まとめて更新

もう1年以上もほったらかしだったのですが、久々の新刊のお知らせのついでに、ミクシにあった日記をお引越しさせて、まとめて更新しました。更新日がすべて今日になってしまうので、日付はタイトルに入れてあります。

 

新刊のご案内『モトコさんの生活単語帳』IBCパブリッシング

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大手書店の英語学習のコーナー、またはamazonでお求めいただけます。1200円(税別)です。
IBCパブリッシングの新刊紹介
http://www.ibcpub.co.jp/eigogakushu/9784794601537.html

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カンサイ (2012年3月26日)

 娘が唐突に「関西って行ったことある?」ときいてきました。その関西から昨日帰ってきたんですが(こいつを旅に連れていった意味はあったのか)。
 「なぜ?」ときくと、シアトルのボーイフレンドからこれも唐突に「オムレツはカンサイのほうがカントウよりおいしい」というメールが(英語で)きたんだそうです。
 日本人でもなく、日本語も知らず、日本通でもない彼がなんで「カンサイ」なんて言葉を知ってるんだ?と追求したところ村上春樹の「海辺のカフカ」に出てきたのだそうです。川端康成も大江健三郎もまったく知られていませんが、村上春樹は大学生に普通に読まれているようです。娘は読んでないけど。
 いずれにしても恐るべし村上春樹。

バチャータとクンビア (2012年1月10日)

 Zumbaを教えだしてから、必要に迫られてラテン系音楽のことを調べるチャンスが増えました。もともと音楽にくわしいわけではないので、ラテンのリズムもほとんど知りませんでした。ズンバでは最低でも5,6種類のラテン系のステップを教えることになっていて、初めて聞く音楽がたくさんあります。サルサ、メレンゲ、チャチャ、サンバくらいは名称だけは知っていましたが、クンビアとバチャータはズンバで初めて知ったカテゴリーです。
 で、結構気に入ったのがバチャータ。使える曲はないかなあ、とリサーチしていてめぐり合ったのが「Bachata en Fukuoka」。
 最初は空耳アワーかと思いました。これを歌っているJuan Luis Guerraというのはバチャータの大御所なんだそうで、この曲もラテンのグラミーだかを受賞したヒット曲だそうなので、日本でも知ってる人は知ってるのかもしれません。このミュージックビデオがえぐい。
http://www.youtube.com/watch?v=5E87B3t9cnY
 ズンバでは、バチャータらしいバチャータを入れるインストラクターは多くはないのですが、私は好きです。ビートの速い音楽ばっかりの中で変化がつくので。私は日本人でもあるし、ってことで「Bachata en Fukuoka」採用。
 バチャータコンテストなんかをみると、カップルでものすごーくエロい踊り方をしてるのですが、ズンバの場合はもちろんそんなエロい振りにはなりません。とはいっても多少くねくねしないとただの足踏みになっちゃいますが。
 そして、クンビアです。クンビアはコロンビアで奴隷の労働歌として生まれたリズムだそうで、ゆっくりめの2拍子のリズムです。同じ2拍子でもメレンゲみたいにチャッチャカしてなくて、ズンドコズンドコというもっさりしたリズムです。最初に習ったときは、のりの悪い「なんだかなあ」なリズムだと思っていました。ズンバのCDに入ってる曲も朴訥な雰囲気の曲が多いので、伝統音楽に近い位置づけなのかと思っていました。が、調べていくと、ラテンアメリカの国ではクンビアは歌謡曲として大変人気があるらしく、とくにペルーでは、どこに行ってもクンビア一辺倒なんだそうです。ペルーの人たちは、あの「コンドルは飛んでいく」みたいな伝統音楽じゃなくて、クンビアばっかりきいているらしいです。で、このペルーのクンビアって昭和の香りがするんです。ペルーの国民的アイドル、Grupo 5の曲がこれ。
http://www.youtube.com/watch?v=eVZHsc34icQ
 まるで昭和30年代の日本の世界が南半球にスライドしたようなこの雰囲気。このゆるいリズム。リードボーカルのお兄さんは加藤茶の若い頃に似てるし、バックコーラスで踊ってるおじさんは荒井注そっくり。ノーネクタイのグレーのスーツ姿は、昭和30年代の休日のサラリーマンを彷彿とさせます。
 日本人がペルーのクンビアについて書いたブログには「くせになる音楽」とありましたが、まさにそのとおりで、冗談で聞いているうちについつい口ずさんでしまうようになります。昭和育ちの日本人には馴染みの良い音楽なのかも。日本語でクンビアと入力してリサーチすると、弘田三枝子「恋のクンビア」というのが出てきます。私は全然知りませんでしたが、昭和30年代にクンビアが日本ではやったこともあったんですね。
 ペルーのクンビアっていうのは、たくさん聞いてみると、不思議なお約束があるのに気付きます。まず必ずイントロで自分たちのグループ名を叫ぶことになっています(グルーポ・シンコ!とかグルーポ・ネクター!とか)。まあ、わかりやすくていいですが。ビジュアルに女の子が入る場合には、必ずトング(Tバック)の水着に超ミニのスカートをはいた若いお姉さんたちがお尻をブリブリ振るだけ(ほんとにそれだけ)の踊りになります。撮影アングルはもちろん下から。日本やアメリカじゃプライムタイムには絶対放映できないアングルです。クンビアバンドには男性バンドが多いし、観客も女性が多いのになぜかこれはお約束。女性バンドの場合はバンド全員がTバックで踊りながら歌うことになっています。
 ちなみにこのGrupo 5の「Te Vas Te Vas」にも振りをつけてみました。こんなどんくさいリズムでズンバになるのか、と思うかもしれませんが、昭和育ち世代には、こういうゆるいリズムもいれないと身体がもちません。ペルーじゃどこのクラブでもこの手のクンビアで踊ってるそうだし。

