アメリカ大統領選ウォッチ13

ニューヨーク予備選挙の特殊事情

さて、大票田として注目されたニューヨーク州予備選挙の結果は、予想通りトランプとヒラリーの勝利に終わりました。これだけ聞くと、まるでニューヨークではトランプとヒラリーに人気があるように見えますが、実はこの予備選挙結果は、さほどニューヨーク州民全体の意識を反映しているわけではないのです。特に共和党に関しては、これはニューヨーク州民の総体的な意識を表す結果ではありません。実はニューヨークにはトランプ支持者はほとんどいないのです。それなのになぜトランプが大勝したかというと、それはニューヨークの選挙事情にわけがあります。

予備選挙というのは国政選挙ではなく、プライベートな組織である各党の代表を決める手続きですから、国民全員に投票権があるわけではありません。州法によって選挙権があれば誰でも投票できるオープン方式の州と、党員として登録している人だけに投票権があるクローズド方式の州がありますが、ニューヨークの場合は、全米でも最も厳格なクローズド方式です。

ニューヨーク州全体には有権者が1,200万人弱いるのですが、そのうち民主党に登録しているのは580万人弱、共和党に登録しているのは270万人強です。残りの30%くらいの人々はインディペンデントと呼ばれる無党派で(弱小政党の支持者も若干いる)、予備選挙には参加できません。ニューヨーク市に限るとさらに極端で、450万人弱の有権者のうち、民主党員は300万人強、共和党員は46万人、つまり共和党の予備選挙に参加できるのはニューヨーク市民の約1割です。

民主党磐石のニューヨーク州の共和党員というのは、そもそもが少数派であって、ニューヨーク市内に限っていえば異端といってもいいような存在です。しかもその少数派の中でもマンハッタンのトランプタワーのある選挙区に限って言えば、トランプはケーシックに負けています。ですから、トランプが州の予備選挙で60%を獲得したといっても、マンハッタンでランダムに街頭インタビューをしたら、トランプを支持する人にはめったにお目にかかれないということになります。

ちなみにニューヨークに限らず、アメリカでは成人年齢に達したり、引越したりしたときには、居住地区で投票人登録をしないと投票はできません。その投票人登録フォームには支持政党を書き込む欄があります。そこに支持政党を書き込むとその党のメンバーとして登録されたことになります。とても簡単です。特に支持政党を決めていない場合はno partyと書けば、いわゆるインディペンデントになります。支持政党の変更も可能です。が、支持政党の変更にはno partyからの変更も含めて投票するための締切期限があります。州によっては予備選挙当日の変更も可なのですが、ニューヨークの場合はその締切が全米一、それも飛びぬけて早いのです。

今回の予備選挙の場合、締切は去年の10月9日でした。つまりニューヨーク州のインディペンデントは半年以上前に投票したい政党(民主党または共和党)に登録変更をしていないと投票できなかったということです。去年の10月といえば、まだ予備選挙の始まる前、最初の討論会さえ開催される前です。その頃はトランプやバーニーがここまで支持を集めるとは誰も夢にも思っていなかったし、こうした熱い長期戦は予想されていませんでした。過去の例では、ニューヨーク予備選挙の時期には両党の候補はほぼ決定していたのです。つまり、ニューヨークの予備選挙というのは、これまで投票したってしなくたってどうでもいいのがデフォルトだったのです。その結果、ニューヨーク州で予備選挙に参加するのは、民主党あるいは共和党のコアな支持者のみ。半年も前にはりきってどちらかの政党に登録変更をするインディペンデントは多くはないし、そもそも規則そのものがあまり知られていませんでした。今回の予備選挙ではトランプの成人した子ども2人も、この締切を知らずに登録が間に合わず、投票できなかったのです。

一方、インディペンデントに圧倒的に強いといわれるのがトランプとバーニーです。つまり、ニューヨーク州はその点で、トランプとバーニーには不利な州ということになります。バーニーがニューヨーク州内の集会では大変な人気を集めていながら思ったほど票を伸ばすことができなかったのは、このニューヨーク州の厳格なクローズド方式が大きく影響しています。

それでは、この不利な条件にも関わらず大勝したトランプはよほど人気があったのか?ということになりますが、トランプのニューヨークでの勝因はまったく別のところにあります。それは、後を追うテッド・クルーズがニューヨークで徹底的に嫌われていることです。

