クイーンとハロウィーン

ハロウィーンです。去年同様、娘はお友達の家に行ってしまったので、今年は1人で「ザ・クイーン」という映画を観に行くことにしました。面白かったです。

あくまでも映画ですから現実とは違うのでしょうが、首相官邸やロイヤルファミリーの住居スペースが、あまりにも普通の家みたいなのが意外でした。普通というより、アメリカ郊外の、つまりこの辺りのちょっとした家の方が一見ずっと豪華。イギリスの方は壁にかかってる絵が本物だったり、家具その他が実はとてつもなくお金がかかっていたりするのでしょうが、質素な印象を受けるのはその狭さ。逆に言えば、アメリカ郊外の家というのがいかに馬鹿馬鹿しく広さを追求しているかということがよくわかります。 映画を観ると、家に戻ってくるのは8時近くなるのでトリック・オア・トリートがほぼ終わるまで留守にできるという目論見もあったわけですが、今年はお天気が良くて暖かいせいか、8時過ぎても続々と子供たちが来ました。娘が小さかった頃は、子供たちが来るのを結構楽しみにしていたのですが、今や、ドアベルを鳴らされるたびにキャンディを持って玄関を開けるのがすごくめんどくさい。自分の娘がよそでご迷惑をおかけしているわけですから文句は言えませんが。10年前には、ハロウィーンの晩に決まって留守にしている近所の年配の夫婦のことを愛想のない人たちだと思っていたのですが、今になればその気持ちがよくわかります。ていうか、まるで同じことをしているわけです。

デコラ

わたしがお琴で忙しがっていた2日間、娘はパーティーで忙しかった。相変わらずのパーティガールぶりです。金曜日は父親とモールでお買い物した後、家に戻っているはずだったのですが、帰ってみると書置きだけが残っていました。
「I’m sleeping over at ○○’s house with some people. If you have any objections or questions, you can call ○○’s house. Love you.」
どうも、お友達何人かでお泊りのプランが持ち上がって出かけたもよう。○○は同じコンドに住んでいる子で、私としては別にobjectionsもないので、翌朝迎えに行って、そのまま私はグランドセントラルへ。娘は別の友達数人とお友達のお父さんにドライブしてもらってモールへハロウィーンコスチュームのお買い物。夜になって、そのまま全員が1人の子の家になりゆきお泊り、という連絡が入りました。まあ、楽しそうで結構なことですが、金曜土曜の2日間で娘と顔をあわせたのは土曜の朝に迎えにいったときのわずか5分のみ。
日曜の朝、お泊り先に迎えに行って私は朝からお仕事。パソコンに向かっていると、娘がやってきまして、「デコラフルーツっていうのがあってね。クールなの」と突然言います。子供というのは、いつも自分の興味の趣くままに突然話を振ってくるので何のことやらさっぱりわけがわかりません。「何それ?」ときくと、「原宿にいるデコラの人」だそうで「ロリゴスじゃないの?」というと「全然ちがう」そうです。お洋服命の娘の日本での最もお気に入りの場所は現在のところ原宿で、なにやら原宿ファッションをネットでサーチしていたら「デコラフルーツ」という名称に行きあたったらしい。で、これは自分が原宿に行ったときに見かけたファッションだ、そうかこれはデコラというのか、これはクールなものである、と思ったらしいです。「グーグルで見ればわかるから見て」と、検索してウェブの街頭写真を見せてくれました。「今度日本に行ったら、こういうの着てみようかなあ。きっとみんなが見るよ」って、そりゃあ見るだろう。でも、お母さんはあんまり一緒に歩きたくないかも。
「それなら、こっちで着ればいいじゃない。誰も着てないんだから、そのほうがクールだよ」というと、それはいやなんだそうです。誰も着てないし、知らないから。根性なしです。