犬猫その後 (2012年1月10日)

 同居しはじめて3ヶ月。ラッキーは2階のオフィス兼寝室でほとんど1日過ごし、猫たちは1階のリビングルームとキッチンでこれまで通り生活しています。誰かがいるときなら猫と一緒にラッキーを1階につれていける程度にはなりました。
 おボーとラッキーはお互いに無視しつつ共存することができるようになっているのですが、問題はおスモーです。うっかり出会い頭に目が合ったりしようものなら、まるで「ペットセメタリー」に出て来る猫みたいに恐ろしい形相になり、「ガンつけんじゃねえよ」とばかりにシャーシャーと威嚇します。たいがいはラッキーがあとずさりして終わるのですが、たまにラッキーが吠え出すと大変な騒ぎになります。当然私に怒られるのはラッキーです。チャールズは私が猫の味方ばかりするといいますが、味方もなにも猫はしつけができないんだから、ラッキーに覚えてもらうしかありません。
 ラッキーがリビングやキッチンでうろうろしてる時には、おスモーはたいがいソファーの下にかくれています。が、たまに階段の踊り場にいてその階段をラッキーが下りていったりすると、上から密かにパコッと猫パンチをくりだしたりしています。よほど気に入らないのでしょう。
 ラッキーがいない時に、わたしがキッチンにいると抱けといってうるさい。抱くと、いつまでもいつまでもニーディングをしています。もともと娘にしょっちゅうくっついていたのですが、その娘はいなくなるし、ラッキーは来るしで、わたしの後を追い回すようになりました。セーターはけばだつし、よだれでべたべたになるし、大変鬱陶しい。

おそまきながら (2012年1月10日)

 本年のおせちです。
今年は娘が2日にシアトルに帰る(3日から授業)というあわただしいスケジュールの上、チャールズは相変わらずのグレーブヤードシフト(夜勤)で、大晦日も1日も夕方5時から明け方まで仕事。というわけで新年会もこじんまりと、いつものメンバーだけでやりました。日本人のお母さんたちばかり6人。去年まではそれぞれが子供連れでしたが、今年はもう子供もそれぞれに忙しく、夫は離婚していないとか、子供とお留守番とかで初めて子供および男抜きの新年会となりました。時の流れを感じます。
 が、かえって話ははずみ、盛大に食べて飲んで楽しく過ごしました。今年はお子様向け、外人向けの必要がなかったので、お節中心に簡単なメニューです。
 おせちは黒豆となます、たたきごぼう、伊達巻は定番。紅白かまぼこは既製品。伊達巻に加え、今年は錦卵も作りました。錦卵は私が高校生の時に初めて自分で作ったお節です。私はこれが大好きでいっぱい食べたくて自分で作ったのでした。でも白身の裏ごしがすごく面倒なのでずっと作っていなかったのですが、フードプロセッサーで作ったらあっという間でした。味はまったく変わりません。かつての裏ごしの努力は何だったんだ。そして初めて作ってみた栗きんとん。栗の甘露煮というのがあまり好きではないので焼き栗で作ったら、栗入りスイートポテトみたいになってしまいました(味はまあまあでしたが)。のしどりは柚子コショウをいれました。手前に青々としてるのはブロッコリーラブ(菜の花の苦いのみたいな野菜)の胡麻和え。ブロッコリーラブはニンニクとオリーブオイルでソテーするのが定番ですが、このほうが美味しいと思います。それから平目の昆布締めの貝われとシソ巻きイクラのせ、カツオのたたき(これは冷凍パックを切っただけ)。奥にあるのはレンコンのオーブン焼き(塩とオリーブオイルをまぶして焼くだけ。娘の好物)。コロコロしてるのは、これも定番のピギーインザブランケット(ソーセージをピザ生地で包んで焼く)。うちの子供たちとチャールズ向けです。
 明けて2日には娘を空港に送り出しました。なんだかシアトルに置いてきたときよりも、今回帰すほうがしんみりしました。母が生きていた頃、娘を連れて里帰りした後、帰るときにはいつも母がとてもさびしそうだったのを思いだしました。いつまでも考えてるわけではなく、いない間はどうってことないんですけどね。

