これって偶然?

この2週間ほど、このブログにまったくアクセスできなくなっていました。2台あるコンピュータのどちらでトライしてもだめなので、これは何かの問題があってブログが消滅したか、とがっくりきていました。ところが、それをミクシに書いたところ、友人から「別に問題なく見えてる」というお知らせが。つまりサイトの問題ではなく、私のパソコン側の問題であることがわかって、試しにMSNから他のブログにアクセスしてみたところ、そこにも行けない。どういうわけかMSNのブログサイトに限りブロックされているのです。で、思いついたのがラウター。数年前にもホットメールをはじめ、特定のサイトにアクセスできないことがあり、紆余曲折の末、ラウターのテックサポートによって解決されました。これは、今回もラウターに違いない、とテックサポートに電話。ところが機種が古いため、テックサポートではすぐにはわからないから担当者にレポートを送るので、とりあえず本当にラウターに問題があるのかどうかケーブルと直接つないで試してみよ、といわれました。これが全然うまくいかない。ラウターを通さないとパソコンがコネクションを感知してくれないのです。小1時間もかけて、テックサポートを煩わせた結果、とうとう直接接続はできず、やってみてからまた電話をくれ、と言われました。テックサポートの指示があってもできないものが私1人でできるわけはないので、今度はケーブルの方のテックサポートに電話して直接接続にトライするしかないなと思いつつ、とりあえず1晩放置。すると、なんと翌朝はつながったじゃないですか。何の問題もなく。これはどうしたことなんでしょう。いまだにわかりません。
ラウターのメーカーが何かの設定を変えた(前はそれによってアクセスできなくなった)、MSN(このブログのホスト)がなにかの設定を変えた、私が図らずも作業の途中で何かの設定を変えた、などが考えられますが、とにかくつながってよかった、よかった。
というわけで、喉元過ぎたので深くは考えないことにします。

夏時間

今年は省エネ対策のためと称して夏時間が早く始まり、例年なら4月の第一日曜なのに、今週の日曜に早くも夏時間になってしまいました。ただでも鬱陶しい時間変更が早く来るとどうなるかっていうと、朝起きる時間に暗いんです。私の目覚ましは6時20分にセットされていますが、本来なら5時20分なんだから当然だ。第一この寒いのにサマータイムって。ですから、今週は気分は毎朝5時起き。眠いです。
もっとも、ニューヨーク郊外では通常から5時起きという人も少なくありません(そういう人は4時起きの気分なわけだ)。さすが世界一労働時間の長いアメリカ人は朝も早い。だいたい7時半から8時にはオフィスに座っているという人が多い。このあたりは通勤時間に1時間半くらいはかかるので、そうなると5時起きです。マンハッタン在住でも、7時までには出社とか、仕事前に6時にオフィスのフィットネスルーム到着というとんでもないスケジュールの人も少なくありません。
学校の始まるのも早い。娘の学校は7時半に始まりますが、数年前までスクールバスが少なくて使いまわししていた頃はミドルスクールは7時前に始まってました。ランチタイムが8時半っていう冗談のようなスケジュールだったそうです。今でも娘のランチタイムは10時半だから、日本の常識とはかけ離れていますが。
 

パブリシティ

今週は近くの学校区のハイスクールが全国ニュースに取り上げられて、娘たちが興奮しています。ヴァジャイナ(Vagina)つまり女性器名を学校の朗読会で朗読した生徒たちがdetention(謹慎処分)になったのが事の始まり。その生徒たちが朗読したのは「ヴァジャイナ・モノローグ」(Vagina Monologue)というフェミニズム系のオフブロードウエイ芝居です。女性の身体パーツの名称を学校が猥褻語のごとく扱うのは間違っているというので、生徒たちが処分反対運動を始め、当事者の親たちも学校に抗議したのが、最初はローカルメディアに取り上げられて、翌日にはニューヨークタイムズから全国放送のテレビニュースが一斉に報道。今朝は全国放映の朝のワイドショーに問題の子供たちが出演していました。学校側としては公開朗読会には幼い子供連れの人もいるかもしれないから、ヴァジャイナという単語は不適切である、と事前に通告したのに生徒たちが本番になって勝手に言ってしまったので、学校の指示に従わなかったことに対する謹慎処分であって、ヴァジャイナという単語を使用したのが理由ではない、と抗弁しているのですが、いまどき誰が見たって学校側に勝ち目はない。