東京フェスタ

マンハッタンのグランドセントラル駅で、2日間にわたる東京都のプロモーションイベントがありまして、お琴弾きのメンバーとして参加しました。クライアントからはできるだけ華やかにしてください、という注文があったそうで、師匠からは「若々しい着物で」という業務連絡が事前に入っていました。最初は「振袖で」という注文もあったそうなのですが、いやそれはいくらなんでも無理と断ったそうです。アメリカのこの手のイベントでは、ときおり確実に50代以上と思われる方が成人式のような振袖をお召しになっているのに出会うことがあります。アメリカ人はなんとも思わないのでしょうが、さすがに日本人はドン引きします。というわけで、振袖は却下されたわけですが、「派手に」という指令があったのでえらく派手な着物を選んだのですが、ちょっと不安だったので、年齢相応なのと2セット用意。そして、現場についてみれば、みんな地味じゃん(ほぼ全員が私より若い)。指令を出した師匠本人も色無地。主催者が日本から来るとなると、さすがに周囲が全員アメリカ人の時と違って、地味バージョンも用意して正解。
30分おきに30分のステージというのを1日繰り返すというスケジュールで、楽器を運んだり調弦したりわけがわかんないような忙しさ。もう1日終わったらぐったり。
翌朝、2日目は大嵐。またしても雨女の効き目ばっちり。私の担当の午後からは晴れ間も出てきたのですが、マンハッタンに向かって車を走らせている途中で突然大豪雨。ハイウエイからちょうどマンハッタンに渡る橋にさしかかるところだったのですが、前もまったく見えない上に道にどんどん水が溢れ、水はけの悪いニューヨークの道は見る見るうちに大増水。水たまりなんて可愛いもんじゃありません。車ってどのくらいまで水に浸かっても走るんだろうか、と真剣に考えてしまいました。しかもそこはサウスブロンクス。87号線からFDRに入るまでの地べたの道。絶対に立ち往生なんかしたくない場所です。なんとか走りぬけましたが、久々にスリル満点のドライブでした。

良性

良性でした。ご心配くださった方、ありがとうございました。どうもお騒がせいたしました。これで、この10日間あまり、常に頭の片隅を占めていた乳がんという言葉から解放されます。結果から言えば、なまじ見つけちゃったために結構な傷口を残しただけということになるわけですが、文句を言ってはバチがあたるというものです。それにしても、思いがけないしこり発見以来、乳がん経験のある友人の知識とアドバイスがどれだけ役に立ったか。まことに持つべきものは友達です。
この1週間、あれこれとリサーチをしてみましたが、乳がんの発生率の高さにびっくり。アメリカでは8人に1人だそうです。日本でも数がぐんぐん増えているのですが、そのわりに検診を受けてる人がすごく少ない。ちなみにアメリカのスタンダードは35歳で初めてのマンモグラム、40歳以降は毎年1回、そのほかデンス(乳腺の密度が高い)人は超音波を2年に1回。日本でも乳がんの発生率が上がってきたので、これまで50歳以上だったマンモグラムのガイドラインが40歳に引き下げられたのですが、超音波検査は、「 有効性については、正確な評価を行うためのデータがまだ十分に得られていない」という理由で見送られたそうです。なぜ?
日本人には西洋人よりデンスな人が多いらしく40歳代の半数近くが高密度乳腺だそうなので、しこりが発生してもマンモグラムでは映らない人が大半ってことです。ちなみにこれまで日本の乳がん検診の中心になっていた触診についてはデータとしては予防効果なしなのだそうです。結果的には良性だったにせよ、私は1度の触診とマンモグラムで見落とされたものが、別の医者の触診と超音波では見つかっているわけで超音波検査の「有効性が評価できない」というのも、触診が効果なしというのも納得できない。それって、触診そのもの、超音波検査そのものに有効性がないんじゃなくて、単に医者の技術がないだけじゃないのか。
医者だって商売ですから、役所のお達しがなくても、検査希望者が増えれば市場水準も上がるにちがいないので、日本でももっと多くの人が乳がん検診を受けるようになってほしいもんです。こういう押し付けがましいことはいいたかないけど、やっぱり言わずにはいられません。40歳以上の方、ぜひ一度マンモグラムと超音波を受けてみてください。
ところで、わたしがデンスだから超音波も受けろと言われたときに「じゃあマンモグラムはしても無駄なのか」ときいたら、カルシフィケーション(石灰化)という前癌症状はランプ(塊)にならずに散らばるのでマンモグラムでしか映らないから、両方やらないといけないと言われました。
それにしても、アメリカでこれだけいきわたっている検査技術やデータをどうして日本で活用できないのか不思議です。アメリカの予防や治療方法の普及には多分に医薬業界の利潤がからんでいるので、別にアメリカが国民の健康管理に熱心なわけではないけど(それどころか健康保険を購入できない貧乏人は検診も受けられない)、それだけ市場ニーズへの反応は早い。患者が増えれば企業がせっせと広告もうつので消費者の予防意識も高まるというわけで、こういうことに関しては、市場原理が良い方向に機能しているようです。
 
 

へ?