クルーズはニューヨーク州の大負けで自力での過半数獲得は計算上不可能となりました。しかし、3位のケーシックを大きく引き離して2番手につけていて、トランプに次いで共和党候補になる可能性が高いはずです。が、日本ではほとんど知られていません。存在のアクの強さではトランプにもおとらないクルーズについて、ここでちょっと簡単に説明しましょう。

まずバリバリの極右保守です。中絶はレイプでも何でも反対。同姓婚は有り得ない。リバタリアンでもあり(リバタリアンの本家みたいなロン・ポールに言わせるとクルーズなんかほんとのリバタリアンじゃないそうですが)、国税局廃止を訴えています。もちろん健康保険のオバマケアは大反対(これは共和党候補全員がそうですが)。テッド・クルーズを一躍有名にしたのは2013年に予算を通過させずにオバマケアを阻むために国会で行った21時間スピーチです。時間切れにもちこむためにダラダラと21時間ノンストップのスピーチをして国会を機能不全にしました。そしてこれも共和党は全員がそうですが、地球温暖化は認めない(そんなもんはリベラルが造り上げたでっちあげだ)ことでも急先鋒です。

もともとティーパーティの支持を得て政界に出て来たのですが、本人はプリンストンからハーバードロースクールを出たエリート。さらに妻はゴールドマンサックスの大金持ちの投資担当部門の重役(現在休職中)という、貧乏人の味方では有り得ないところも胡散臭い。

また、中絶と並んで共和党と民主党を二分する社会問題である銃規制反対でも最右翼。「悪いやつを止めるには正義側が銃をもつことである」という持論で全米ライフル協会からA+をもらう政治家です。

ちょっと話はそれますが、この銃規制に関する共和党の姿勢というのはちょっと頭を抱えたくなるものがあります。胎児の命を守るのにはやけに熱心な共和党ですが、生まれた後の人を殺すことにかけては、まことに鷹揚、ほとんど全米ライフル協会のいいなりです。アメリカの国会でマジョリティを確保している共和党があらゆる銃規制に問答無用で絶対反対なので、これだけ銃による犯罪がありながら一向に銃規制が進みません。銃購入のためのバックグラウンドチェックを厳しくしようというだけでも、Second Amendment(憲法修正第二条)で保証されている自己防衛の権利が危ういと大騒します。銃販売のプロセスにテロリスト容疑者リストのチェックを加えるという法案すら「もしたまたま同姓同名の人がいて、間違われたら銃が買えなくなるから反対」(byマルコ・ルビオ)というテロの心配より事務処理ミスの心配か、という屁理屈をこねくりまわして反対。「ユダヤ人が銃をもっていたらホロコーストは防げた」(byベン・カーソン)とか、お前バカじゃないのか、と思われるようなことまで堂々と言ってしまいます。

さて、ここでまたクルーズの話に戻りますが、リベラル磐石のニューヨーク州は全米でも珍しく厳しい銃規制をもつ州です。当然クルーズの銃擁護理論は嫌われます。同姓婚や中絶問題といったほかの社会問題に関しても、いくら共和党でもニューヨークではクルーズの超保守思想は受けません。
そして、何よりも決定的だったのはサウスカロライナでの討論会でトランプを攻撃するのに「同性婚や中絶をサポートしてお金とメディアに執着するニューヨークの価値観」として、「ニューヨーク価値観」批判をしたことです。これがニューヨーカーの間で大炎上。選挙運動中も行く先々でボイコットにあうことになりました。

ニューヨークのタブロイド紙、デイリーニュースにもこんな表紙が。


さて、ニューヨークで超不人気のクルーズにかわって2位につけ、小数ながらデリゲートも増やしたのがケーシックです。このケーシックはトランプやクルーズに比べれば、オーセンティックな政治家であるとして、常識派共和党支持者の票を集めているのですが、実はこの人もまた結構なとんでもぶりを発揮していることがわかってきました。これまで報道されてこなかったのは注目されていなかったからだったのです。

そのとんでもぶりはトランプやクルーズとはちょっと違います。先週話題になっていたのはケーシックの「tone deafness」。そのまま訳せば音痴ですが、つまり「空気読めない」というやつです。その失言、そして失言であることが理解できていないぶりは自民党の政治家を思わせるものがあり、これでは政治家の資質として問題ありすぎです。なるほど、共和党エスタブリッシュメントが候補としてまともにとってなかったわけが納得できます。
(このクリップの10分目くらいからです)