実際にハイスクールの校長だって教師だって、ヴァジャイナなんてなんとも思っちゃいないにちがいないのです。ちなみにニュースでもワイドショーでもヴァジャイナ、ヴァジャイナと連呼しているくらいで、これは別に通俗語でもなんでもない女性器の正式名称なのですが日本語でいう膣よりも、はるかに一般語に近い。

では、なんで学校がそんな時代遅れともいえる対応をしたのかというと、これはもうコンサバ対策です。学校で使用した教材とか、学校で行われていることには「子供に不適切」という文句をつける親が必ずいて、しかもアメリカ人のコンサバ(特に信心深い人々)というのはこれはもうすさまじくコンサバです。いまだに裸婦の絵の展示されている美術館に生徒を連れて行ったというのでクビになる美術教師がいたりします。

 

で、前置きが長くなりましたが、面白いのは娘の反応。自分もなにか大学入学審査の足しになるような事を考えつきたいものだ、というのです。娘は8年生でこの9月からハイスクールですが、もうそのコース選択が始まっていて親も子供も考えることは「いかに大学入学審査に有利な選択をするか」です。アメリカの大学入学審査というのは成績および共通テスト(SAT)のスコアも大切ですが、一流大学となるほど成績オールAもSAT高得点も当然ですからその他の課外活動や社会活動の重要度が増してくる。逆に成績に問題ありの子供にとっては別の意味で「その他」の重要度は高い。

「ヴァジャイナ・モノローグ」(Vagina Monologue)の子供たちが大学入学審査を狙ってやったとは思えませんが、結果的に見ればアプリケーションにプラスになることは間違いない。娘いわく「少なくともエッセイ(入学審査の)のいいネタになる」のです。学校に反抗して謹慎処分になったことが大学入学に有利に働くっていうのもおかしなものですが、もうこれはマーケティングの世界です。この子供たちはネガティブパブリシティをポジティブに変えるパブリシティ戦略に成功したわけです。そう考えればSATのスコアより実用性において重要かも(ちなみにこの子供たちは全員がオーナーステューデント、つまり成績優秀者です)。

ワイドショーに出演していた子供たちは不当な扱いに抗議するなんて悲壮な感じはもちろんなく、「やったね」という感じではしゃいでいました。実は今朝は本当は、この件で校長と会う予定だったのだけど、テレビに出ることになったので予定を変更したのだそうです。学校側もこれを「けしからん」などといわずに、まあ、テレビならしょうがないよねという感じでリスケジュールして、取材にも積極的ににこやかに応じています。「こういうことについて話しあえる機会ができたことはよかった」などと最初のパブリシティ戦略失敗の挽回を狙う発言ぶり。

コンサバ対策をしたがために(きっとそっちの方面でも苦い経験をしてきているに違いない)、時代遅れの反フェミニスト扱いされてしまっている校長も気の毒といえば気の毒ですが、これはターゲット層のリアクションをよみ違えたのが悪い。なにしろニューヨーク郊外の公立ハイスクールの校長は年棒30万ドル(3千万円以上だよっ!)近い高級取りなんだから、その程度の手腕がなくてどうする、というわけです。それが教育者にとってどれほど重要なスキルであるかということは別として、アメリカで校長職をはっていくためにはすごく重要です。

アメリカの教育システムっていうのは、どうやって自分を売り込むかとか、どうやってそれらしく見せるかとか、どうやって世論を味方につけるか、といったことを常に考えざるをえないようにできているんですね。失言に失言を重ねて墓穴をどんどん深くして、最後には開き直るっきゃない日本の政治家がアメリカの政治家に太刀打ちできるわきゃないよなあ、と思います。