これまでも度々書いてますが、アメリカの健康保険は高い。が、年に1度の健康診断(一般および婦人科)は大抵ついています。なにしろ保険料が高いので、もとを取るためにまじめに毎年行く人が多い。わたしもそうです。40代の定期健診の場合、血圧、身長体重という基本的なものと、心電図、血液検査(コレステロールとか中性脂肪とか)、それから医者の問診プラス簡単な触診というのが普通のコースだと思います。女性の場合は、たいがいブレストイグザム(乳がん触診)もついてきます。
で、「You have a lump here.(しこりがあります)」と言われたわけです。そりゃあ、もう青天の霹靂とはこのことで。ほんの1ヶ月前に婦人科検診に行ったばかりで、こっちにも触診がついていますが、何もいわれなかった。しかも2週間前にマンモグラムも撮っていて、そっちもクリアーだった。
言われてみて、え、どこにどこに?と自分で触ってみても全然わからない。ギュッと圧してはわからないそうで、あれこれ試してみて、これかなあ、というのはなんかあばら骨の一部に触ってるみたいな感じで、そう言われてようくさぐってみれば動いてるような気もする、という程度のものです。私はこれまで、しこりが埋まるほど立派な胸はもってないし、しこりなんてできりゃわかるに決まってると思ってましたが、大間違い。絶対にわかりません。婦人科医だって見逃してるくらいだし。たまたま、私の主治医というのが触診自慢の医者だったので、まあラッキーといえばラッキーだったわけです。どうしてこんな小さなものがわかるの?ときいたら、それが触診の技術というものだ、とちょっと自慢げでした。1ヶ月に1人くらいはみつけるし、たいがいは良性なんだからそう不安になるほどのもんでもないけど、検査は必ず受けるようにと超音波検査を指示されました。
さっそく受けた超音波ではくっきりとlumpが見えてました。おととし、マンモグラムを撮ったときに、「あなたはデンスティシューなので(日本でいう乳腺が高密度であるということ)マンモグラムだけじゃわからないから超音波も1年おきに受けるように、と言われて、その時はなんのことやらよくわからずに受けたのですが、こういうことだったのか、と納得。
検査の結果を見た放射線科医の言うには「9割がた良性と思われるが1割ははっきりしない部分がある」とのことで、バイオプシー(生体検査)をするか、経過観察で半年後にもう一度超音波検査をするか、の二者択一ということでした。どっちがお勧めか、ときいたらそれは患者の性格によるそうで、不安ならバイオプシーを、というのですが、1割確率のロシアンルーレットを抱えて半年過ごしたい人なんているんだろうか。超音波で100%良性とわかるのは、シスト(中が水)であった場合で、私のはソリッド(固形)なので形状その他から見て良性とは思われるが悪性の可能性もなくはないということだそうです。バイオプシーは表面だけちょっと麻酔して超音波で見ながら針で組織を採取するだけだから、ここ(放射線センター)でできる簡単なテストだけど、即決する必要はないから主治医と相談して決めてね、と言われて帰ってきました。
そして検査結果を見たその主治医からは「すぐに専門医に行ってバイオプシーを受けるように」というご託宣。こちらは選ぶも何もない絶対にバイオプシーお勧めのようです。乳がんを経験した友人が、同じデータを見ても医者によって言うことが全然違うと言っていましたが、その通りだなと思いました。いずれにしても、私はロシアンルーレットを持ち越すつもりはありませんから、紹介された専門医へ速攻で行きました(乳がんの専門医って婦人科医ではなく外科だったんですね)。
外科では、ていねいな問診と触診がありまして、触感はラバリー(弾力がある)だし、データを見るかぎりでは良性の可能性が高いけど、年齢的に危ない年齢だからバイオプシーはすべきとのこと。そのバイオプシーも放射線科医が言っていた針によるものではなくて、切って塊を丸ごと取ってしまう方法。針で組織を採取するのは簡単だけど、たまたま取ったところ以外に癌細胞が潜んでいることもある、つまり偽陰性という結果もあるから、どうせ小さいのだし確実なのは全部とることだというのです。
「とにかく外科は切りたがるし、放射線科は放射線治療したがるし、オンコロジスト(腫瘍科)はキモ(化学療法)をしたがるのよ」と友人は言っていましたが、なるほど検査の段階から、そういう傾向はあるようです。が、ともかく検査をするなら結果が明確なのに越したことはありません。外科医おすすめの切って調べるバイオプシーに進むことにしました。 
というわけで、ここまでがこの1週間。明日はバイオプシーだ。

