者の不安は増すばかり、といった報道が相次いでいるところにポストされたトランプのツイッターがこれ。

「Very organized process taking place as I decide on Cabinet and many other positions. I am the only one who knows who the finalists are!」

「閣僚選びはすべて順調。ファイナリストを知ってるのはオレだけだ!」って、この男、まだ大統領選をリアリティショーと勘違いしています。首相が代わっても各省庁の首がすげ代わるだけで官僚はそのままの日本の制度と違って、アメリカでは大統領が代わると官僚からホワイトハウスのスタッフまで全員が総取り換えです。何千人というポジションを決めなければならないのに「オレだけ」でどうするって話です。Very organizedなわけがありません。

そもそも誰も予想だにしなかったトランプ当選。トランプ自身だって本気で大統領になるつもりなんかなかったに違いありません。本人だって周囲だって当選後の実務なんて本気で考えていたわけがないので、スムーズにいくわけがないのです。

そのうえ、選挙戦中にトランプの三銃士と呼ばれ、トランプがどんなトンデモ発言をしようが無理やりな言い訳をし続けたクリス・クリスティ、ニュート・ギングリッチ、ルドルフ・ジュリアーニは、プロの政治家とはいえ揃いも揃ってあまりにも問題をかかえすぎた崖っぷち野郎ばかり。忠誠心を大切にする(らしい)トランプがいくら三銃士を閣僚入りさせたくとも、そうは簡単にはいかない。

そこにもってきて、政権移行チームをリードするはずだったクリスティがいきなりチームから外され、クリスティの息のかかったスタッフは全員辞任というクリスティ・パージ。原因は、選挙間際のトランプのセクハラスキャンダルで弁護しなかったからとも、クリスティが検事時代にトランプの娘婿の父親を牢屋に送ったからともいわれます。何が本当の理由かはわかりませんが、まるでマフィアの報復劇。クリスティの方だって、ブリッジゲート・スキャンダル(アメリカ大統領選ウォッチ6「共和党がまじでやばい」参照)で選挙と前後して部下に有罪判決が下り、本人が訴追されないことが不思議な状態、とマフィア度ではどっこいです。

そして、クリスティのかわりにチームリードとなったのは副大統領のマイク・ペンス。が、このマイク・ペンス、政権移行チームをリードするのに必要な書類のサインを忘れ、またそこで遅れをとる。いまさら驚くことでもありませんが、チームの誰も実務を把握している人はいない模様です。それだけならまだしも、チーム内には通常ならありえないようなエグい面子が目白押しで、それがいちいち物議をかもす。

中でも一番問題視されたのが選挙アドバイザーからトランプ政権の戦略アドバイザーとなったスティーブ・バノンです。右翼の白人至上主義者として知られる人ですから、いくら保守の共和党の大統領だって、普通ならわざわざチームに入れたりはしません。が、そこが「忠誠心を大切にする」トランプです。

そして、政治のアウトサイダーだから献金やしがらみのない、国民のための政治ができると豪語していたはずなのにチームはロビーストだらけ。政治家に裏から働きかけていたロビーストが、そんなまどろっこしいことしなくても直接仕事ができるという最高にインサイダーフレンドリーなチーム。ロビーストまみれと批判されたのに慌てて、ペンスはロビーストを一掃すると宣言したのですが、もちろんそんな形ばかりの首のすげかえでロビーストの影響がなくなるわけはありません。世間様が信用せんわ、と言いたいところですが、トランプを選んじゃった世間様が、いつ気づくのかはわかりません。

トランプチームの問題はロビーストによる大企業の営利だけではありません。トランプチームには、トルコだのロシアだの問題になりそうな国と関わりをもっている「コンサルタント」がごろごろいます。そして、何よりも大きな問題なのはトランプ自身です。トランプ・エンタープライズそのものが大統領としてconflict of interest(利益相反)になります。なにしろトランプの名前のついたビルやらゴルフ場やらが国内ばかりでなく、外国にもたくさんあるのです。もう汚職の種はありまくりです。

