「Sicko」と「Capitalism」その2

10/21/2009
ちょっと間があいてしまいましたが、前の日記の続きなので読んでない方は前回からどうぞ。
 よく「アメリカでは何歳で免許がとれるの?」とか「離婚したときの養育費はどうなってるの?」とか聞かれますが、これはみんな州法なのでニューヨーク州でどうなってるか、としか答えようがありません。道は続いているし州境にゲートがあるわけでもないのに、州境を越えると交通法規が変わってしまい、人を殺してもある州では死刑になるけど、ある州では死刑にはならない、とかアメリカの法律はほとんどが州法なのです。ちなみ運転免許はもちろん、弁護士のライセンスも州ライセンス、医師免許も看護婦免許も州の管轄です。それぞれ条件が違います。弁護士雇って大枚はたいて遺言状を作っても、もし他州に引っ越したらその遺言は無効です。なんで、こんなのが一つの国として成り立ってるんだと思いますが、これが建国以来のやり方なので、それを変えようとは思わないらしい。
 で、その発想は国会のシステムにも現れていて、上院議員の数は各州等しく2人ずつ。各国の国連代表と同じ発想です。人口3,600万人のカリフォルニア州も人口53万人のワイオミング州も上院議員は2人ずつ。日本でも1票の重みの格差が問題になっていますが、そういう意味ではアメリカの制度は格差70倍以上というとんでもないことになっているのです。一方、下院は人口に比例して枠が決まっていますが、最低1人は出せることになっているのでカリフォルニアの53人に対してワイオミングは1人、とこれでも人口が少ない方が1票の価値は重いことになります。しかも日本の衆・参議院と異なり、上院下院にはプライオリティはないので、どんな法案も両院を通過しないかぎり成立しません。
 リベラルな大都市をかかえる州は当然人口が多く、田舎の保守的な州ほど人口が少ない(テキサスとかロードアイランドとか例外はありますが)ので、間接的に田舎の保守層(よくレッドゾーンと言われる共和党支持エリア)の発言権が圧倒的に強くなっているのです。
 その結果、全国から無作為抽出したサンプルによる調査結果と国会での成り行きの間にずれが起こります。
 が、皮肉なことに健康保険に関していえば、無保険の人の割合は保守陣営のレッドゾーンの方がニューヨークやカリフォルニアといったリベラルな地域より高いのです。公的健康保険を一番必要としているはずなのに、そこになぜか反対派が多い。どうやら大統領選の時のプラマーのジョーみたいなのがいっぱいいるらしい。
 「将来、俺が成功して年収25万ドル以上になったら税金が上がるのはいやだから高額所得者の増税反対」というあり得ないような「もし」を考えることはできるのに、それより遥かに現実性のある「もし俺が病気になって今の保険が買えなくなったら」ということが想定できないらしい。つまり金持ちの保守派は馬鹿をコントロールすることが大変うまいということのなのでしょう。
 ここまでさんざん、田舎の保守派アメリカ人を馬鹿馬鹿と言ってきましたが、実は私だってせこい既得権にしがみつく大馬鹿じゃん、と気づかされたのが「Capitalism: A Love Story」です。
 というわけで、やっとたどりついたマイケル・ムーアの新作「Capitalism: A Love Story」。日本で公開されたらぜひご覧ください。面白いです。身につまされます。
 マイケル・ムーアのお父さんはGMの社員だったそうで、GM全盛期のアメリカ人と資本主義の蜜月の様子が子供時代の思い出と重ねて語られます。私たちが子どもの頃テレビで見たアメリカ、遠くから想像してた豊かなアメリカそのものです。労働時間は短く、お父さんは夕食には帰ってきて、有給休暇は何週間もあり、定年後の年金だって心配いらない。高度成長期の日本だって景気はよかったはずですが、そこにはエコノミークラスとファーストクラスくらいの差がありますから、それだけアメリカ人に資本主義への深い愛着が育ったとしても不思議はありません。ちなみに、現在のアメリカは私たちが子どもの頃に想像していたアメリカとは大違いです。労働時間は世界一長く、有給休暇はほとんどなく(祭日も全国のオフィスが閉まるのは年間4日くらいしかない)、公的健康保険もペンションもない。保育園も保健所もない。雇用の保証はもとよりない。
