アスパラガスのペスト

 娘がスパゲティミートソースが食べたいというので久しぶりにパスタの夕食。ミートソースはごく普通のミートソースです。手前のグリーンのソースはアスパラガスのペスト。ペストはバジルが定番ですが、アスパラガスはぐっとまろやかで美味しい。
 先週のニューヨークタイムスのダイニングセクションのminimalistという料理コラムに載っていたのが気になっていたので作ってみました。このminimalistというのは私が一番気に入っている料理コラムで、ここで見て作ってしばらくの間凝る、ということがよくあります。Minimalistというくらいですから簡単なんです。
 これはアスパラガス(300グラムくらい)を適当に切って柔らかめに茹で、フードプロセッサーにかけて、ニンニク1粒、松の実4分の1カップくらいを投入してさらに粉砕、オリーブオイル(たぶん大匙2杯くらい)とおろしたパルメザンチーズをたっぷり入れて混ぜ、塩コショーで味付けしてレモン汁を少し加えます。
 アスパラが嫌いな娘も食べてたくらいで、ちょっと見は何のソースかわかりません。写真が今一つですが、本当はとてもきれいな緑です。しばらくはまりそうです。ブロッコリとかだってできそうだし。
 
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チョコレートケーキとオレオチーズケーキ

今週作ったケーキです。
実は私はチョコレートケーキがあまり好きではない、というかチョコレートがそれほど好きではないのでチョコレートケーキがどうも美味しくできません。が、チャールズの子どもたちはケーキといえばチョコレートケーキ。で、最近何回か作っているのですが、どうもこれはという出来になりません。これも実は今ひとつ。当分しつこく作り続けていくことになりそうです。目指せ、満足のいくチョコレートケーキとうことで。
チーズケーキも実はさほど好きではないのですが、娘もチャールズもチャールズの子どもたちも好きなので、これも私以外の全員が好きなオレオクッキーのチーズケーキにしてみました。どちらもチャールズや子どもたちは喜んで食べてくれるし、甘いものの食べ手に困らないので、最近はお菓子作りに凝っています。

レインボーケーキと娘のバイト

 
4/30/2010
 テレビのマーサ・スチュアート・ショーで見たレインボーケーキがいかにもアメリカ人受けしそうなケーキだったので作ってみました。本当はレインボーですから7色ですが、私が持ってるフードカラーが4色しかなかったのと、7色にすると20人前くらいのサイズになるので4色です。シンプルなバニラケーキの種を4つにわけて、それぞれにフードカラーを混ぜて焼き、バターフロスティングでレイヤーケーキにするだけ。作り方はいたってシンプルです。ケーキより難しいのはバターフロスティング(バタークリーム)だけど。これも実は今一つ滑らかに混ざっていません(つまり失敗)。でも、チャールズおよび子どもたちは美味しいと喜んでいたので、こういうもんだと思えはこれでいいかも。アメリカのレシピをそのままフォローしたので死ぬほど甘いけど、バターの味がしっかりして、それなりに美味しい。
 このケーキは、マーサ・スチュアートのオリジナルではなく、その日のゲストだったケーキブログをやってる大学生の作品です。
http://whisk-kid.blogspot.com/というブログで、のぞいてみたらなかなか本格的で、特にデザインが可愛い。アメリカ人の若い子でも料理が好きな子は早いうちからこういうことをするんですね。考えてみれば当たり前ですが。
 で、ここで娘の話にうつるわけですが、娘が料理に興味を示さないのはアメリカ育ちだからではなく、持って生まれたもんなんだなあ、と改めて思ったわけです。娘が作れるのはマカロニ&チーズとインスタントラーメンくらいです。先週から近所のフローズンヨーグルト屋でバイトを始めた娘は、あわててフルーツを切る練習をしていました。バイト先でイチゴとバナナとキウイをカットする仕事もあるからです。イチゴとバナナはともかくキウイは皮をむかなければなりませんが、これができない。一般にアメリカ人はナイフを回しながらくるくると皮をむくことができません。まだ結婚していた頃に、私が皮むきをしていたところに偶然居合わせた元姑は「そういうの、お母さん(元夫のおばあちゃん)はやってたけど私はできない。ヨーロピアンテクニックだわね」と言っていました。ヨーロピアンテクニックっていうのは笑えますが、ともかく皮むきができないのはアメリカでは普通らしい。娘のバイト先でもキウイはまな板に立ててそぎ落とすように皮をむくように教えられているそうです。うちの娘はその手つきさえあやしい。
 小さい頃から娘は料理にまったく関心を示さなかったので何も教えてきませんでした。私が高校生のころには何でも一通りは作れたし、雑誌のレシピを見ていろいろ作っていましたが、特に母から教えられた覚えはありません。きっと料理が好きだったからなんでしょう。
 料理だけじゃなく私は大人になってみて家事が好きだ、ということがわかりました。でも、子どものころのお手伝いなんぞは大嫌いでした。今でも洗濯みたいに嫌いなジャンルもありますが、一般的に家事をするのは楽しいということに親の家を出て、自分の家と台所というテリトリーを持って初めて気付きました。掃除も嫌いじゃありません。
 が、残念なことにいくら家事をしたってお金は一向に入ってきません。私は仕事をしてお金をもらうのも大好きです。誰だってお金をもらうのは好きにきまってんだろ、と思うかもしれませんが、「今日もこれだけ働いた。その対価に納得できるお金をもらって嬉しいな」というのと、お金が好きだというのは違います。それに何よりも、私はコントロールフリークですから、自分の人生は絶対に自分でコントロールしたい。そのためにはたとえ夫であろうと親であろうと人の金を当てにするのは大変不都合です。だから、お金になる仕事をする、ということは家事はできない。という引き裂かれた気分を常にもってきました。
 そういう意味では料理も家事も全然興味がなさそうな娘はこういう矛盾を抱える必要がなくて、かえっていいのかも、と思うのでした。バイトを始めたばかりですが、「お金を稼ぐのはほんとうに好きだ」としみじみ言っていました。将来、お金をたくさん稼いで、コックを雇えるくらいになりたいそうですから。まあ、できるできないは別として、目指すところがわかりやすいのはそれはそれでいいかも、と思うのでした。