そもそもトランプは60年にわたる大統領候補の中で、唯一税金申告書を公開しなかった候補です。大統領候補になれば税金申告書を申請して財政的な公正さを証明するのは常識とされてきましたが、トランプは相次ぐリクエストにも関わらず最後まで拒否し続けました。法律的な義務ではないので、それでも押し通せたわけです。実は違法すれすれの税法の抜け道を使って、この10年まったく連邦税を払っていない(今後数年も払わないですむ)ということがリークしても、しゃあしゃあと「それはオレが頭がいいからだ」とぬかしていました。今後も法律を破っていない(と解釈できるものなら)なんでもあり、に決まっています。

こんな形の国際企業の経営者が大統領になったことはアメリカの歴史上ありません。歴史上ない、ということはどういうことかというと規制する法律が整っていないということです。想定外ですから。もちろん、お金持ちの大統領はこれまでだっていました。というか、大統領になる時点である程度の財産はあるのが普通です。そこで利益相反を未然に防ぐために、歴代の大統領は財産を白紙委任信託(blind trust)にしてきました。白紙委任信託とは、財産を第三者に託して、本人にはその信託の状況をまったく不明な状態にするということです。

が、トランプが主張するのはトランプ・エンタープライズは「3人のこどもたちにblind trustとして託して経営させる」。子どもは第三者ではありません。ですから、それではblind trustではないし、利益相反の防止効果はまったくないわけですが、トランプとそのチームはそれをblind trustと言い続けています。そればかりではありません。その3人のこどもたち、ドナルド・ジュニアとエリックとイヴァンカ、およびイヴァンカの夫、ジャレット・クシュナーは政権移行チームのメンバーでもあります。つまり政府の要職の任命に関わる子どもたちが、政権移行後はトランプ・エンタープライズを経営するというわけです。

そもそも自分の家族を政権移行チームに入れるということ自体が前代未聞です。が、禁じる法律がないのでできてしまいました。白紙委任信託にすることも法律で義務化されているわけではありません。これまですべての大統領が常識として行っていたのは、わざわざ疑いを招くような、悪くすれば弾劾につながりかねない状況を放置すればろくなことにならないと信じていたからです。

トランプの家族経営は政権移行チームだけにとどまりません。トランプは娘婿のジャレット・クシュナーをホワイトハウスのスタッフにすると主張しています。これには、家族をAgencyとして雇うことを禁じたanti-nepotism lawがあるのですが、Agencyの解釈が微妙で、無給であれば法的には可能になってしまうというのです。しかもジャレット・クシュナーは政治家でもなんでもありません。その妻のイヴァンカが兄2人と一緒にトランプ・エンタープライズの経営を任されるというのですから、もうありえないくらいうさん臭い。とても先進国の近代国家の出来事とは思えません。

さあ、ここでまた「どこの国の首脳より早く」トランプと会談したわれらが安倍総理です。安倍総理はトランプとは気が合うかもと言っていたそうですが、それはそうでしょう。「美しい国、日本」に「make America great again」。中身のないスローガンのコンセプトまでなんだかかぶってます。この会見はアメリカでも話題になりました。内容ではありません。そこにイヴァンカとジャレット・クシュナーが同席していたからです。

外国の首脳との会見の場に政府と無関係な家族を同席させるなんてありえないというわけです。情報の機密性の問題はもとより、日本がトランプ大統領の政策に影響を与えるために、イヴァンカ・トランプの日本でのビジネス展開に進んで便宜を図るといった可能性だってあるわけです。そもそもトランプ・エンタープライズそのものの扱い自体も問題です。例えばトランプタワーを日本に作ろうと思えば、日本政府とのパイプがあれば有利に決まっています。

そんな物議をかもすのがわかっているような会見写真をトランプチームは、なぜわざわざ公開したのか。共和党内でも反対の多いであろうジャレット・クシュナー採用を既成事実にしようとしたのか、それともただ状況を理解していなかったのか。理由はわかりません。が、この会見の相手となった日本がどう見えるかというと「微妙」。少なくとも「日本の外交が巧みで、各国を出し抜いて新政権とのアメリカ外交でリードした」というふうには絶対に見えません。おそらく他の国は今は様子を見ているのです。