かめ

娘が使っている家の鍵には、かなり大きなメタルのカエルのキーホルダーがついています。とにかく物をなくすので、これまでの鍵紛失の騒動を経て、馬鹿馬鹿しくでかいキーホルダーをつけることになったわけです。それでも、通常持ち歩かせては、必要な時にどこにあるかわからなくなるのはほぼ確実ですから、家に帰ってきたら必ず鍵フックにかけておくことになっています。が、これも往々にして守られない。
「カエルがかかってないけど、どこにあるの?」
「え?カエルって?」(娘)
「鍵よ鍵、カエルのキーホルダーのついてる」
「あれはカエルじゃないじゃない」(娘)
「カエルでしょうが、カエル(何言ってるんだ、こいつは)」
「あ、そうかカエルだ。I thought you said "turtle". 」(娘)
「ちょっと、カエルも忘れちゃったの。じゃあ、turtleは?turtleは日本語で何て言うの?」
「…。」
このところ日本語力が低下しているとは思っていたけど、こんな幼稚園児でも知ってる言葉も忘れたのか。

残菊物語

シティに住む映画好きな友人に薦められて溝口健二の残菊物語を観てきました。外国映画とかインディペンデンス系の映画を中心に上映している東京で言えば岩波ホールみたいな映画館が、車で30分ほどのところにあって、そこの溝口特集の企画上映の1つです。私は映画好きではないので溝口健二だって名前しか知らなかったのですが、時代の雰囲気がとても面白かった。戦前の映画でフィルムの状態が相当悪いのがすごく残念。2時間半近くもあって、筋としてはケッタくそ悪いwoman’s self-sacrifice(とチラシに書いてあった)の話なんですが、うっかり泣かされてしまいました。私は浪花節に弱い。
芝居が好きなので「残菊物語」のお話は知っていたのですが、映画についてはまったく予備知識なく、誰が出てるのかも知らずに観ました。映画館にあったチラシやパンフレットには監督の名前や作品の解説はあるのですが、出演者の名前はまったく触れられていません。アメリカ人にとっては日本の昔の役者の名前なんて意味ないからなんでしょうが、私は知りたかったので、タイトルを一生懸命読もうとしたのですが、映像の状態が荒れているところに英語字幕がかぶっていて、なんだかわけがわからない。
で、誰が誰だかわからないまま観たのですが、主役の菊之助がなんだかすごく色気のある男で気になって、家に帰ってからネットで調べてやっと花柳章太郎と判明。これがあの伝説的な新派の名女形なのかと納得しました。かつて写真を見た時には、なんだかポッテリしてて、どこがいいんだろうと思っていたのですが、動いてるのを見て初めてわかりました。そうと知っていたら、もうちょっとじっくり見ておくんでした。楽屋で足袋を履いて帯を締めるシーンがあるんですが、あんなに優雅にやる人を見たことがありません。
シティの映画館では溝口シリーズも結構お客が入っていたそうですが、さすがに郊外の映画館ではガラガラ。とはいえ、お年寄りのカップル4,5組とそこそこ若いカップル2組(アメリカ郊外の映画館や劇場、レストランでは、お一人様は超マイノリティです)いたので、こういう地味な映画を観るアメリカ人が郊外にも住んでいるんですね。いかにもアメリカ人には受け入れられなさそうなストーリーですが、最後には結構ズルズルと鼻をすする音が聞こえていました。浪花節の威力はポリティカリーコレクトネスより強力なようです。

木が

いいお天気が続いていますが、風が冷たい。土曜の午後、ハイウエイを走っていたら、前に車が立ち往生しているのが見えました。その前には大きな木が数本ドンと真横に倒れて2車線ある道を完全にふさいでいます。前で止まってる車は各車線1台ずつでしたから、どうやら木はちょうど倒れたところのようです。これは、ちょっとやそっとじゃ動かせそうもない木だし、どうしようかと思っていたら、前の車の人が出てきて木をかたずけはじめました。よし、これは私も参加、と行きかけると、後続の車からも男手が続々と出てきたので、下手に手を出しても邪魔かなと迷っていたのですが、男手とはいえ結構なお年寄りも出てきたので、慌てて参加。同じように出てきた女性何人かと木を動かそうとしたのですが、びくともせず。結局、私が役に立ったのは枝拾いくらいなもんでしたが、盛大に倒れていた木が20人ほどの手によって5分程度ですっかり片付きました。みんなで車に戻って、何事もなかったかのようにまた走りだしたのですが、なんだかすごく良い気分でした。

