アメリカ大統領選ウォッチ10

がんばれバーニー

火曜日の予備選挙は、共和党がトランプがアリゾナを勝者総取りし、クルーズがユタを取りました。デリゲート数でいうとアリゾナが58人でユタが40人ですから着々と引き離されています。一方の民主党はヒラリーがアリゾナで圧勝しましたが、アイダホとユタはサンダースが圧勝し、獲得デリゲート数でいうとヒラリーが55人、サンダースが73人と、わずかではありますが、その差を縮めました。

この予備選挙日の前日、月曜日に行われたのがAIPAC (American Israel Public Affairs Committee)の集会。AIPACとはプロ・イスラエルのロビーグループで、アメリカの外交政策に最も影響力のあるロビーといわれています。AIPACは共和党よりといわれていますが、建前としてはどちらの党にも肩入れしないということになっています。そのAIPACが年次集会のゲストスピーカーとして各党の大統領候補を全員招待しました。この忙しい予備選挙戦の真っ只中に候補者たちがスピーチをしにくるくらいにAIPACは政治的に影響力をもっていると認識されているのです。そこで、開催前から物議をかもしていたのは今回もトランプ。

ホロコーストという人種差別による甚大な被害を受けてきたユダヤ人の団体として、人種差別発言しまくり候補のトランプをスピーカーとして招くのは不適切である、というわけです。当日はトランプが壇上に上がると黙って会場を去ることで沈黙の抗議をするAIPACメンバーもいました。
が、相手が誰であろうと、その場の観衆に受けることを第一義としているトランプですから、口を開けば、もうはりきってプロ・イスラエル、プロAIPACトーク全開です。オバマを非難することも忘れません。
「今年はオバマ大統領の最後の年だ、イエイ!イスラエルにとってオバマの存在は最悪の出来事だった。みなさんのほうがそれはよくわかってると思うけど」
そして、それはAIPACの観衆のツボにはまり、スタンディングオベーションの拍手喝采。

が、翌日、AIPACはこれに対して謝罪文を発表しました。「現大統領を侮辱するのはAIPACの本意ではなく、それを認めるものでもない。われわれを分裂させるようなスピーチがわれわれのステージで行われ、それを喝采する聴衆がいたことはまことに遺憾である」といった内容のものです。トランプをわざわざよんでおいて、何を今さらな感じですが、トランプのプロ・イスラエル演説に喝采するAIPACメンバーはユダヤ系アメリカ人を代表するものではない、という抗議が内部からあったものと思われます。つまり、あんなクレージーなトランプサポーターと一緒にされたら、大変だ、と慌てたわけです。

アメリカの中東外交政策は、AIPACのようなプロ・イスラエルのロビーによって、常にプロ・イスラエル路線をとってきたといわれます。ところが、オバマはネタニヤフ政権の極右政策には同調してきませんでした。オバマ政権の外交成果として世界でおおむね評価されているイラン核合意も、イスラエルは猛反対でした。AIPACも共和党と共にイラン核合意反対をバックアップしていました。だからこそトランプの演説に拍手喝采するAIPACメンバーがいたわけです。が、それがAIPACがユダヤ系アメリカ人のマジョリティの感覚からもアメリカ人全般からも離れていることをわかりやすく浮き彫りにする形になりました。盲目的なイスラエル支持は決して今のアメリカ全体に支持されるものではないからです。「AIPACって変じゃないか?」ってことに、世の中が注目してしまったのです。トランプは相変わらずパンドラの箱を開けまくっています。