まだまだ本当にトランプ政権がどう実現するのかさえ、見えていません。事態が現実味を帯びてくるほどに、トランプは本当は大統領になんてなりたくないに違いないと思えるばかりです。ビジネスを本当のblind trustにするくらいなら、大統領をおりたほうがましと思っているに違いありません。陰でペンスに代わってくれと言っていても不思議はありません。

先週は、新たに司法長官に指名されたジェフ・セッションズが物議をかもしました。1986年にレーガンに連邦判事に指名されたものの人種差別的発言で上院の承認を得られなかったという経歴の持ち主だからです。今よりよほど社会が保守的だったはずの1986年の時点で承認を得られなかった人が今よみがえるというのですから恐ろしい話です。

一方で共和党内の反トランプの急先鋒だったロムニーが国務長官に指名されるかもという説も浮上しています。あれだけトランプに冷たかった共和党エスタブリッシュメントは、トランプ当選がまるで自分たちの手柄であるかのように大はしゃぎです。果たしてトランプは共和党エスタブリッシュメントの傀儡政権となるのか。独自路線を貫くのか。そもそも4年をまっとうできるのか。もしトランプが弾劾されたとしても、その後釜として大統領になるのは副大統領のあのマイク・ペンスですから(アメリカ大統領選ウォッチ15「副大統領はどうやって決まるのか」参照)、ある意味トランプより悪い。リベラルに逃げ場はありません。

トランプ政権で、これから何が起こるのかは今回の選挙で圧倒的な力を持った共和党がどうやってトランプと折り合っていくのかにかかっています。そして長期的には、惨敗民主党に2年後の中間選挙でせめて上院を取り戻すまでに立ち直ってもらわなければならないのですが、両党とも信じられないくらい変わっていません。これだけ天地を揺るがすような大統領選のあとでも組織というのは絶望的に変わらないものです。それについては次回に。

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トランプ大統領2「トランプに投票したのは誰だ?」

トランプに投票した人たちの出口調査の分析やインタビューが続々と報道され出したので、前回の「悪夢はなぜ起こったのか」の補足です。「これから何が起こるのか」は次に先送りします。

トランプ支持者のデモグラフィックを見ると一番顕著なのが人種と性別です。トランプ支持者の中心は高卒以下のブルーカラー白人男性と言われていましたが、学歴や社会的地位を除いた白人全体でも58%がトランプ支持(ヒラリーは37%)なのです。他の人種ではすべてヒラリーが圧勝なのに白人だけがトランプ支持が突出しています。

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男性はトランプ支持、女性はヒラリー支持という男女差は刷り込み済みですが、多くの人を驚かせたのは白人女性に限ると53%がトランプに投票していたことです。対するヒラリーへの投票は43%です(その他もあるので100%にはならない)。学歴を高卒以下にかぎると62%がトランプ支持。大卒以上ではヒラリー支持が上回りますが、51%と約半数で、わずかな差しかありません。女性全体のヒラリー支持が高くなっているのは、マイノリティの女性が圧倒的にヒラリー支持だからです。

トランプがマイノリティに弱いというのはずっと指摘されていましたが、マイノリティに強いはずのヒラリーはオバマほどにはマイノリティをとれませんでした。ラティーノが激増する中、マイノリティなしでは選挙に勝てないというのがヒラリー当確予想のよりどころでもあったのですが、マイノリティは少数だからマイノリティなのです。

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将来はともかく2016年時点で投票権を持つ総人数277,778,000人中、白人は156,084,000と圧倒的マジョリティを占めているので、白人を制した候補がまだ圧倒的に強いという当然の結果です。

大統領選ウォッチ16で紹介した「もし女だけが投票したら」(上)「もし男だけが投票したら}(中)というシミュレーション・マップと比べると、実際の選挙結果(下)が「もし男だけが投票したら」に近い形になっています。つまりトランプは予想を上回る女性票をとったわけです。

