アメリカ大統領選ウォッチ13

ニューヨーク予備選挙の特殊事情

さて、大票田として注目されたニューヨーク州予備選挙の結果は、予想通りトランプとヒラリーの勝利に終わりました。これだけ聞くと、まるでニューヨークではトランプとヒラリーに人気があるように見えますが、実はこの予備選挙結果は、さほどニューヨーク州民全体の意識を反映しているわけではないのです。特に共和党に関しては、これはニューヨーク州民の総体的な意識を表す結果ではありません。実はニューヨークにはトランプ支持者はほとんどいないのです。それなのになぜトランプが大勝したかというと、それはニューヨークの選挙事情にわけがあります。

予備選挙というのは国政選挙ではなく、プライベートな組織である各党の代表を決める手続きですから、国民全員に投票権があるわけではありません。州法によって選挙権があれば誰でも投票できるオープン方式の州と、党員として登録している人だけに投票権があるクローズド方式の州がありますが、ニューヨークの場合は、全米でも最も厳格なクローズド方式です。

ニューヨーク州全体には有権者が1,200万人弱いるのですが、そのうち民主党に登録しているのは580万人弱、共和党に登録しているのは270万人強です。残りの30%くらいの人々はインディペンデントと呼ばれる無党派で(弱小政党の支持者も若干いる)、予備選挙には参加できません。ニューヨーク市に限るとさらに極端で、450万人弱の有権者のうち、民主党員は300万人強、共和党員は46万人、つまり共和党の予備選挙に参加できるのはニューヨーク市民の約1割です。

民主党磐石のニューヨーク州の共和党員というのは、そもそもが少数派であって、ニューヨーク市内に限っていえば異端といってもいいような存在です。しかもその少数派の中でもマンハッタンのトランプタワーのある選挙区に限って言えば、トランプはケーシックに負けています。ですから、トランプが州の予備選挙で60%を獲得したといっても、マンハッタンでランダムに街頭インタビューをしたら、トランプを支持する人にはめったにお目にかかれないということになります。

ちなみにニューヨークに限らず、アメリカでは成人年齢に達したり、引越したりしたときには、居住地区で投票人登録をしないと投票はできません。その投票人登録フォームには支持政党を書き込む欄があります。そこに支持政党を書き込むとその党のメンバーとして登録されたことになります。とても簡単です。特に支持政党を決めていない場合はno partyと書けば、いわゆるインディペンデントになります。支持政党の変更も可能です。が、支持政党の変更にはno partyからの変更も含めて投票するための締切期限があります。州によっては予備選挙当日の変更も可なのですが、ニューヨークの場合はその締切が全米一、それも飛びぬけて早いのです。

今回の予備選挙の場合、締切は去年の10月9日でした。つまりニューヨーク州のインディペンデントは半年以上前に投票したい政党(民主党または共和党)に登録変更をしていないと投票できなかったということです。去年の10月といえば、まだ予備選挙の始まる前、最初の討論会さえ開催される前です。その頃はトランプやバーニーがここまで支持を集めるとは誰も夢にも思っていなかったし、こうした熱い長期戦は予想されていませんでした。過去の例では、ニューヨーク予備選挙の時期には両党の候補はほぼ決定していたのです。つまり、ニューヨークの予備選挙というのは、これまで投票したってしなくたってどうでもいいのがデフォルトだったのです。その結果、ニューヨーク州で予備選挙に参加するのは、民主党あるいは共和党のコアな支持者のみ。半年も前にはりきってどちらかの政党に登録変更をするインディペンデントは多くはないし、そもそも規則そのものがあまり知られていませんでした。今回の予備選挙ではトランプの成人した子ども2人も、この締切を知らずに登録が間に合わず、投票できなかったのです。

一方、インディペンデントに圧倒的に強いといわれるのがトランプとバーニーです。つまり、ニューヨーク州はその点で、トランプとバーニーには不利な州ということになります。バーニーがニューヨーク州内の集会では大変な人気を集めていながら思ったほど票を伸ばすことができなかったのは、このニューヨーク州の厳格なクローズド方式が大きく影響しています。

それでは、この不利な条件にも関わらず大勝したトランプはよほど人気があったのか?ということになりますが、トランプのニューヨークでの勝因はまったく別のところにあります。それは、後を追うテッド・クルーズがニューヨークで徹底的に嫌われていることです。

クルーズはニューヨーク州の大負けで自力での過半数獲得は計算上不可能となりました。しかし、3位のケーシックを大きく引き離して2番手につけていて、トランプに次いで共和党候補になる可能性が高いはずです。が、日本ではほとんど知られていません。存在のアクの強さではトランプにもおとらないクルーズについて、ここでちょっと簡単に説明しましょう。