たかが風邪に100ドル超

4/23/2010
 あんまり風邪が治らなくて、咳で夜も眠れないので、医者に行きました。診察時間1分くらいで「風邪が原因のサイナス・インフェクション(鼻腔の細菌感染)」という即決診断で、抗生物質と咳止めシロップを処方されました。なんでサイナスインフェクションで咳、と思いますが、つながってるので喉の痛みも咳もそのせいなんだそうです。
 で、抗生物質を服用しはじめたら翌日には喉の痛みも鼻づまりも嘘のようになくなり、まだ咳は少し続いていますが、ほぼ回復しました。風邪に抗生物質はききませんが、細菌には抗生物質は劇的にききます。こんなことなら、もっと早く医者にいけばよかった。ぐずぐずしてたのは、風邪だと思い込んでいたからで、効くものがない病気に無駄な医療費をかけるのが嫌だったからです。で、無駄じゃなかったわけですが、まず診療費の本人負担が20ドル、抗生物質66ドル、咳止めシロップ22ドル、しめて100ドル以上。喉の痛みはとれたけど、財布が痛いぞ。
 診察時間1分のありふれた病気だし、薬だってただの抗生物質(しかもジェネリック薬)、それでこのお値段。しかも月々460ドルもの健康保険掛け金を払ってこのお値段。これがわかってたからこそ、医者にはあんまり行かないようにしてるんですが、これが日本だったらとっとと医者にいってとっくに治っていたでしょう。
 でも、保険があるだけましなわけで、保険のない人だったら、呼吸困難でエマージェンシールーム送りになるまで行かないかもしれない。保険がなくて自費診療で同じ診療を受けたら、診察料だけでもだぶん200ドルくらいになります。どういうわけが、アメリカの医者や病院は保険屋には保険屋が認めた料金しか請求しないのに、自費診療の患者には好きな金額を請求することになっていて、自費診療となったとたんに何でもおそろしく高くなる。つまり、アメリカの医療の力関係は、保険屋>医者>患者、となっているわけです。
 オバマが通した医療保険改革案では、このあたりはまったく解決されてません。公的保険はないから保険屋は掛け金を上げ放題、医療費や薬価も野放しのままですから。これがおかしいと思わない政治家は悪人か馬鹿かへタレです。これでも、アメリカの医療制度は民間まかせが正しいと思ってる人は馬鹿です。