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予想外のトランプ勝利は、この白人女性票によるものが大きいと指摘されています。しかし、トランプ大統領誕生に絶望しているクリントンに投票した女性たちには白人男性はともかく同じ女性がトランプに投票するなんて到底信じられません。なんていうことをしてくれたんだという怒りの声もあちこちにポストされています。この選挙は人種や宗教だけでなく女性の分断も表面化させました。
トランプサポーターの女性というと低学歴定所得と思いがちですが、大卒の白人女性も半数近くがトランプに投票しているわけで、決して低学歴低所得者層だけでトランプが勝ったわけではありません。むしろ逆です。

投票者全体の内訳を年収別でみると、世帯年収5万ドル以下では圧倒的にヒラリーが強く、それ以上の年収でトランプが勝っています。中でも一番差をつけているのは一番のボリュームゾーンである年収5万ドル以上10万ドル以下(約500万~1千万円)の中間所得層です。

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つまりトランプに投票したのはトランプに騙された無教養な貧乏人ばかりではないということです。むしろ本当の貧乏人は正しい選択をしているわけです。年収20万ドル以上の上位5%の高額所得者がトランプを支持するのは理論的に理解できます。トランプは富裕層の減税や相続税の廃止といった金持ち優遇政策を公約しているし、口では貧乏人の味方なんていったって、実は金持ちクラブのお友達であることは金持ちには明白だからです。

が、理屈で理解できないのは年収5万ドルから10万ドルという中間層のトランプ支持です。年収五百万から一千万円といったら結構な高収入と思うかもしれませんが、生活費の高いアメリカの郊外や都心部では家族でかつかつで暮らせる収入です。つまりそこそこの学歴もあって今はそこそこの仕事もあるけれど、何かあったらすぐに本格的貧乏に転落してもおかしくない層です。ヒラリーと民主党の政策だと最も経済的な恩恵が大きいはずの収入層なのです。
この中には絶対にヒラリー支持と見込まれていて実はトランプに投票した郊外の白人女性層もいるし、工業地帯で失業の危機にさらされている工場労働者もいるはずです。この人たちがなぜトランプに投票したのかという理由はメジャーなメディアからいろいろな記事が出ています。

トランプが解決できるとは信じているわけではないけれど、これまでオバマも何もしてくれなかったから、何もおこらないのがわかっているよりは少しでも可能性がある方にかける、という切羽つまった理由もあれば、Ivanka Voterのように「こいつらほんとにバカだ」と頭をかかえたくなるような理由もあります。Ivanka Voterとは「イヴァンカのようにクラッシーな娘を育てた」トランプだから投票するというイヴァンカ・ファンの女性層です。Ivanka Voterは比較的裕福な郊外に住む白人女性と言われ、トランプを支持していることを人には言いません。それはトランプに投票するといえば「人種差別主義者」だといわれかねないし、いろいろなお付き合いにひびが入るからです。まさに典型的な隠れトランプ。

最後にもう一つ、無視できないデモグラフィックが年齢層です。メレニアル世代はトランプ嫌いと言われていましたが、出口調査でもその通りの結果が出ました。

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結果は見ての通り。バーニー支持の若者が第三党に投票したり投票に行かなかったのがヒラリーの敗因とも言われていましたが、これを見れば若者に罪はない。たしかに第三党への投票も多いけれどヒラリー支持が圧倒的です。トランプを当選させたのは53%がトランプに投票している45歳以上の中高年です。この代償を支払っていくのが若い世代だということを考えると本当にかわいそうです。

トランプ大統領1「悪夢はなぜ起こったのか」

アメリカ大統領選は悪夢のような結果になりました。誰もが予想だにしなかったトランプ大統領の誕生です。積極的にでもネガティブチョイスでもヒラリーを支持していたアメリカ人、つまりトランプはありえないと思っていたアメリカ人(および米在住外国人)はいまだにショックから立ち直れていません。立ち直れる気もしません。それくらい絶望的な結果です。

