ルーザーフォビア

ずっと観たいと思っていた映画「リトル・ミス・サンシャイン」をやっと観ました。基本的には心温まるタイプの映画で、アメリカ人のloser-phobia(負け組嫌悪・恐怖症)ぶりの描かれ方が面白い。この家のお父さんは「winner(勝ち組)になる方法」というプログラムをプロモートしようとしているのですが、そのこと自体がすでに立派なルーザー。薬中の祖父さん、家族の誰とも口をきかない高校生の息子、ゲイの学者でボーイフレンドに振られた挙句に失業して自殺未遂した叔父さん、タバコをやめられないお母さんと、登場する一家全員がそれぞれにルーザーなんですが、ただ1人ルーザーコンプレックスにおかされていないのが8歳の女の子オリーブ。ストーリーは、オリーブを子供のミスコンに出場させるための顛末です。オリーブは太目で眼鏡をかけていて、いまどきのアメリカの小学生としては、まずルーザーのプロファイルにぴったりみたいな子なのですが、この子がルーザーコンプレックスにはまらず素直に幸せに育っているのは一家全員がこの子を守っているからだということがわかるエピソードがとても微笑ましい。
テーマは「ルーザーがなんぼのもんじゃい」ということなのですが、この低予算映画がこれだけヒットして、多くのアメリカ人に絶賛されたということは、アメリカの社会がいかにルーザーフォビアの社会かということでもあります。このルーザーという言葉はアメリカの子供の会話によく出てきます。「そんなのはルーザーだ」「○○はルーザーだ」「××なんてルーザーしかやらないから、やらない」、そして極めつけは「You are loser」。さすがに大人の間でこんな台詞が聞かれることはありませんが、子供の兄弟喧嘩なんかでは、これが最も侮蔑的な表現として用いられるようです。子供社会では、loserというレッテルをはられるのは何よりも避けたいことらしいです。しかも、非loserであるための幅がものすごく狭くて単純。もちろんそれは、そのまま大人の価値観が極端に表れているからです。大人からポリティカリーコレクトネスを除いただけのこと。
現実にはオリーブのような女の子がアメリカで、ルーザーコンプレックスをもたずに育つというのはとても難しい。かりにwinnerとしてのポジションを確保している子供(大人)でも、常にloserとなる(と見なされる)ことに、どこかでおびえているというわけです。
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投稿者: motokokuroda

アメリカ生活も四半世紀を超えました。お料理から政治まで、興味のおもむくままに。

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