「Sicko」と「Capitalism」その1

10/18/2009
実は映画の話より、映画のテーマにまつわる長~いお話になってしまいました。
 健康保険改革はオバマ政権の目玉の一つだったはずなのですが、薬屋、保険屋のロビー活動と共和党の政治パワーゲームのおかげで、改革案は廃案の危機。二転三転した挙句に、公的保険なしの骨抜き案となって火曜日にやっと上院のコミッティーの一つを通過しました。万が一、法案が通ったとしても、アメリカに公的保険(国民健康保険)が生まれる日は当分来ないでしょう。
 この日記でも何度も言ってるように、アメリカにはまともな健康保険がない。65歳以上対象のメディケアと貧困層のためのメディケイド以外には保険会社が営利目的で運営してるものしかありません。健康保険に関する法規は州によってまちまちなのですが、ともかく民間会社なので儲からないことはしない。つまり、持病があれば掛け金が高くなり、保険に入っていても手術や入院といった高額医療費になると、払う払わないで必ずもめる。アメリカで重病になったら、まず闘う相手は病気じゃなくて保険会社なのです(保険会社の支払い許可がおりなければ手術もしてもらえない)。掛け金の高さだって、最低限の保険(歯科や処方薬はいっさいカバーなし)がお一人様の月額400ドル以上。当然、保険の買えない人がごまんといます。
 当然のことながら選挙時には健康保険改革を望む声は圧倒的な多数でした。が、蓋を開けてみたら、オバマ案には反対続出。どうも国家による保険制度というと、社会主義だ、社会主義だと、鬼の首とったように騒ぐやつが必ずいる。じゃあ、学校制度はどうなんだよ、軍隊はどうなんだよ、全部パブリックだろうがっ、と言いたくなりますが、公的保険なんかができたら、民間の保険会社は競争できないからフェアじゃないそうです。だから何なんだよ。タバコ会社がつぶれちゃかわいそうだから禁煙運動をやめましょうとは誰もいわないのに。
 アメリカの医療制度の一番の元凶となっているのは資本主義原理主義です。医療制度だけでなく、いろんなところで今のアメリカをダメにしてるのは、アメリカ人が深く資本主義原理主義に洗脳されていることにつきると思います。
 マイケル・ムーアの「Sicko」に続く新作が「Capitalism」だったのは、その点でまことに我が意を得たりという感じでした。映画としての「Sicko」は、特にキューバの件なんかサーカズム(やらせっぽさ)が鼻につきますが、アメリカの健康保険はたとえ持っていたとしてもまったく安心できない、という恐ろしさはしみじみとわかります。そもそも健康保険なんて営利目的とは相容れないものなのです。
 健康保険改革についての演説でオバマも、保険がおりないために手遅れになって死ぬ人がどれだけいるかという話をした後に、それは別に保険会社の人間が悪者なわけではなく、そこに利益があるからだ、と言っていましたが、まさにそこなのです。が、これが資本主義原理主義者には許せないわけです。
 なぜ許せないか、というと原理主義者は資本主義原理主義による既得権を享受しているから。既得権を持つ人がそれにしがみつくのは常です。それをひっぺがさなければ、世の中は変わらないわけですが、この既得権を持つ人たちは、ずっとささやかな既得権を持つ人の既得権が危ないぞ、と脅す手口に出ました。その相手は、一応は現在保険を持ってる人とメディケアの恩恵を受けてる年寄り。
 改革によって今の保険はキープできなくなる、医者が選べなくなる、掛け金があがる、メディケアの予算が減る、とまあ次から次へと。あなたの健康保険を守るために政府に反対の署名を行おう、と客によびかける保険会社まで出てくる始末です。圧巻はdeath panelというデマで、オバマ案には「生かす患者と見捨てる患者」を決める委員会がある、というものです。もう聞いただけで都市伝説なみにあやしい、こんなバッタもんが本気で議論されること自体信じられませんが、これがしばらく大変な騒ぎでした。ここで一役買ってるのがあのサラ・ペイリンで、オバマ案が通ったらダウン症の息子はdeath panelによって殺されるとぶちあげました。(この人は自分が終わった存在であることをまだ理解してなくて、とにかく話題になりたいらしい。思えばマケインも罪なことをしたもんだ)。
 まあ、とにもかくにも大きな既得権を持つ人たちが自分の利権を守るために、小さな既得権保持者(実はその既得権なんてクズみたいなものなんですが)を脅す戦法にまんまとはまり、アメリカの国民健康保険は消えました(理論的には消えてないけど実際にはまずよみがえらない)。
 メディケアは別として、現在、一応は健康保険が買えている人たちがどうしてそれに固執しようとするかといえば、他を知らないからです。America is No1という信念ゆえにアメリカの医療制度が先進国の中で格段に劣っているということが受け入れられない。「Sicko」はそういう人にこそ観てほしい映画なんですが、そういう人はきっと観ない。
 他の国との比較という意味では、「Sicko」より面白かったのは、ジャーナリストのT.R.Reidが先進国5カ国の医療体制を取材したレポートです。
ここで見られます。
http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/video/flv/generic.html?s=frol02p101&continuous=1
日本も入っていて、日本の医療制度や健康保険制度がとても優れているように見えます。日本だって内側から見れば問題山積でしょうが、ともかく病気になったりケガをしたらアメリカにいるより日本にいるほうが安心なのは確実です。
 「医療費がかさんで破産する人って日本にはいるんですか」と聞かれた日本の医者の反応は「?」。「聞いたことないですけど?(なんで医療費で破産するんや?)」。そう、いまどきの日本じゃあり得ませんが、アメリカでは個人破産の相当な割合が医療費によるものなのです。その辺は「Sicko」を観るとよくわかります。
 ごく最近まで国民健康保険制度がなかったという台湾も取材されていて、台湾政府の担当者は先進各国の制度を研究していいところを集めて作ったと自慢していました。「アメリカのシステムも研究したのか」というレポーターの問いに「いやあ、そりゃ見たけど、アメリカの場合はシステムっていうか、ほっといたらこうなったっていう形で」と言っていたのが笑えました。
 で、もう一つ、スイスも国民健康保険ができてまだ10年。作る時には賛否両論で、最終的には国民投票を行って数パーセントの僅差で可決されたのだそうです。今では国民の大方が国民健康保険制度を支持してるそうです。
 じゃあ、アメリカだって国民投票で決めてくれればいいのに、と思うのですが、そういう制度はないらしい。ニューヨークタイムズその他の調査では、オバマの公的健康保険への支持は過半数を超えているのです。それなのに、なぜ可決することができないのか?その原因は、たぶんアメリカが一つの国であることを拒んでいる国だという点にあります。
そこがまた、資本主義への異常なまでの偏愛と一致するのですが、長くなるので(もう充分長いけど)それは次項に。
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投稿者: motokokuroda

アメリカ生活も四半世紀を超えました。お料理から政治まで、興味のおもむくままに。

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