まずバリバリの極右保守です。中絶はレイプでも何でも反対。同姓婚は有り得ない。リバタリアンでもあり(リバタリアンの本家みたいなロン・ポールに言わせるとクルーズなんかほんとのリバタリアンじゃないそうですが)、国税局廃止を訴えています。もちろん健康保険のオバマケアは大反対(これは共和党候補全員がそうですが)。テッド・クルーズを一躍有名にしたのは2013年に予算を通過させずにオバマケアを阻むために国会で行った21時間スピーチです。時間切れにもちこむためにダラダラと21時間ノンストップのスピーチをして国会を機能不全にしました。そしてこれも共和党は全員がそうですが、地球温暖化は認めない(そんなもんはリベラルが造り上げたでっちあげだ)ことでも急先鋒です。

もともとティーパーティの支持を得て政界に出て来たのですが、本人はプリンストンからハーバードロースクールを出たエリート。さらに妻はゴールドマンサックスの大金持ちの投資担当部門の重役(現在休職中)という、貧乏人の味方では有り得ないところも胡散臭い。

また、中絶と並んで共和党と民主党を二分する社会問題である銃規制反対でも最右翼。「悪いやつを止めるには正義側が銃をもつことである」という持論で全米ライフル協会からA+をもらう政治家です。

ちょっと話はそれますが、この銃規制に関する共和党の姿勢というのはちょっと頭を抱えたくなるものがあります。胎児の命を守るのにはやけに熱心な共和党ですが、生まれた後の人を殺すことにかけては、まことに鷹揚、ほとんど全米ライフル協会のいいなりです。アメリカの国会でマジョリティを確保している共和党があらゆる銃規制に問答無用で絶対反対なので、これだけ銃による犯罪がありながら一向に銃規制が進みません。銃購入のためのバックグラウンドチェックを厳しくしようというだけでも、Second Amendment(憲法修正第二条)で保証されている自己防衛の権利が危ういと大騒します。銃販売のプロセスにテロリスト容疑者リストのチェックを加えるという法案すら「もしたまたま同姓同名の人がいて、間違われたら銃が買えなくなるから反対」(byマルコ・ルビオ)というテロの心配より事務処理ミスの心配か、という屁理屈をこねくりまわして反対。「ユダヤ人が銃をもっていたらホロコーストは防げた」(byベン・カーソン)とか、お前バカじゃないのか、と思われるようなことまで堂々と言ってしまいます。

さて、ここでまたクルーズの話に戻りますが、リベラル磐石のニューヨーク州は全米でも珍しく厳しい銃規制をもつ州です。当然クルーズの銃擁護理論は嫌われます。同姓婚や中絶問題といったほかの社会問題に関しても、いくら共和党でもニューヨークではクルーズの超保守思想は受けません。
そして、何よりも決定的だったのはサウスカロライナでの討論会でトランプを攻撃するのに「同性婚や中絶をサポートしてお金とメディアに執着するニューヨークの価値観」として、「ニューヨーク価値観」批判をしたことです。これがニューヨーカーの間で大炎上。選挙運動中も行く先々でボイコットにあうことになりました。

ニューヨークのタブロイド紙、デイリーニュースにもこんな表紙が。


さて、ニューヨークで超不人気のクルーズにかわって2位につけ、小数ながらデリゲートも増やしたのがケーシックです。このケーシックはトランプやクルーズに比べれば、オーセンティックな政治家であるとして、常識派共和党支持者の票を集めているのですが、実はこの人もまた結構なとんでもぶりを発揮していることがわかってきました。これまで報道されてこなかったのは注目されていなかったからだったのです。

そのとんでもぶりはトランプやクルーズとはちょっと違います。先週話題になっていたのはケーシックの「tone deafness」。そのまま訳せば音痴ですが、つまり「空気読めない」というやつです。その失言、そして失言であることが理解できていないぶりは自民党の政治家を思わせるものがあり、これでは政治家の資質として問題ありすぎです。なるほど、共和党エスタブリッシュメントが候補としてまともにとってなかったわけが納得できます。
(このクリップの10分目くらいからです)

ラテン系を持ち上げるているつもりで、宿泊したホテルのヒスパニックのメイドがどんなに素晴らしかったかをとうとうと述べる。女性からのサポートに感謝するつもりで「私が当選できたのも、たくさんの女性がキッチンから出てきてサポートしてくれたからです」。冗談のつもりで女性支持者に向かって「あなたはダイエットしたことある?あるよね、何回も」。自分の世代での社会保障について質問した女子高校生に向かって「16歳なのに、年金の心配?誰かにいわれて質問してるの?」そして極めつけが、性的暴力の防止対策についてどう考えているか、という女子大生の質問に対して長々と答えた最後に「一つアドバイスをしよう。お酒のからむパーティには行かないことだ」。まあ、ほかにもいろいろ。このビデオクリップは面白いのでぜひご覧ください。ちなみにこれがなんでいけないの?と疑問に思った方は政治的「tone deafness」です。

おそらく、どういう展開になってもケーシックが候補になることは有り得ないと思われます。

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投稿者: motokokuroda

アメリカ生活も四半世紀を超えました。お料理から政治まで、興味のおもむくままに。

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