このAIPACの年次集会で過激なプロ・イスラエル発言をしていたのはトランプだけではありません。トランプとは違ってプロの政治家としてのポリティカリーコレクトネスを保ってはいても、AIPACの集会ではできるだけイスラエルよりのスピーチをするのは、どの候補も同じです。その中でも聴衆への迎合ぶりではトランプ以上とも言えるスピーチをしていたのがヒラリーです。「イスラエルへの攻撃や反ユダヤ主義は許してはならない、パレスチナはテロリストへの支持をやめるべきだ、アメリカはイスラエルを攻撃や孤立化から守る」と、徹頭徹尾イスラエル支持の鷹派ぶり。オバマ政策への非難こそしていませんが、自分はオバマよりプロ・イスラエルの大統領になると示唆しているようなスピーチでした。トンデモ発言が既にデフォルトになっているトランプより、このヒラリーのスピーチにドン引きしたリベラルも少なくないと思います。

ヒラリーは中東に関しては二国家解決案(Two state solution)を目指すという方針を表明しているはずなのですが、このスピーチでは見事にもう一方の立場からの視点が欠落しています。
このAIPACの年次集会には共和党、民主党両党の大統領候補全員がスピーカーとして招かれていたのですが、ただ一人欠席したのがバーニー・サンダースです。選挙運動のスケジュールと合わなかったためというのがその理由です。サンダースは遠隔からのビデオスピーチでの参加を申し入れたのですが、AIPACはそれを拒否したそうです。かくして唯一のユダヤ人候補であるバーニー・サンダースだけがAIPACでスピーチをしないという皮肉なことになりました。

そのサンダースが、同日の夜、CNNのビデオインタビューでイスラエルとパレスチナについて語ったことを聞くと、AIPACがビデオスピーチを拒否したことが腑に落ちます(AIPACは過去にミット・ロムニーのビデオスピーチは受け入れている)。これは、ヒラリーのスピーチとは逆の意味で、異例なものでした。

「イスラエルの存在は支持するけれども、中東の平和のためにはガザのパレスチナ人の人権にも目を向けなければならない。高い失業率、貧困、崩壊したコミュニティといった彼らの置かれた状況を改善することなく平和は有り得ない。イスラエルへの攻撃は認めるべきではないが、イスラエルは悪いこともしている。たとえば、イスラエルはパレスチナのテリトリーへの進出はやめるべきだ。戦争では軍事上の必要以上の攻撃がパレスチナになされた。アメリカは両サイドに働きかけなければいけない。」だいたいこんな内容です。

イスラエル問題に関して、こうしたまともな見解を述べたアメリカの大統領候補はこれまで誰もいませんでした。ともかくイスラエル支持はデフォルト、イスラエル批判はタブーだったのです。ブルックリン出身のユダヤ人で、若い頃にはイスラエルのキブツで暮らしたこともあるというバーニー・サンダースだからこそ言えることでもあります。

民主党支持者の間で、バーニー支持かヒラリー支持かは年代できっぱり分かれていて、若年層は圧倒的なバーニー支持、シニア層はヒラリー磐石となっています。その間に挟まれた中年層は、予備選挙が開始されて以来ヒラリーとバーニーの間で揺れていました。「大統領選ウォッチ3」で書いたように、あの時点では「共和党のトンデモ候補にさえならなければ、ヒラリーでもバーニーでもどっちでもいい」という空気がありました。しかし、あれから2ヶ月あまりが過ぎた今、「どっちでもいい」感は消えつつあります。それぞれの候補についての情報が入ってくるほどに「ヒラリーだめじゃん」なのです。
もともと、バーニーが最初から主張していた「スーパーPACから多額の資金をもらい、ゴールドマンサックスでの数回の講演料に総額67万ドル(約7千万円!)ももらってるヒラリーにウォールストリートや巨大企業の規制などまともにできるわけがない」という主張はかなり説得力がありました。「7千万円の講演というのはさぞ素晴らしいものだったでしょうから、ぜひトランスクリプトを公開して国民のみなさんと共有してください。」というリクエストをまったく無視しているヒラリーの対応もまた不信感をよぶものでした。