 アメリカの資本主義は大勢の人のまともな生活を支える手段としては、とっくに破綻していたのです。が、まるで各州が独立国みたいなアメリカが一致団結できるのが、資本主義命の精神らしく、アメリカでは往々にして資本主義は民主主義の同意語みたいに語られます。なにしろ社会主義といえば、かつての宿敵ソ連です。管理は社会主義の始まりだ。資本主義は管理なんかされちゃいけないのだ。というわけで無法地帯の大博打場はどんどん膨れ上がり、大破綻となったわけです。
 で、まだ記憶に新しい市場大暴落、金融機関のベイルアウトに巨額の税金がつぎこまれたわけですが、マイケル・ムーアの映画では、そのとき反対し続けた上院議員にインタビューしています。親玉のポールソンをはじめ、当時の政府の担当者は軒並み某大手銀行出身者で、ベイルアウトの法案が提出されたのが選挙の直前。すべてに関してあやしすぎるというのです。選挙を控えて、どの議員も反対するのにおよび腰になる、だいたいがわけがわからない、というわけです。
 下院でベイルアウトが否決されたために株価が大暴落した日(その後可決されたのはご存知の通り)、私はベイルアウトは通すべきものだと思っていました。いたずらに否決して株価を下げたことに怒っていました。が、実はベイルアウトがどういうものなのか、なぜそれが必要なのかなんてわかっちゃいなかったのです。
 金融機関が破綻すれば、株価が下がる、そうなれば既に下がりまくっている私のリタイアメントファンドもさらに下がる、という脅しによって私はベイルアウトを支持しました。選挙権もない私が支持しようがしまいが世の中に影響はありませんが、ささやかな既得権をかたに脅されることでわけもわからず支持したという馬鹿さ加減は、クズみたいな既得権にしがみついて健康保険改革案に反対する人たちとまったく変わりません。私も無知であることを利用されていた一人だったのです。
 あの時ベイルアウトが行われなかったらどうなったのか、はわかりません。が、少なくとも今年の暮れの大手金融機関のトップのボーナスはまた景気がいいらしいです。
 「Capitalism」の中で、マイケル・ムーアはウォール街で働いている人をつかえて質問します。「デリバティブって何?」答えは複雑すぎて、うまく説明できない。そこがポイントなんだ、とそのトレーダーは言います。難しすぎて誰もよくわかんないから、文句もつけられない、政府も「よきにはからえ」ってことになる。そのために複雑なシステムの金融商品を作り出しているのだ、と。
 自嘲的に語っている面はあるにせよ、核心をついています。わかんないのは「デリバティブ」だけではありません。私はミューチュアルファンドだって債券だってぜーんぜんわかっちゃいません。複雑すぎてわかんないから検討放棄してみんながやってることをやった。だってリタイアメントファンドを普通預金にする人なんていないもん。
 馬鹿は私だったわけです。
 いわゆるファイナンシアルアドバイザーという人たちは、このごに及んでも、知識をつけろとか賢い投資だの賢い消費だのと言っていますが、たぶんもっと重要なのは、いらん知識に惑わされるな、わからんものには手を出すな、です。
 お金はひとりでに増えてくれるようにするのが賢いやり方だ、という「金持ち父さん」は間違っています。でも、まじめに働いていれば老後の心配や健康保険の心配がない社会がないかぎり、不安が人を貪欲にします。
 身体さえ健康ならば、そんなにこわいものはありません。働くのはいやじゃない。でも、せめて健康保険だけはなんとかしてくれないと、この国では暮らせない、としみじみ思います。
 
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投稿者: motokokuroda

アメリカ生活も四半世紀を超えました。お料理から政治まで、興味のおもむくままに。

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