ラテン系を持ち上げるているつもりで、宿泊したホテルのヒスパニックのメイドがどんなに素晴らしかったかをとうとうと述べる。女性からのサポートに感謝するつもりで「私が当選できたのも、たくさんの女性がキッチンから出てきてサポートしてくれたからです」。冗談のつもりで女性支持者に向かって「あなたはダイエットしたことある?あるよね、何回も」。自分の世代での社会保障について質問した女子高校生に向かって「16歳なのに、年金の心配?誰かにいわれて質問してるの?」そして極めつけが、性的暴力の防止対策についてどう考えているか、という女子大生の質問に対して長々と答えた最後に「一つアドバイスをしよう。お酒のからむパーティには行かないことだ」。まあ、ほかにもいろいろ。このビデオクリップは面白いのでぜひご覧ください。ちなみにこれがなんでいけないの?と疑問に思った方は政治的「tone deafness」です。

おそらく、どういう展開になってもケーシックが候補になることは有り得ないと思われます。

アメリカ大統領選ウォッチ12

アンバウンドデリゲートってなんだ?

大統領予備選挙もいよいよ大詰めにさしかかりました。1月から、その時々で話題になっているトピックを取り上げてきたのですが、ふりかえってみるとこの3ヶ月で選挙戦をめぐるアメリカ全体の空気がずいぶん変わってきています。この大統領選ウォッチの第1回のタイトルは「アメリカは社会主義アレルギーを克服できるか?」でしたが、バーニーが善戦を重ねている今見れば間抜けなタイトルで、実は社会主義アレルギーなんて、政治家やメディアの思い込みの中だけに残っていたものだったのです。ほかにも、絶大なはずと思い込んでいたエスタブリッシュメントの力がそうでもなかったとか、ポリティカリーコレクトネスは政治家の命じゃなかったとか、予備選挙って実は全然民主的なシステムじゃなかったとか、常識と思い込んでいたことが、バンバンくつがえってきました。民主党の予備選挙の空気でいつのまにか大きく変わったのは総選挙での予想です。

1月の時点では、社会主義者でユダヤ人のバーニーは総選挙で共和党に負けてしまうのでは、という心配がバーニー支持者の間にもあり、ヒラリーの一番の売りは総選挙で勝てそうなこと、と思われていました。が、今やこれはすっかり逆転しています。数ある調査のほとんどすべてで共和党のどの候補に対してもバーニーは優勢で、その差はヒラリーを上回っています。さらに、ヒラリーはトランプにこそ勝てる予想が出ているものの、クルーズでは調査によりけり、対ケーシックではさらにそれが危ないと予想されています。今では逆に、「ヒラリーが勝ちそうだけど、はたしてヒラリーは総選挙で共和党に勝てるのか」という危惧が民主党支持者の間には生まれています。

直近の予備選挙で6連勝しているバーニーですが、獲得デリゲート数の差はあまり縮まっていません。民主党の場合、共和党のような勝者総取り州はないので、デリゲート数の多い州で大勝しないかぎり目立った追い込みはできないのです。そしてもちろん、デリゲートのうち15%近くを占めるスーパーデリゲート(予備選挙と関係なくデリゲートとしての投票権をもつ民主党幹部)がほぼヒラリー総取りという状況も揺らいでいません。そこで291人のデリゲートをかけた火曜日のニューヨーク州の予備選挙が注目されているわけですが、それも予想ではヒラリーが大幅にリード。ニューヨーク州の場合はその場で投票登録できるオープンプライマリーではなく、既に登録済みの党員のみが投票できるクローズドプライマリーなので、支持基盤が若者であるバーニーには不利です。また、ニューヨーク市周辺こそリベラルですが、アップステートには広大な保守エリアがあり、地元上院議員として長年選挙運動を展開してきたヒラリーに有利に展開するといわれています。バーニーのニューヨークでの集会は、オバマの記録を破る人数の聴衆を動員し、一見ヒラリーよりはるかに人気があるように見えますが、その人気ほどには予備選挙のバーニー票は伸びないものと思われます。つまり、ヒラリー勝利の可能性はますます高く、本選挙への心配もますます大きいというわけです。

一方の共和党ですが、もはや状況はトランプに過半数を取らせないための共和党対トランプの戦いと化しています。トランプが予備選挙で過半数にあたる1,237のデリゲートを獲得すれば、共和党候補はトランプとなります。が、トランプのトップの座はゆるがないものの、過半数の1,237をとるのは難しいと予想されています。