イランやアフガニスタンへの侵攻の是否を問う投票で過去3回とも賛成票を投じているヒラリーの上院議員として投票歴も、背後にいろいろな事情はあるにしてもポジティブなイメージはありません(バーニーの国会議員としての投票歴はいずれも一貫して反対票)。そしてNAFTAやTPPやといった通商条約にも賛成(これもバーニーはすべて反対)、TPPに関しては選挙戦に入ってから反対に転じていて、これもまたリベラル層に対してポジティブな要因にはなりません。

TPPに限らず、弱者の味方としてポピュリスト路線を行くバーニーの主張にひっぱられて、選挙戦が始まってからヒラリーがよりプログレッシブになってきているというのは、既によく言われていることです。バーニーを真似するヒラリーというのはSNLでもパロディのネタになっています。

バーニーの弱点は外交や防衛での経験に欠ける点であるとされていますが、確かに討論会では、外交や防衛、移民政策の話になると、ヒラリーの論調のほうが具体性に富んでいて、危なげのなさは感じさせます。が、社会政策の話では、わかりやすさでもインパクトでもバーニーの主張に負けるヒラリーが防衛の話になると、急にいきいきとしてくるところは、なんだかますます「女のおじさん」、しかも保守系オヤジのようです。

50代、60代のリベラルな女性層にとって、ヒラリーは20年前にファーストレディとして登場して以来いろいろな意味で自分自身を投影しやすい存在であり、初の女性大統領を支持したい、という気持ちはどこかにずっとあったと思います。が、バーニーの登場により、ヒラリーについて知れば知るほどに「違う」感が大きくなる。1年前まではヒラリー支持を疑わなかった自分たちがバーニー支持に転向していくには、それなりに複雑な思いがあります。

同じ女性層でも70代以上のグランマ世代のヒラリーへの支持は揺らぎません。初の女性大統領を誕生させることの意味が、アメリカの第一世代のフェミニストといえるこの世代の女性の間では大きいのです。第一世代のフェミニストは中産階級の誰もが経済的に専業主婦でいられた世代です。そして中産階級がマジョリティとして存在していた世代です。今の若い人たちが置かれている厳しい現実を実感していません。「私たちも孫のための世界を考えている」と主張するシニアもいますが、孫の幸せというのは、子供の幸せに比べてずっと抽象的なものです。多額の学費ローンを抱えて大学を出てもまともな仕事のない子供たち、独立できずに実家に戻ってくる子供たちと現実の生活で向き合っている世代とは違います。初の女性大統領を誕生させることができないことは無念ではあるが、どう考えても現状を変えてくれるとは思えないヒラリーを支持するわけにはいかない、というのが中間世代です。圧倒的にバーニー支持の若年層の女性の間では、女性大統領というコンセプト自体がまったく意味を失っています。

まだまだサンダースはヒラリーにリードされていますが、この先の予備選挙がリベラル層の本拠地であるブルーステートに移ることを思えば、サンダース逆転も有り得ないことではありません。あのピケティ(アメリカ大統領選ウォッチ4)はバーニー・サンダースが勝つとは予想していませんが、バーニーの登場によってアメリカの流れが変わり、将来、バーニーよりもっと若く、白人ではない誰かがバーニーのような思想をもった大統領になる日が来ると言っています。

バーニー・サンダースについてはおそらく日本ではほとんど報道されていないと思います。反エスタブリッシュメントのポピュリストとして、トランプとセットのように扱われている場合すらあるようです。ニューヨークタイムズ紙もヒラリー・クリントン支持を打ち出しているように、反ビッグマネーであるバーニー・サンダースはその人気に見合ったアテンションをメディアから受けていないからです。あまりにも面白すぎる共和党のドタバタの影に隠れがちですが、私は今回の選挙戦で一番重要なのはバーニー・サンダースの登場だと思っています。

ところで、日本の政府はいまだに親日的な共和党が政権をとってくれるといいなあ、とか思ってるんでしょうかね。

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投稿者: motokokuroda

アメリカ生活も四半世紀を超えました。お料理から政治まで、興味のおもむくままに。

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