11月8日の選挙日、7時ごろに仕事を終えてニューヨークタイムズの選挙サイトを見ると、開票が始まった州はどこもトランプが若干リードしていました。なんだか嫌な感じはしたのですが、その時点ではヒラリーの勝利確率はまだ80%を超えていました。が、テレビの前で選挙速報番組を見ているうちにどんどん状況が変わり、9時ごろにはトランプ勝利の確率が90%を超えました。そして11時頃にヒラリーの負けがほぼ決定的になるまで、9月11日のニューヨークテロの中継を見ていた時に匹敵するような「これからどうなってしまうんだろう」という恐ろしい不安感を感じていました。

嫌われ者合戦とはいえ、ほとんどの人が予想していたのはヒラリーが勝って、初の女性大統領が誕生して、まずはめでたいという結果でした。あちこちで選挙観戦パーティが行われていましたが、それは想定内の結果を予想してのこと。どの世論調査でも、どのメディアでもトランプに勝ち目なしとしていましたし、ろくでもない選挙戦が終わることにほっとしていたのです。が、ほっとするどころか、ニューヨークはどこもまるでお通夜のようになってしまいました。

今回の選挙は、選挙人獲得数ではトランプ(290人)がヒラリー(228人)に勝っていますが、票獲得数(popular vote)ではヒラリー(60,274,974票)がトランプ(59,937,338票)に勝っているというゴア対ブッシュの時と同じ結果になりました。アメリカ人の過半数がトランプを支持したわけではないのです。こういう結果になるのは南北戦争時代の遺物である選挙人制度のせいです。各州の選挙人獲得が獲得票の比率ではなく勝者全取りになっているので(アメリカ大統領選ウォッチ8「ニューヨークもLAもかやの外」参照)、州の90%をとって圧勝しても51%で辛勝しても一つの州で獲得できる選挙人数は同じです。また、赤(トランプ)と青(ヒラリー)で色分けされたマップを見るとトランプ圧勝のように見えますが、実は大都市圏をかかえる東海岸や西海岸各州、イリノイ州などで圧勝しているヒラリーのほうが全米での獲得票数は多いのです。選挙人制度のおかげで、大統領選挙はいつでもスイングステート(共和党と民主党が拮抗する州)に向かってお祈りするしかないという無力感を味わっているニューヨークやカリフォルニアの住民は余計にやりきれない思いです。そして、東海岸や西海岸の民主党盤石のブルーステートの大多数の住人にとって、トランプ支持者がマジョリティを占める州はまったく理解できない存在です。

ヒラリーの勝ち目がなくなってきたころから、選挙速報番組はどの局も、なぜ世論調査が揃いも揃ってここまで予想を外したのか、という議論に終始していました。口には出さなくても事前にこんなに接戦だとわかっていたら、これが防げたかもしれないということは多くの人が感じたはずです。つまりヒラリー陣営もヒラリー支持(反トランプ)者もトランプ支持者をみくびっていたのです。白紙投票や当選の見込みのない第三党候補への投票といったプロテスト投票の多くは、ヒラリー楽勝という前提に立っているはずなので、トランプ勝利という危機感があればヒラリー票になったかもしれません。勝敗を決めたフロリダやミシガン、ペンシルバニアなどは、どこも1~2%差の大接戦でしたから、プロテスト投票がなければ、あるいはもう少し多くの人が投票に行ってくれれば勝てた可能性はあります。

世論調査が大きくはずれた理由としては、トランプ票にはこれまで投票したことのなかった人の票が多かった、とか調査ではクリントン支持と答えながら実はトランプに投票した隠れトランプサポーターがいたから、など色々あげられていましたが、要するにこれまでの調査メソッドが使えなくなっているということです。それは大手メディアが流し続けた反トランプのメッセージがまったく伝わらなかったのと似ています。伝わらないのはマスメディアだけではありません。ネットの場合は余計に伝わりません。受け手が聞きたい情報だけにアクセスできるのがネットの本質だからです。