ひな祭り

ニューへブンから戻って大車輪で支度して、かつての補習校役員仲間の日本人家族を招いての雛祭りの夕食会。メニューは定番のちらし寿司を中心に、平目の昆布じめ、マグロのゴマダレ漬け、キウリと若布のゴマ酢あえ、枝豆(最近はエダマメという日本語が通じるほどアメリカで人気)、ピンク色のセグリニョーラ・オリーブ(浅漬けのオリーブでワインのつまみに最適)、お客様おもたせのブロッコリの芯のぬかづけとトリュフ入りチーズ(ワインがすすみまくる)。写真には写っていませんが、遅れて参加のお客様おもたせのチキンとマンゴのサラダ(カレーとヨーグルトのきいたドレッシングで、すごぶる美味)。デザートは子供にはイチゴのロールケーキ(大好評)、大人には練りきりと黄身しぐれ(開発途上で要改善)。
と、このようなひな祭りスペシャルの料理には、一応本日の主役であるはずの娘およびお客様のお嬢様方は、ほとんど目もくれず、別に用意したベークド・パスタ(マカロニにトマトソースとモツアレラチーズをかけてオーブンで焼いたもの)ばかりを食べる。お正月の御節料理と同じで、喜んでいるのは大人だけ。ほとんど意地になって欠かさず正月だのひな祭りだのは、娘が将来独立してから思いだしてアイデンティティのよすがとなるようにというのが表向きの理由となっていますが、実は大人が食べたい、飲みたいから万障繰り合わせて日本人どうしの夕食会をするわけです。次回は別のおうちで恒例の旧暦の雛祭りが予定されています。
さて、雛祭り主役のはずの娘は、この日も私の血圧を急上昇させるようなことをしてくれました。遅れてみえたお客様一家が、遅れますという電話をくれたのですが、それを受けたのが娘。電話は自分あてと決めていて(実際に娘の在宅時間にかかってくる電話の90%が娘あて)素早く受けてしまう。これがたまたま私宛だったりすると、50%くらいの確率で問題が起こるわけです。普通は私の在宅時なら相手も娘に伝言を託すということはないのですが、たまたまうちの娘のことをよく知っているお母さんであったため私を呼び出さずに娘に遅れることを伝えたらしいのです(しかもうちの娘の日本語力を知っている彼女はわざわざ英語で伝えた)。で、娘は「OK」と言って電話を切ったきり、私には何も伝えなかったわけです。事情がわからない大人たち全員は、遅れる時は必ず電話をかけてくるはずなのに事故にでもあったのではないかと心配しながらも、しかたがないから先に始めていましょうか、となった時に初めて娘が「さっき電話があったけど言うの忘れてた」とふざけたことをぬかしました。忘れてたって、その場に私がいなかったのならいざ知らず、ちゃんといたのになぜ電話を切ってすぐに伝えないんだ。お前がOKって納得してどうするんだよ。しかも全然悪いことをしたという自覚がなくヘラヘラしている娘に、私はゲストもそっちのけで切れまくり。明日1日電話もパソコンも使用禁止、その禁止令を忘れた場合には(罰則を意図的に忘れた前科は数知れず)来月の小遣いなし、となりましたが、これだけ怒られても反省の気色なく「OK,
OK」となめくさった返事をしているので、他のお母さんにまで「そのOKっていうのはやめなさい」といわれる始末。
わたしに電話をくださる場合には、くれぐれもうちのバカ娘には伝言を残さないでください。ほぼ確実に伝わりません。わたくし不在の場合にはごめんどうですが、後からおかけなおしくださるか、メールでご連絡ください。ああ情けない。

エールふたたび

師匠のお供でエール大学にお琴をひきに行きました。大学内の日本研究会みたいなサークル(ちゃんと大学から出る予算をもっている)主催のコンサートで決まったのが前日。大丈夫なのか、いったいどういう催しなんだ?と?だらけで出かけたのですが、案の定、客の入りはほとんどゼロ。担当の学生があせってかき集めてきた学生が数人だけというプライベートコンサートとなりましたが、それはそれで面白い経験でした。こういう研究会では、学生が予算のついたイベントの企画も任されているらしいのですが、一生懸命やってるのがわかる真面目な学生さんたちで、うまくいってなくても「頑張れよ」という感じで気分は悪くありません。
エール大学というのは主キャンパスの他にニューへブンの街に大学所有のホールが点在していて、シアターも大小いくつもあるらしい。琴の演奏会場となったのはTrumbull College Theaterという70席の小劇場で、天井が高く2フロア分吹き抜けで急傾斜のついた客席から舞台を見下ろすような形になっています。舞台にはバルコニーのようになった2階部分もついていて小劇場の芝居をやるにはとても良さそうな劇場でした。演劇のツアーに人気のある劇場なのだそうです。
一昨年、エールに来た時にも感じましたが、やっぱりお金のある大学はいいなあ、と思います。ただ、都会にある(しかもあまり治安がいいとはいえない都市の)大学なので、キャンパスらしいオープンな感じはありません。どのホールもどのビルもごつい鉄の門で閉ざされていて、部外者を完全に拒絶している感じです。まあ、それがアメリカのエリート大学らしいといえば言えますが。