治らない風邪

4/20/2010
 日本は寒いらしいですね。ニューヨークも馬鹿陽気が去って花冷え。で、私の風邪はいっこうになおりません。あれから熱が出たので、「おお、これで治るか」と思ったら熱がひいても咳はますますひどく喉はますます痛い。ぼうっとした頭でかろうじて仕事だけをこなしている状態が1週間も続いています。在宅就労でよかった、とは思いますが、また「着替えないで寝たり起きたり」のすさまじい状況です。
 一番迷惑をこうむっているのはチャールズです。夜中といい明け方といい、私の咳で起こされ、昼間も隣で絶え間なくゲホゲホやっているのですが、相手は病気だから文句も言えない。私たちは経済的理由により密着度が異常に高い生活をしています。私は24時間のほとんどを寝室兼オフィスで過ごします(仕事がない日はだいたいキッチンにいる)。私の寝室兼オフィスはチャールズが転がり込んできたことで二人でシェアする寝室兼オフィスになり、チャールズも在宅就労者なので毎日机を並べて仕事をしています。つまり1日24時間の相当部分を3メートル以内の至近距離で過ごしていることになるのです。好き好んでやってるわけではありませんが、それぞれ黙ってパソコンに向かっている仕事なので、普段は問題を感じることはありません。
 これだけ近くにいて風邪がうつらないのが不思議ですが、チャールズは病気をしません。風邪もひかないし、お腹が痛くなったこともない、といいます。そういえば元夫もそうでした。男の子はしょっちゅう熱を出すといいますが、育ちあがった男というのは病気に耐性ができるもんなんでしょうか。
 健康なのは結構なんですが、病気をしない男は病気に対して同情の気持ちがない。チャールズは夜中に起こされても(別に私がたたき起こすわけではない)、隣でゲホゲホしてても文句も言わず迷惑そうな顔もしないのはえらいともいえますが、看病をしてくれるわけではない。それなりに心配はしてくれますが、病気になると何をしてほしいか、何が食べたいか、という想像がおよばないのです。
 ことに食べるものに関しては、アメリカにいるかぎり病気になったときに頼れるのは自分だけ、というのを実感します。病気のときに食べたいもの、食べられるものを作れるのは自分しかいないからです。せいぜい身体を鍛えていつまでも台所に立てるようにしていないと。そして、いよいよ自分じゃできないとなったら、日本の有料老人ホームに入れるくらいのお金は貯めておきたいものだ、と思います。

春風邪

4/14/2010
 春だっていうのに風邪をひいてしまい、絶不調。喉は痛い、咳が止まらない、鼻がつまる、だるい、関節が痛い。最低です。これで一気に高熱でも出ればあきらめもつくんですが、ずるずると鬱陶しく続く症状にはうんざりします。ここ数年の風邪はこのパターンが多い。娘が風邪をひくと突然高熱が出て、突然回復する(ように見える)のですが、更年期になると、そういうメリハリのある風邪をひくエネルギーがないらしい。
 仕事もともかく、春は琴パフォーマンスシーズンで、練習もしなきゃいけないのに、何も手がつきません。今週は師匠のおともでコロンビア大学の桜祭り演奏が週末にあるのですが、全然練習が間に合ってません。その上、最近関節炎で親指が痛い。半年くらい前から右手の第一関節が痛いなあ、と思っていたのですが、今年の定期健診で典型的な老化による関節炎と言われました。つまり、治らない。使えば使うほど悪くなる。お琴の練習もあんまりしちゃいけないわけです。ちょっと根を詰めて稽古するとすぐに痛くなります。若いうちは何事につけ練習はすればするほどよろしい、というものだったんですが、歳をとると減りを計算しつつ小出しにしてかないといけないんですね。
 4年前に17弦(ベース琴)を始めたのは、こういう重量級の楽器はいつまで自分の手でかつげるかどうかわからないから体力のあるうちにという理由だったのですが、楽器の運搬の前に指に来るとは。私はアマチュアプレーヤーだから弾けなくなったところで生活に支障はないですが、プロのミュージシャンたちは関節炎とはどうやって折り合っているんでしょうね