獲得デリゲートが過半数に達する候補がいない場合は、7月の党大会(コンベンション)で決戦投票が行われることになります。決戦投票では誰かが過半数をとるまで繰り返し投票が行われます。これがコンテスティド・コンベンション(contested convention)です。同じメンバーで何度投票したって結果は同じだろうと思うかもしれませんが、これが違うのです。デリゲートというのはプライマリーやコーカスで選ばれた各州の代表であり、どの候補に投票するかは予備選挙の結果により予め決められているのですが、だいたい2回目または3回目の投票から誰に投票してもよくなるのです(何回目から自由に投票できるかは州によって異なります)。

そこで、大きくクローズアップされてくるのが、デリゲートって何者?ってことです。これまで、デリゲートなんてプライマリーやコーカスといった予備選挙で決まった候補に投票しに行くだけの伝書鳩みたいな存在だと思われていたのですが、実はそうではなかったのです。いったんコンテスティド・コンベンションになると、党の候補選びは予備選挙の結果に関わりなく、デリゲートの意思ひとつにかかってきます。この肝心のデリゲート選定には州によってまったく異なるルールがあり、しかもそのルールは複雑です。だいたいにおいて投票者とは関係のないところですすめられます。中にはプライマリーで獲得したデリゲートの数だけ決まって、誰を選ぶかは後から決めるシステムになっている州もあります。つまり、トランプに割り当てられたデリゲートがトランプ支持者であるとは限らないのです。

また、さらに複雑なのはアンバウンド(unbound)デリゲートの存在です。民主党にスーパーデリゲートがいるように、共和党にはアンバウンド、つまり最初から投票先に縛られずに好きな候補に投票できるデリゲートが存在します。その有無や数は州によります。たとえば、アンバウンドデリゲートが極端に多いペンシルバニア州では71人のデリゲートのうち54人がアンバウンドデリゲートです。また、共和党には、ノースダコタ、コロラド、ワイオミングといったプライマリーもコーカスもやらずに州の党大会で決めるアンバウンドデリゲートだけを送り込んでくる州もあります。

つまり党大会での決戦投票に備えるには、プライマリーやコーカスで勝つだけでなく、どれだけ本物の自分の支持者をデリゲートにするかということが重要になるのです。それには、各州のルールや共和党内部の事情に精通していることが大切になりますが、そうなるともちろんトランプには不利です。コロラド州党大会では37人のデリゲートのうち34人をクルーズにさらわれました。

さて、このアンバウンド・デリゲートは、今回のような接戦の場合には大きな力をもつことになります。そして、民間人なので政治家のような贈収賄禁止法には縛られていません。なんといっても政党とはプライベートクラブみたいなもので、大統領候補はプライベートクラブの代表を選ぶようなものなのです。党や政府での役職を引き換えとすることは違法とされていますが、金銭相当の授受についての規制はかなりゆるいというか、グレーエリアなんだそうです。党大会開催都市までの豪華な旅行やお食事などは当たり前。ロナルド・レーガンはハリウッドスターに会えます、なんてこともやったらしいです。

これまで、デリゲートなんて誰も注目してこなかったので、さりげなくこうした賄賂まがいのことが普通に行われてきたわけですが、これだけ注目を集めてしまった今回は、トランプだってクルーズだって、あからさまな接待はできません。デリゲートの方だって、誰が何をもらったなんてことをツイートされたら一気に炎上しかねないので、これまでのようにだまって特権を楽しむわけにはいきません。かえって、これまでより正当なやり方で獲得していくしかないものと思われます。

さて、共和党はトランプ以外全員が一丸となって、党大会をコンテスティド・コンベンションにするべく励んでいますが、実は決戦投票にはそれぞれが全く異なる思惑をもっています。2位につけているクルーズはもちろんトランプに代わって候補になる気満々です。大きく引き離されているケーシックだって、決戦投票になれば獲得デリゲート数など関係ないので、党大会では本来正統派である自分にこそチャンスがあると、これもやる気満々です。さらにコンテスティド・コンベンションでは、これまで候補でなかった候補を新たに選ぶこともできます。共和党エスタブリッシュメントが7月の党大会で狙っているのは実はこれだとずっと言われていて、現下院議長のポール・ライアンを出してくるのでは、というのがもっぱらのうわさです。もう何がどうなるものかさっぱり予測がつきません。

