アメリカ大統領選ウォッチ15

副大統領はどうやって決まるのか

さて、また1ヶ月以上が経過しましたが、ちょっと中休み感のあった大統領選も予備選挙のフィナーレである各党大会となりました。昨日、民主党の副大統領候補が決まって、これで両党の役者がそろい、11月の本選挙にむけて新たな盛り上がりを見せています。

timkaine

ヒラリーが選んだのは、バージニア州上院議員のティム・ケイン(Tim Kaine)。ここ数週間、ずっと本命といわれていたので驚きはありませんが、エキサイトメントもないというチョイスです。
副大統領選びは票集めにどう役立つかということが大きなポイントですが、それには、自分が弱い層の獲得と、スイングステートの票集めとの2つの方向があります。自分が弱い層というのは、たとえばヒラリーでいえば若年層ということになります。

それをカバーするために浮上していたのが前回紹介したエリザベス・ウォーレンですが、エリザベス・ウォーレンの場合は、政治的主張がヒラリーよりずっとリベラルで、ヒラリーの副大統領という影のような位置におとなしくおさまるとは思えないという大きな問題がありました。プログレッシプであることを示すためには、ラテン系や黒人の副大統領を選ぶという選択肢もありましたが、そもそもヒラリーはすでに黒人層とラテン系には強く、対するトランプはマイノリティからの支持は壊滅的なので、黒人層のやラテン系の票を副大統領に頼る必要はありません。

と、そこで注目されるのがスイングステートです、アメリカ大統領選ウォッチ8「ニューヨークもLAもかやの外」で書いたように、アメリカは州毎に支持政党の傾向がはっきりしているので、本選挙の勝敗を決めるのは、両党の支持が拮抗している一握りのスイングステートとよばれる州です。そのスイングステートを地盤にしている政治家を副大統領に選べば、貴重なスイングステートを一つ取れる可能性が高くなります。ですから歴代の副大統領候補はこうしたスイングステートから選ばれるケースが多いのです。

その路線で本命の1人とされたのがオハイオ州上院議員のシェロッド・ブラウン(Sherrod Brown)です。オハイオ州は大統領選挙では毎回スイングステートとして勝敗の鍵を握る州で、オハイオをとらずに当選した大統領はいないとまで言われます。しかもシェロッド・ブラウンはブルーカラーに人気があり、NAFTAにもTPPにも反対のいわゆる左派。うってつけに見えるのですが、大きな問題が一つありました。それは上院議員が副大統領になって空きができた場合、新たな上院議員の指名権が州知事にあるという点です。オハイオ州知事は、予備選挙でトランプにやぶれた共和党のケーシック。ケーシックが指名するのは当然共和党員となり、民主党は貴重な上院の議席を失うことになります。共和党の混乱に乗じてマジョリティ挽回を狙う民主党としてはそれは避けたい。

ということで残ったのがティム・ケイン。ハーバード出の弁護士でリッチモンド市長、バージニア州知事、バージニア上院議員と、政治家すごろくを順調に上がってきたような人です。しかも学生時代にホンジュラスで1年間ボランティアをしたことからスペイン語に堪能。副大統領候補指名後初のフロリダでのスピーチは、スペイン語を巧みに混ぜ込んだ素晴らしいスピーチでした。スピーチはヒラリーよりうまい(ヒラリーが下手ともいえますが)。4千万人のスペイン語人口がいるといわれるアメリカでは、スペイン語は政治家には大きな武器です。それだけでマイノリティの味方感が出せる上、同時に国際派知性派アピールもできます。同じ外国語でもフランス語はだめです。フランス語に堪能だったジョン・ケリーは、それをネタに「スノビーなお金持ち」といわれてジョージ・ブッシュに負けました。

ティム・ケインは、副大統領候補として最初に名前が出たときから「I am boring(ぼくは面白みのないヤツだからね)」と自分でいっていたくらいで、地味ではありますが、良い人なんだろうなあ、という感じはします(実際はともかく)。好感度で問題のあるヒラリーとはいいコンビかもしれません。

が、心配なのはこの人が保守派であることです。まず、民主党の政治家としては珍しいプロライフといわれています。インタビューでは「自分自身は中絶には反対であるが、個人の選択に政治が口をはさむのはまちがっていると思う」と微妙な答え方をしていますが、どうも歯切れが悪い。また、銀行の規制緩和も推進しています。