アメリカの大学

4/9/2010
 4月に入って、本格的に春の陽気。今年の娘の学校の春休みは先週でした(このあたりの公立学校の春休みは毎年の暦によって変動するパスオーバーとイースターによって毎年違う。今年は早めで、来年は4月半ばになる)。娘はハイスクールのジュニア(11年生)で、ジュニアイヤーの春休みというのは、誰もかれもが大学見学に行きます。大学の多くが首都圏に集中している日本と違って、アメリカの大学は全国各地に散らばっていますから、見学に行くのも結構な小旅行です。中にはバケーションをかねて西海岸や中西部の大学を見学に行く家族もありますが、まあ、大半は東海岸の比較的近場から始まります。近場というのは「車で行ける距離」ということで、距離的には本州全土くらいな感じです。
 この大学見学というのは大学入学作戦の前哨戦みたいなもんです。入りたい大学には事前に見学に行って名前を見学者として登録しておいたほうがアドミッションオフィスの心証がいいらしい。もちろん選考基準としては枝葉末節部分ではありますが。
 アメリカの大学には入試がない、ということもあって「アメリカの大学は出るのは大変だが、入るのは簡単である」と日本では言われているようですが、大嘘です。最後に「どこでもよければ」とつけば本当ですが、そんなのは今時、日本でも同じことです。アメリカでもランクの高い大学に入るのは至難の技。アイビーリーグクラスになれば、日本でいえば東大なみです。しかも入試がないので、一発逆転もなく浪人もできない。アメリカの大学入学は高校の平均成績(これがなかなか複雑です)とSATまたはACTという日本のセンター試験のような統一学力テストの成績が主な選考基準となります。その他に音楽、スポーツ、芸事、ボランティアその他の学業以外の実績も加味され、応募に添えるエッセイもそこそこに重要です。難易度最高クラスのハーバード、プリンストン、イエールなんかだとSAT満点(もうこれだけで神業に近い)で成績平均トップでも落ちることもあります。だいたいアイビーリーグレベルだと、完璧な成績プラス何か傑出したものがないと駄目、と言われています。まあ、その大学にお祖父ちゃんの名前のついた図書館があります、とかいう場合は別ですが。アイビーリーグは私立大学なので代々その学校に行って莫大な寄付をしているお金持ちがフリーパスで入るのは誰も不思議に思わない。ジョージ・ブッシュが実力でイエールに入ったと思う人は誰もいません。
 大変なのはアイビーリーグだけではありません。その下には、SATスコアの基準がアイビーリーグとほとんど変わらない準アイビーリーグクラスがあり(このあたりになると日本ではほとんど名前は知られていませんが)、その下も細かくランクは分かれています。どの大学もおしなべて以前より難しくなってきており、アメリカ人でも私の世代だと名前も聞いたことがなかった大学がすごく難しかったりします(このあたりは日本の私立中学高校の状況に似ています)。理由は入学希望者の人数が増え続けてきたから。大学に行く比率も上がっていますが、人口の総数も娘の学年は史上最大なんだそうです。この人口カーブは一つ下の学年からまた減り出すので、娘は大学入学最激戦学年に当たってしまったわけです。
 アメリカの高校生の大学入学作戦が始まるのはだいたい11年生(日本でいうと高校2年生)になったばかりぐらいからで、それぞれの子供が担当の大学カウンセラー(1人のカウンセラーが100人くらいずつ受け持つ)と面接し、年末にはPSATというSATの模擬テストみたいなのを全員が受けます。年が明けると大学モードがいよいよ本格化します。いろんな大学から子供あてに続々とDMが届き出すのもこの頃です(もちろんトップクラスの大学はそんな宣伝費は使わないので、聞いたことのない大学ばっかりです)。SATやACTは2ヶ月に1回くらいずつあって、いつでも何度でも受けられるのですが、大抵は2,3回で、だいたい早い子で11年生の11月頃受け始め、3月までにはほとんどの子供が第1回目を受けます。
 1月ごろにハイスクールの大学入学手続き関連のオリエンテーションが始まり、子供たちには、それぞれの成績平均やSATやACTのスコアと、各大学に必要なスコアと比べることができるウエブサイトが与えられます。そこに見学に行った大学とか希望大学とかを入力して、志望校をしぼりこんでいくわけです。それから夏休み中にアプリケーションやエッセイを仕上げ、休み明けに12年生になると同時にアプリケーションの提出が始まります。何校でも好きなだけアプライすることは可能なのですが、たいだい7,8校くらいだそうです。ちょっと自分のランクより上のリーチスクール、自分のランクぴったりのレンジスクール、安パイのセーフスクールの3種類を2,3校ずつ取り混ぜます。年内にはだいたい出し終わり、年明けから結果待ちとなり、4月1日までにはすべての大学から結果通知が届きます。浪人というシステムがないので、セーフスクールを見誤って全不合格となるのが一番悲惨なことらしいです。結果が出た後ではもう応募締め切りは終わってるのでどうにもならない。だから必ず絶対安全なセーフスクールにもアプライしろ、と言われています。
 と、まあ、こんなところが私も先週くらいになってやっと理解したアメリカの大学入学プロセスの概要です。で、うちの場合はどうなっているのか、春休みの大学見学がどうだったかといったお話は長くなるので次に。