また、予備選挙開始時には、自分が負けても、最終的に共和党候補として選ばれた他の候補を支持する(無所属としては出馬しない)ということを全員が宣誓していましたが、その宣誓は既に全員が撤回しています。獲得票数がトップにも関わらず、他の候補が選ばれたらトランプは無所属として出馬する可能性があります。また、トランプが予備選挙で過半数に達して共和党候補となったら、無所属で保守派候補をたてる共和党の一派が出ることも考えられます。実は、このシナリオは民主党にとって何よりの脅威になります。

1月の時点では無所属での出馬を考えていたブルームバーグは3月に不出馬を表明しました。その理由の一つが3候補による選挙戦では誰も過半数をとれない可能性があるから、というものでした。大統領候補が本選挙で誰も過半数をとれなかった場合、アメリカの法律では、決断はコングレス(国会)にゆだねられるのです。そして今、国会のマジョリティは共和党です。

つまりもし3者レースとなった場合、共和党は勝つ必要はないのです。民主党候補(おそらくヒラリー)に過半数をとらせなければ、好きな候補を大統領にできることになります。3人目が誰になるかはわかりませんが、ともかくトランプ+共和党候補であることはまちがいありません。実質的に、民主党候補は2対1のレースを強いられるようなものです。このことについてなぜ誰もあまり言及しないのかわかりませんが、私はこれが一番おそろしいシナリオだと思っています。

アメリカ大統領選ウォッチ11

中絶は共和党の政治の道具

さて、先週土曜日の民主党予備選挙(共和党はなし)、ワシントン州72%、ハワイ州69%、アラスカ81%と、すべてバーニー・サンダース圧勝。予想されていたこととはいえ、事前調査以上の大差に、ヒラリー鉄板という予想がぐらついてきました。次のウィスコンシンもバーニーの勝利が予想されていて、その次の大票田であるニューヨーク州に注目が集まっています。つまり、珍しくもニューヨーク州が予備選挙に重要な役割を果たすことになりそうです。

一方の共和党は、来週のウィスコンシンまで中休み状態ですが、相変わらずそのドタバタぶりでメディアを独占しています。ここ数日物議をかもしているのはまたしてもトランプ。トランプの「違法中絶した女性には罰則を」発言です。MSNBCのインタビューで「ぼくはプロ・ライフ(中絶反対)だ」と言ったことから、インタビュアーのクリス・マシューに「では中絶が違法だとしたら、中絶を受けた女性には罰則が必要か」としつこく理詰めで問い詰められたトランプ。なりゆきで「なんらかの罰則が必要だと思う」と言っちゃったのが、大炎上。メディアや民主党候補はもとより、共和党の対立候補にまで女性の敵として責められることになりました。

このビデオの10分目くらいからです。

これだけ聞くとトンデモ発言みたいですが、実はこれ、素直にロジックに従ったらこうなっちゃった、というむしろプロの政治家でないナイーブさの証明みたいなものです。ここでもトランプはまた新たな共和党のパンドラの箱をあけちゃってるのです。クリス・マシューの質問の仕方も、トランプの意見をきくというよりも、プロ・ライフという共和党の主張そのもののうそ臭さをあばこうとしているようにきこえます。

中絶の是否がこの21世紀に先進国で政治問題になっているということ自体が信じがたいですが、アメリカでは中絶問題は、ここ数十年ずっと政治の道具として使われてきたのです。共和党と民主党できっぱり主張が分かれる社会問題がいくつかあるのですが、中絶もその一つです。民主党は「女性の身体の問題は女性自身が決めることである」というプロ・チョイス、共和党は「胎児は神から授かった命であり、それを殺す中絶は殺人である」というプロ・ライフです。ちなみに現在、アメリカでは州によって制限はありますが、中絶は合法です。つまりそれを制限しようというのがプロ・ライフの主張ということになります。

中絶の違法化っていったいいつの時代の話だよ、と思いますが、アメリカには大変信心深いクリスチャンが一定数いて、他の政策には同意できなくても、この一点だけで共和党に投票するという人もいるのです。そこまで熱心ではなくともカトリックの教義に基づくことを望ましいと思う人は少なくありません。保守層を基盤とする共和党は、こうした超保守層にアピールするために1960年代から中絶には反対の方針を貫いてきました。が、それは女性の権利に反する主張であり、今となっては時代にそぐわないことも確かです。それを厳格に貫いては女性票も中道票も離れていってしまいます。ですから保守層対策としてプロ・ライフを主張しても、具体策についてはできるだけ語らないというのが共和党のポリティカルトークなわけです。