そして、何よりも私が個人的に気になるのは、ティム・ケインがプロTPPであること。副大統領になるにあたって(おそらくヒラリーと足並みをそろえるため)TPPには反対であると表明しましたが、もともとはTPP推進派です。そもそもヒラリー本人がTPPに賛成票を投じていたのに、バーニー人気におされる形で予備選挙中にTPP反対にひるがえっただけで、本心はどうかわかりません。民主党のプラットフォームも最後までバーニー陣営ともめた挙句に、結局反TPPの文言は入りませんでした。民主党大統領であるオバマが推進したものを民主党として反対するのはいかがなものか、というのが理由だとされていましたが、信用できません。

TPPは日本ではプロ・アメリカの条約と考えている人も多いと思いますが、TPPはプロ国際企業であり、国際企業の多くがアメリカをベースとしているというだけのことで、アメリカでも一般には不人気です。ですから予備選挙の時点でほぼ全員の候補が反対していました。ご本尊であるアメリカが不参加となれば話にならないので、ここはなんとかアメリカで葬ってほしいところです。

副大統領というのは普通は政治方針にたいした影響はないのですが、保守派の政治家をランニングメイトとして選んだヒラリーに不安を感じるリベラルは少なくなかろうと思います。それにしても、ヒラリー・クリントンというのは、どうしてこう信用できない雰囲気を醸し出してしまうのでしょう。不思議です。

さて、一方のトランプが選んだのはインディアナ州知事のマイク・ペンス(Mike Pence)。選んだといってもヒラリーの場合と違って、あちこちで断られまくった結果のチョイスです。

pence

トランプの場合は何しろ政治家としては素人ですから、副大統領はそれをサポートできる国政の経験者であることが必要です。票獲得という点では、トランプは白人ブルーカラー以外のすべてで問題があるので、ある意味誰をみつけてきても役に立つともいえます。が、トランプと政治的心中覚悟の大博打に出よう、というプロの政治家はそういるものではありません。早くから積極的だったのはニュージャージー州知事のクリス・クリスティ(Chris Christie)と元下院議長のニュート・ギングリッチ(Newt Gingrich)です。クリス・クリスティは、アメリカ大統領選ウォッチ6「共和党がまじでやばい」で書いたとおり、ブリッジゲート(GWブリッジ閉鎖事件)で悪役イメージがっつりの政治家です。国政の経験はゼロ。しかもニュージャージー州は民主党磐石なのでとれるはずがない。ニュート・ギングリッチは国政ではベテランで、本人が大統領選挙に出馬したこともあるので経験は申し分ありませんが、下院議長時代から嫌われ者キャラです。2人ともトランプと並べたらいい勝負で、エンターテイメントとしてはおもしろかろうと思うのですが、いずれも票集めには貢献しそうもありません。むしろマイナスイメージです。

トランプが最も弱いのは女性票ですが、共和党の女性知事など、あれこれ声をかけては断られ、さらにマルコ・ルビオ、テッド・クルーズ、ジョン・ケーシックといった予備選挙でのライバルにも断られています。ルビオならフロリダがとれるし、ケーシックならオハイオがとれる(どちらもスイングステート)、クルーズなら福音派の保守層がとれる、と考えたのでしょうが、誰ものってはきませんでした。

最終的にお互いのニーズが合致したのがマイク・ペンスというわけです。「まともな」保守派の政治家であるということで、共和党内では好意的に受け止められましたが、トランプの大博打に乗ろうというくらいですから、王道を行く政治家ではありません。インディアナ州知事のマイク・ペンスが最近話題にのぼったのは、Religious Freedom Restoration Act という表向きは「宗教的自由回復法」ですが、要するにビジネスが宗教上の理由でLGBTを差別することを認める法律を発効させたことです。これによって、大企業やスポーツイベントが次々とLGBT差別を理由にインディアナ州からの撤退を表明して州に経済的な打撃を与えることになりました。結果的にこの法律を撤回することになったのですが、もちろん州知事としては不人気になり、今年の再選が危ぶまれていました。

このマイク・ペンスはトランプに比べれば「まともな」政治家かもしれませんが、その理念はとてもまともとは思えません。アメリカのバリバリ保守っていうのは日本とは別の意味で想像を絶するものがあります。

中絶反対、銃規制反対は共和党のお約束ですが、アメリカ国籍の生地主義に反対(血統主義支持)というのは共和党にもそうはいません。個人的に進化論は信じていなくて、天地創造説を信じているそうです。地球温暖化なんて存在していません。タバコとガンの関連性も認めません。ゲイの未成年へのコンバージョンセラピー(同性愛を治すセラピー)は合法だそうです。

日本のトンデモ右翼でも進化論を信じないとか、ゲイをセラピーで治せるとか言ってる政治家はさすがにいまいと思います。こういう人が州知事で、副大統領になってしまう、というのはある意味、アメリカはすごい。