トランプを当選させたのは現代版のドブ板選挙です。大嘘を含め、支持者に受けそうなセンセーショナルな内容をまめにツイッターで発信していたトランプは、ヒラリーから「明け方の3時にツイートするなんて」とバカにされていましたが、あれはネット上のドブ板選挙だったんだな、と今にして思います。そしてネットのドブ板活動を拡散させたのは本物のドブ板、口コミやピアプレッシャーです。ニューヨークのようなブルーステートに住むトランプサポーターは隠れトランプサポーターとなるしかありませんが、真ん中のレッドステートにはトランプサポーターがあふれかえっていたはずだし、スイングステートにも多くのトランプエリアがあったはずです。アメリカは大都市中心部を除いて社会経済的な地域による住み分けがはっきりしているので、同じ州内でも両者の支持者が均等に拡散しているわけではありません。つまり誰もが自分のサイドの情報バブルの中に住んでいるのです。

もちろん、トランプ支持者へのインタビューはどこの局でもやっていました。トランプを支持する理由をきかれて「アメリカがモスリムになるのを防ぎたい」とか「ヒラリーに我々の銃を持つ権利を取り上げられないため」とか、頭おかしいんじゃないのかと思いたくなるようなことを答えている。でなければ「安い健康保険がほしいし、収入をあげたい」ともっともな要望ですが、何ひとつ具体策を挙げていないトランプにそれが可能だとほんとに信じてるのか。馬鹿じゃないのか、としか思えない。その発言をさせている空気感というのがわからないのです。外国に行って、一つ二つ質問してその国民を理解しようとするようなものです。

トランプが勝った要因の根本はトランプ支持者には熱意があって、ヒラリーには熱意のある支持者が少なかったからです。トランプランドのトランプサポーターはさそいあって、これまで選挙に行ったことのない人まで一緒に投票にいったでしょうが、ヒラリーにはそういうサポーターはいなかった。それはヒラリーが予備選挙のときから引きずっていた問題で、若い世代に熱狂的に支持されたバーニーに比べても、その差は歴然でした。バーニーだったらトランプに勝っていたでしょう。共和党に比べれば、まだエスタブリッシュメントの崩壊度が軽かった民主党は、その組織力でバーニーブームをねじ伏せてヒラリーに勝たせることができてしまったのも結果的には災いでした。

さらにバーニーに勝った後、その支持者であった若い世代の気持ちをなえさせてしまったのもヒラリーの次の敗因です。ウォールストリートと戦うリベラル派のスター、エリザベス・ウォーレンを副大統領に選べば、バーニー支持者の若者の熱気を取り込んで勝てたかもしれません。が、ティム・ケインのような保守的なエバンジェリカルを副大統領に選んだことで、ヒラリーはますますプログレッシブ路線から遠のいた印象を与えてしまいました。「そうか、予備選挙や党大会ではプログレッシブな路線を進めるといっていたけど、勝ってしまえばこっちのもので、またエスタブリッシュメント路線を進むんだな」と感じたバーニー支持者は多かったはずです。熱心なバーニー支持者はトランプ嫌いでも突出していますからトランプには投票しなかったでしょうが、予備選挙でバーニーのためにしたようなドブ板運動をする熱気はヒラリーには到底もてなかったのです。

そして、もう一つの原因がアメリカが女嫌いのマッチョ文化の国だということ。アメリカのマッチョ文化がいかに根強いかは、2008年にヒラリーがオバマに予備選挙で負けたときにも感じましたが、今回も改めて感じました。ヒラリーが楽勝と予想されていた裕福な郊外地区の多くでトランプが予想以上に票を集めたのも、口には出さずにトランプに投票した「隠れトランプ」がかなりいたということです。ヒラリーには問題もいろいろありますが、トランプの問題に匹敵するようなものではないし、何よりポジティブな実績もあります。正当な理由なくあれだけ嫌われるのはヒラリーが女であることと無縁ではありません。

一方、マッチョ思想をもたない若いバーニー支持者には、ヒラリーはずるいエスタブリッシュメントに見えてしまいました。ヒラリーの世代の女性たちは子供たちを誰でも平等に扱うという思想で正しく育ててきて、子供たちも期待に応えて育ちました。そして、自分はマッチョ文化の根強いアメリカのボーイズクラブの中であれこれ妥協しながら生き抜いてきたら、それが「女であること」が差別の対象にもならないけれど、プレミアムにもならない若い世代からは体制派に見えるだけというなんとも不幸なタイミング。かくして熱心な支持者は中高年のフェミニストだけということになってしまいました。