共和党の政治家はプロ・ライフということになっているのですが、もちろん全員が心からプロ・ライフなわけではありません。むしろ今時心から中絶反対の共和党の政治家なんてそうはいないでしょう。そこをついたのがクリス・マシューの質問です。「プロ・ライフってことは中絶をした女性には罰則が科されるってことですか。ぼくはいつもプロ・ライフって理解できないんだけど。法律で違法とするなら、それに対する罰則があってしかるべきでしょう?」

こういう質問の正しいかわし方は、「中絶手術を行うことが違法なので、罰則は医師に適用」です。これなら女性の敵にならずにすむし、中絶を行う医師がプロテストすることもまずありません。こずるい詭弁ですが、ベテランの共和党の政治家なら、そんなことは基本中の基本です。が、トランプはベテラン政治家ではなかった。だいたいトランプの場合、プロ・ライフという立場そのものがいかにも付け焼刃です。大統領候補になるまでは中絶のことなんて頭の片隅にもなかったにちがいありません。

そして、とりあえず共和党候補となった今、自分はプロ・ライフである。プロ・ライフは中絶を違法としようという主張である。違法行為には罰則がなければならない。したがって中絶をした女性には罰則が科されて当然である。という論理展開は実に正しい。インタビューではいかにも進退窮まっているのがわかりますが、論理的に考えるほど「罰則は必要」になってしまうのです。後から発言を撤回して「罰則は中絶を受けた女性にではなく、中絶手術を行った医師に適用」と訂正していましたが、後のまつりです。

さて、これに対して鬼の首をとったようにトランプを女性の敵よばわりした対抗候補のクルーズですが、超保守候補であるクルーズはバリバリのプロ・ライフ。中絶は何が何でも反対。プランド・ペアレントフッド(バースコントロールや中絶に加え、癌予防その他の婦人科系の医療サービス全般を提供している非営利団体)を目のかたきにしています。「胎児だけではなく、その母親も大切にするのが、プロライフだ(だから母親に罰則は言語道断)」って、どの口が言ってんだよ、と思いますが、こういうことをしゃあしゃあと言うところがいかにもクルーズです。

中絶に対する態度には同じ共和党候補でも保守度によって温度差があり、保守中道のケーシックは例外付きの中絶反対ということになっていて、できればその点については話題にしたくないな、という姿勢です。これまでの共和党の大統領候補あるいは大統領は、だいたいこの路線の「一応プロ・ライフ」だったのです。が、中道保守が売りのケーシックも、トランプの失策に黙っているわけはありません。メディアはトランプバッシングの嵐となり、なりゆきで共和党のポリシーに従っただけだったトランプはいつのまにか中絶反対最右翼のようになってしまいました。実際のところは、トランプの対応のまずさが政治家としてどうよ、ということはあっても、中絶問題についてはクルーズのほうがよほどたちが悪いのは明らかです。こう大騒ぎすることもあるまいと思うのですが、今や共和党も民主党もメディアもトランプのネタはどんなことでも徹底的にくいつくことになっています。既に民主党の予備選に勝つことを予想して11月の本選挙に向けてトランプ対策をすすめているヒラリーももちろん即座に攻撃していました。

この点について唯一まともなことを言ったのがバーニー・サンダースです。インタビューでトランプ発言について語っていたのがこんなこと。

この動画の15分目くらいからです。

 

「もちろん中絶を受ける女性に罰則なんて言語道断だ。でも、それは別として、また、こうやってトランプのくだらない発言でメディアが1週間もちきりになることが問題なんだよ。最低賃金とか税金とか地球温暖化とか、ほんとに話さなきゃならないことはまったくメディアに出ないじゃないか。」

ものすごくまっとうな意見です。が、このまっとうな意見にわざわざかみついたヒラリー。
「バーニーは中絶問題をとるにたらないといっているが、中絶問題は女性の権利の重要な問題であって経済問題よりも重要性が劣るなどということはない」 バーニーが筋金入りのプロチョイスであることを知りながら、ポリティカルなロジックをふりまわしたあげあしとり。これだから嫌われんだよ、ヒラリー。バーニーにもまだ望みはあるとはいえ、ヒラリーが勝つ可能性のほうがはるかに高いんですから私たちだってヒラリーを好きになりたい、信用したい。が、ますます好感度が下がっていくヒラリー。本選挙がまじで心配です。