ひとめぐり (2012年1月1日)

 あけましておめでとうございます。
こっちはまだあけてませんが。
このブログもすっかりほったらかしで、いろいろ書きとめておきたいことはあるんですが、そのうちと思っているうちに記憶が急速に色あせて書く気も失せるというくり返しの一年。

昨日は、友達の家でパーティがあり、そこのお嬢さん(うちの娘とも補習校時代からの友達)の成人のお祝いに振袖を着せて、と頼まれたので、ついでに家の娘とそこの下のお嬢さんにも着せましょうということになりました。私が言うのもなんですが、若い娘の振袖が集まるとほんとに華やかできれいです。と、しみじみ感じるのも私が年をとったということなんでしょう。昔、若いんだから派手な着物を着なさい、といわれるのが鬱陶しかったものですが、今になるとその気持ちがよくわかります。

娘に着せたのは私が結婚式のときに着ていた振袖(考えようによっては縁起が悪い)。成人するお嬢さんは友達が成人式で着た振袖。下のお嬢さんには私が10代の頃に着た振袖を着てもらいました。
バタバタと3人着せてみたんですが、人に着せるのは自分が着るより難しい。特に振袖の帯は結んだことがなかったので着つけの本と首っ引きでやってみたのですが、今一つうまくいきませんでした。帯揚げの扱いも若い子の鹿の子はコツがわかりません。もう一回よくネットで調べてやり直したい。
振袖の帯は自分では締められませんから、どうやって人がしめてくれていたのかは全く覚えていません(本人には見えないし)。「お文庫なら簡単だから、誰にでもできる」みたいなことを、祖母が言っていたのを覚えていたので軽く考えていたのですが、難しいじゃないかあ。

娘たちに着せた振袖はとても気に入っていたものなのですが、自分ではもう決して着ることはできません。海外にいると、ときどき日本がらみのイベントとかで、明らかに50歳以上と思われる人が成人式のような振袖を着ているのを見かけることもありますが、日本人はドン引きします。まさに人の振みてわが振なおせで、絶対にやるまい、と思ったことの1つです。
自分ではもう着ることができない振袖を娘に着せて2度楽しめるのは、娘がいて得したと思いますが、当の娘は振袖なんて全然着たくないのでした。今回も3人一緒ってことで本人は親孝行のつもりらしいです。私は少なくとも振袖着るのはうれしかったんだけどなあ。着物にも日本にも興味がない娘というのがちょっと悲しい。有吉佐和子の「紀ノ川」みたいに振袖を喜んでくれる孫ができるのに期待。

88歳マメ男 (2011年11月25日)

 今日はアメリカはサンクスギビング。ひたすら食べまくるというのがテーマの祝日です。短い休暇なのでシアトルの娘は帰ってきませんが、今年はチャールズの家族がうちに来ることになりました。チャールズ父、チャールズ弟夫婦、チャールズの姪、そしてチャールズの娘です。私の娘はシアトルで元夫のところ、チャールズの息子はチャールズ元妻のところ、チャールズ弟の妻の息子(それぞれ子連れ再婚)は父親のところというアメリカンな家庭の事情でできあがった構成です。
 チャールズ父(88歳)にはネットで知り合ったガールフレンド(82歳)がいて、もう2年近く週末同棲状態で暮らしているのですが、こういう家族が集まるホリデーにはそれぞれ、グランパ、グランマとしての役どころがあるので別々に過ごすことになります。で、今回驚いたのは、チャールズ父のマメ男ぶり。まず、我が家について数時間で、用もないのに彼女に電話。「もう着いたころだと思うから」。
 チャールズだって、そんなことしたことないのに(元夫は論外)というと、
「それは俺は心底、女(一般)が好きだからだ」と言われました。
 いつだって、男より女のほうが好きだった。昔、近所の人とかが集まるときも他の夫たちとスポーツの話なんかするより、女の人たちが集まってる方にいたかった。「男とつるむのなんか全然興味ないんだ」そうです。
 さて、夕食もほぼ終わりとなった頃、私はチャールズ父のガールフレンド手造りのおみやげのコーンブレッドを出すのをすっかり忘れていたのに気付いたのでした。もうみんなおなかいっぱいだから明日の朝食に食べようと言っていたら、チャールズ父は「俺は一切れ今、食べとく。後で電話でどうだったってきかれるかもしれないから」といって、しっかり食べていたのでした。
 宮本常一の『田舎源氏』(忘れられた日本人)を思い出しました。
 恐るべし88歳マメ男。