アメリカ大統領選ウォッチ16

注目は上院と下院選挙

2016年大統領選挙も本選挙まであと少し。この大統領選ウォッチも今回が最終回です。トランプの度重なる自爆によって、ヒラリーの勝利はほぼ確実となりました。何かと話題の多い選挙戦ではあるものの、予備選挙時点の高揚感は7月の党大会までで、大統領選に関しては今やアメリカは無力感に覆われています。前代未聞の嫌われ者対決で、チョイスは「とんでもないアポカリプス」または「どうせこれからも変わらないアメリカ」なわけですから当然といえば当然です。ブッシュ政権8年の後にオバマが勝った時のような「これでアメリカは変わる」という楽観的な希望はありません。

予備選にはエスタブリッシュメントと反エスタブリッシュメントという対立構造がありましたが、ヒラリー対トランプという本選挙では、ざっくり言うと知性主義と反知性主義という対立になってしまいました。高卒以下、ブルーカラー、田舎、男性、白人に集中しているトランプ支持者は、反トランプ側から見れば「お前ら馬鹿じゃないのか」としか思えない。知性主義の一大拠点であるメディアはこぞって「お前ら馬鹿じゃないのか」というメッセージを遠まわしに発しています。それで、トランプサポーターが「そうか、俺はバカだったのか」と思うわけもなく、メディアもエスタブリッシュメントと同じ敵だと思うだけです。

ポリティカリーコレクトネスの地雷をあえてふみまくり、論理が破綻しまくっているトランプを論破することなんて小学生でもできます。各局のキャスターが鬼の首でもとったようにトランプを非難するほどに、うんざりするばかり。しかもヒラリーに投票予定の人だって、究極のネガティブチョイスです。バーニーの出現によって否応なくプログレッシブに傾いたあの予備選挙の盛り上がりは今となっては幻のよう。なんだかもう虚しさいっぱいです。

トランプサポーターとヒラリーサポーターを分けている属性は、学歴に加えて、人種や地域など他にもありますが、その中で話題になった調査結果が、もし男だけに選挙権があったら、または女だけに選挙権があったら、という分析です。教育レベル、年収、人種すべて一緒くたにしてともかく性別だけでわけると、なんと男だけが投票するとトランプが楽勝するのです。女だけが投票すると、もう話にならないくらいヒラリーの勝ち。だめじゃん男。

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アメリカでも男と女の間には暗くて深い河が流れているようです。男女平等にうるさいアメリカの本質にあるマッチョ思想は本当に根深いんだなあと思います。そして男だけでもトランプが勝てない東海岸と西海岸、女だけでもトランプが勝つ南部や中西部を見ると、地域的な溝も深いのもわかります。

現実には、男女ともに投票権があるわけで、現在はどの調査でもトランプに勝ち目がないことが予想されています。トランプ大統領という大災害の可能性がほぼなくなった現在、民主党、共和党ともに大統領選よりも上院、下院の選挙対策に中心が移っています。大統領選挙と同日に上院、下院の改選もあるからです。今はいずれも共和党がマジョリティをとっていて、それがオバマの足かせとなっています。民主党としてはトランプ不人気に乗じて、この際なんとかそれをひっくり返したい。共和党としては、もう大統領選は捨てて、なんとしてもマジョリティだけは守りたいというわけです。

上院は任期が6年で2年ごとに3分の1が改選されることになっていて、この11月8日に改選になるのは34議席。現在はそのうち24議席が共和党ですが、民主党がここから4議席奪えば上院を取り戻せるのです。共和党候補は今、トランプを支持すれば中道の共和党支持者が離れ、トランプ不支持を表明すればトランプサポーターから嫌われるという八方ふさがりの状態で右往左往しています。これをついて、民主党が上院を取る可能性は高いといわれています。

今回の選挙でどちらが上院のマジョリティをとるかはとても重要な意味があります。それは最高裁判事の指名権がかかっているからです。最高裁の判事は定員が9名で、欠員ができた時は大統領が新しい判事を指名し、上院の承認を得ることになっています。自然ななりゆきとして、共和党の大統領が指名すれば保守よりの判事となり、民主党の大統領が指名すればリベラルな判事となります。この最高裁判事の構成は、中絶問題から銃規制問題まで、共和党と民主党の政治的争点になっているあらゆる問題に影響します。しかも最高裁判事に任期はないので、一度任命されれば一生やめることはありません。

判事の構成はこれまで保守5名、リベラル4名だったのですが、保守派の判事スカリアが今年2月に急死しました。オバマはすぐに、かなり中道よりの判事を指名したのですが、上院は「任期があと1年しかない大統領の指名ではなく、新しい大統領の指名を待つべきだ」と主張して、審議をしないままのらりくらりとここまで来ています。2月の時点では大統領選で共和党候補が勝てば保守の判事を指名できるという狙いがあったわけですが、ここでヒラリーが勝って、上院を民主党がとれば、中道派どころか思いっきりリベラルな判事を指名することもできてしまいます。

一方の下院は任期2年で全員改選ですから、11月8日に435議席すべてが改選されます。が、こちらは民主党がマジョリティをとれる可能性は限りなく低いといわれています。現在は共和党246議席で民主党188議席。民主党に追い風が吹いているというより、共和党に逆風が’吹いているのはかわりませんが、全体の票数では過半数がとれても議席数でマジョリティをとれる可能性はまずないといわれます。それは共和党が2010年に戦略的に選挙区の境界線を変えたからです。10年ごとに行われる国勢調査の年には州議会が選挙区を境界線を引き直すことができるのですが、共和党は調査年にあたる2010年を目指して大量の選挙資金をつぎ込んであらかじめ州議会をおさえ、下院選挙で共和党が有利になるように境界線を書き換えたのです。これによって民主党が下院のマジョリティをとるのは限りなく不可能に近くなりました。

この明らかな共和党の作戦勝ちに苦い思いをしている民主党は、次の国政調査のある2020年には選挙区の境界線の再度の引き直しを目指しているわけで、国政だけではなく各州議会の選挙にも力が入っています。何はともあれ必要なのはお金ということで、すでに大統領選の勝利が半ば確定したような状態でありながら、ヒラリーも、副大統領候補のティム・ケインもこれから選挙までの2週間は連日ファンドレイジングがみっちりだそうです。

一方の共和党は、下院議長のポール・ライアンが、下院選挙に集中するのでトランプには関わらないと宣言してトランプに腰抜けよばわりされていましたが、共和党の本音が「大統領選は捨てた。トランプ被害を最小限にくいとめたい」であることは明らかです。が、共和党支持者の中には無視できない数のトランプ支持者がいるわけで、トランプ支持者の票なしには勝てないので、それをあからさまにはできません。トランプ不支持を明言する議員が続出したとはいえ、不支持を表明したとたんに、やっぱり支持すると前言を撤回する議員も出るし、トランプを支持するかどうかという質問にはノーコメントを押し通す議員までいる始末です。あちらをたてればこちらが立たずで、お気の毒というしかありません。

トランプが負けて共和党から消えても、トランプを支持している40%近くのアメリカ人は消えません。完全に分裂した支持基盤を抱えた共和党がこれからどうなるのかは興味深いところです。