その中高年フェミニストを含め、予備選挙時に組織の力でヒラリー選出を後押していたことが暴露された民主党委員会の責任も糾弾されています。ヒラリー楽勝に加えて上院の過半数奪還、うまくいけば下院もとれるかもくらいに予想していたわけですが、結果的にはトランプに負けたばかりか確実視されていた上院の過半数もとれませんでした。7月の党大会直前に辞任した民主党委員長デビー・ワッサーマン・シュルツに代わる臨時委員長を務めていたダナ・ブラジルにも同じようなヒラリーびいきのメールが流出。党内の分裂は共和党と同じくらいに深刻です。次期委員長にはリベラルをという動きがありますが、今さら感はぬぐえません。選挙当日までは崩壊している共和党を高見の見物気分だった民主党の立場は今やすっかり逆転してしまいました。ヒラリー当確予想の前提となっていたブルーウォールと言われる五大湖周辺のかつての民主党盤石エリアでまさかの敗北を喫した民主党は、このままでは2度と政権はとりもどせません。

さて、世界中で報道されている通り、ニューヨークやシアトル、ポートランド、シカゴといった大都市で、メレニアル世代を中心にトランプ選出に対するプロテストデモが自然発生的に続々と起きています。いてもたってもいられない気持ちはとてもよくわかります。市内に住んでいたら私も参加したかもしれません。

が、トランプが勝ったレッドステートやトランプ支持地域ではどうなっているのでしょう。メレニアル世代というと都心部の学生ばかりが報道されますが、たとえ貧乏学生だろうと学生であるということはアメリカの恵まれた側にいるということです。トランプ支持地域にもメレニアル世代はいるはずです。メディアの報道はプロテストばかりで、トランプ勝利後もトランプ支持者についてのまともな報道はほとんどありません。メレニアル世代がトランプを支持していないという世論調査だって今となれば眉唾ものです。
圧倒的にトランプ不支持だったメディア(ジャーナリスト)もトランプ勝利のショックから立ち直れていないので、プロテストにシンパシーを抱くのは当然です。が、そもそもメディアがトランプ支持者を把握できていなかったことが敗因の一つなのだとすれば、本当は今こそトランプランドを本気で取材しなければならないはずです。予定調和の外人インタビューみたいな報道では何もわかりません。トランプが「メディアは公平ではない」というのも、ある意味で正しいのです。

そして、変わらないのはトランプも同じです。トランプがプロテストに対して出したツイートがこれ。
「Just had a very open and successful presidential election. Now professional protesters, incited by the media, are protesting. Very unfair! 」
(公正な大統領選で勝ったら、メディアにそそのかされたプロのプロテスターがデモを始めた。アンフェアだ!)
Unfair!ってお前は5歳児かっ!と言いたくなるような相変わらずの反応。プロのプロテスターという大嘘も相変わらず。スタッフの言うことをきいて、おとなしくプロンプターの言うことを読んだ勝利宣言がまともだったからといって安心しちゃあいけません。トランプはトランプです。各地でのプロテストが大々的に報道されている以上、トランプとしては支持者に対して、こうしたドブ板ピンポイント・ツイートをしないではいられません。これで勝ったのだという自負があるので、まわりが何といってもきかないでしょう。

一方、棚から牡丹餅のように勝利を手にした共和党。トランプのキャンペーン中は物陰に潜んでいたくせに、勝ったとたんにまるで自分たちの勝利であるかのように調子づいている上院議長のミッチ・マコーネルや下院議長のポール・ライアンは見るだけでもイラっとします。が、上院、下院ともに過半数を守った以上、トランプ大統領下で何が起こるのかは、共和党にかかっています。その共和党がガタガタなのはすでに分かっているので、これがトランプ大統領登場の不安にさらに拍車をかけているのです。その「これから何が起こるのか」は次回で。