党大会を前に、それぞれ党のプラットフォームも発表されましたが、共和党は歴史上「最も極端に右よりなプラットフォーム」で、民主党は「最もプログレッシブなプラットフォーム」といわれています。この1年たらずの前代未聞の予備選挙の影響がどちらにも色濃く現れているわけです。

バーニー・サンダースが勝てるみこみがなくなってからもレースからおりなかったのは、このプラットフォームに自分の主張を反映させたかったからで、結果的にそれなりの成果を収めたことになりました。まず、バーニーの売りの一つだった州立大学の無料化は「年収125,000ドル以下の家庭に対して無料化」と、条件付きながらほぼ認めた形となり、最低賃金15ドルと、家庭および健康上の理由での12週間の有給休暇も取り入れられました。最後までもめた反TPPは結局採用されませんでしたが、全体にかなりバーニー寄り、つまり民主社会主義的にプログレッシブになっていることは確かです。これだけ見ると、なんだか明るい未来に見えますが、民主党がプラットフォームとして決めたところで、共和党が国会でマジョリティをとっているかぎり、どれ一つとして成立の見込みはありません。

一方の共和党も負けてはいません。これまで同様にあらゆる銃規制に反対。中絶は違法化をめざす。そしてアメリカの軍人にはアメリカの法律のみを適用(自民党のお友だち、共和党は世界中でこれをやりたいようです)。環境は現在でも向上しているのでこれ以上何もしなくていい、地球温暖化なんて存在していなくて、金のかかる環境政策は民主党の陰謀である。南側の国境には壁を作る(すっかりトランプです)。

先週は共和党の党大会でした。例年なら党大会なんて、ただの候補のお披露目ですが、トランプのおかげで選挙が一大エンターテインメントと化した今年は党大会も注目を集めています。

共和党の重鎮であるはずの元大統領(ブッシュ親子)および元大統領候補(ミット・ロムニーとジョン・マケイン)は全員欠席、反トランプ派の反乱も予想され、本来は党の次世代ホープの売り出しの場とされていた党大会なのにスピーチをしたい人がいない、とすでに開催前から話題満載でした。

ふたをあけてみれば、予想に反して、反トランプの反乱はまったくの不発に終わり(若干のいざこざはあった)、トランプが正式に共和党候補として承認されました。が、政治とは無関係なところでトランプは期待を裏切らず話題をふりまいてくれました。

まずクイーンの「we are the champions」をBGMに使って、クイーンの抗議を受けて炎上。実はこれは2回目で予備選挙の最中にもこの曲を使ってクイーンに抗議されているので、トランプはよほどこの曲がお気に入りらしいです。ちなみにテレビのライブイベント(この場合は党大会)に曲を使用する場合はライセンス料さえ払っていれば、著者の許可を取る必要はありません。トランプのテレビコマーシャルに使うのなら著者の許可が必要なのですが、この場合は必要ない。つまりアーティストは自分の曲がどこに使われるかは選べないのです。だから、この場合クイーン側ができるのはせいぜいツイッターで抗議するくらいです。

そしてそんなことが吹き飛んだのがトランプ夫人、メレニア・トランプのスピーチ盗用事件。スピーチの要になっていた部分がほぼミシェル・オバマのスピーチの丸写し、ということが発覚し大騒ぎになりました。こうしたスピーチでは、プロのスピーチライターが何ヶ月もかけて作成した原稿があることが常識です。メレニアのスピーチもかつてジョージ・ブッシュのスピーチライターだったベテランのライター2人が1ヶ月以上前に完成させてトランプに届けていました。が、実際のスピーチはそれとは全く別ものだったのだそうです。事情がわからないまま共和党は「偶然の一致」説を押し通していましたが、これが偶然である可能性は天文学的確率の低さという統計が報道され、とうとうスタッフの1人が悪気がなくやりました、と発表されました。が、トランプ側からそのスタッフへのおとがめなし、というなんだかえらくあやしいままに話は片付いたのでした。

来週は民主党大会です。はたしてティム・ケインの副大統領候補指名でくすぶっているバーニー支持者をどれだけ盛り上がらせて取り込むことができるのか。トランプは「がっかりしているバーニー支持者はオレに投票せよ」とさわいでいますが、いくら予備選挙結果にがっかりしても、トランプに流れるバーニー支持者はそうはいまいと思われます。が、がっかりしたバーニー支持者がグリーン党やリバタリアン党といった第三党に流れるということは多いに有り得ます。すでにリバタリアン党は今回の選挙では通常以上の関心を集めています。トランプには勝てても過半数がとれなければ大統領の指名権は下院にいくのがアメリカの法律です。トランプと共和党が自爆しているからといって楽勝とはいえないのです。

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