DC

DCのスミソニアンのイベントでお琴を弾くという仕事があって、DCに行ってきました。連休だったので、娘を連れて行ったのですが、これが大失敗。本人が行くというから連れて行くことにしたのですが、ミュージアムに興味のない子供を連れてDCに行くほど愚かなことはありません。実はもう5,6年も前のことになりますが、これは娘本人のリクエストによりDC家族旅行をしたことがあります。そのときも大失敗で懲りたはずだったのに、もうずいぶん成長してるし、という楽観的(希望的)予想をした私が馬鹿でした。そもそもホテルに泊まるには1人も2人も同じだし、勿体ないから連れて行こうというケチくさい考えがよくなかった。結局、娘は退屈して文句たれまくり、私はやりたいことができない上、散財した上に不愉快な気分になるという踏んだり蹴ったり。三つ子の魂百までといいますが、この手の旅に向いていない娘の性格は成長してさらにパワーアップしていたのでした。
DCに着いてまず、「どこ行くの?」というので「Mall」と答えると、「ショッピング?」といいます。DCでモールっていえば、ショッピングモールじゃなくてミュージアムモールなんだよ。これからミュージアムで仕事があるんだから、早めに行ってミュージアム見物をするのだ、というと「DCにはショッピングをするところはないのか」ときました。ニューヨークからワシントンDCにショッピングに来る観光客がどこにいるんだ?お前はDCがどういうところかも考えないで、一緒に来るって言ったのかあ?
思えば、現在娘の最も好きなアクティビティはお洋服とアクセサリーのショッピング。わたしの興味の最も低い分野です。年齢の問題ではないと思う。子供が親と違う好みや性格を持っていることくらい常識です。私は自分の子供がどんなに変わっていても受け入れる自信があった。むしろ変わった子供が好きだといってもいいかも。が、メインストリームの女のステレオタイプみたいなのが自分から生まれるとは予想していなかった。まあ、それも面白いといえば面白いですが。お洋服やアクセサリーのお買い物が何より好きで、お洋服ためこみ女であった母が生きていてくれたら孫とどんなに楽しく過ごせたかと思うと残念です。母は娘が私でつまんなかったのかもなあ、と今にして思う。
 
翌朝、ホテルのフィットネスルームにエクササイズに行って、文庫本を忘れてきました。部屋に戻ってから気づいたので、娘に「エクササイズルームに本忘れたから探してくるね」というと「Do you want me to call ?」と言います。(わたしたち親子の会話は、このところ私が日本語、娘が英語で答えるという意地の張り合いみたいなパターンが結構多い)。母のためにエクササイズルームに電話で確かめてくれようというのか、いいところがあるじゃないか、と一瞬思ったのですが、ちょっとありえない気の利かせ方です。「なんで?」と聞くと「If I call your phone, it is easier to locate your phone」と頓珍漢な答え。「何言ってんの?携帯ならここにあるわよ」と言うと、私の携帯を見て「なんだ、Cell Phoneあるじゃない。だってphone探しに行くって言ったから」。「フォンじゃなくてホン」日本語じゃあね電話のことフォンとは言わないんだよ。私らが理解しあえる日はいつか来るのか。

10ドルのダンス公演

久しぶりにダンスの公演を観て来ました。シティセンターで去年から始めたFall Dance festivalという企画公演で、チケットが一律10ドルという破格値。約1週間、毎日ダンスグループ5グループぐらいがそれぞれ1演目ずつ出すという企画です。いろいろなダンスを楽しめて、しかも10ドルというのでチケット購入は大激戦。マンハッタンに住む友人が苦労してとってくれました。
シティセンターというのはかなり大きな劇場なのですが、みたことないくらいの見事な満席ぶり。チケットを受け取るため、劇場の外で待ち合わせしたのですが、もう歩くこともできないくらいの大混雑。入場する人、待ち合わせる人に加えて、キャンセル待ちの長い列。どういうわけか、この公演と関係ない前売りボックスオフィスまで相乗効果で長蛇の列。
で、この日の5本のうち、すごかったのが最初のAlonzo King’s Lines Ballet 。モロッコの音楽に男女4人ずつのダンサーを使った作品で、とにかくダンサーの身体のしなやかなこと、よく動くこと。バレエのきっちり制御された美しさというのは格別なものですが、これは、それをさらに自由に解き放したという感じでしょうか。バレエの動きをハイパーにして早回しにしたような、と言葉で説明すると、えらくせわしないものみたいですが(実際、振りを詰め込みすぎていて嫌いという人もいた)、わたしには観ていてすごく気持ちのいいダンスでした。サンフランシシコベースのバレエ団だそうで、来年ジョイスシアターで公演するとあったので、楽しみ。
あと、マーサ・グラハムのソロの小品が1930年の作品とあるのに、ものすごくモダンなのにびっくり。半端に古いモダンダンスとかモダンバレエとか、いまさらこんなもの見せられてもな、と思うものが多いのですが、そういうところが全然ない。今年の新作といわれても納得するようなものでした。
5本あれば、中には外れもありますが、10ドルは超お買い得。一緒に行った友人4人の中には、私が外れと思った作品が1番好きだという人もいたので、アベレージの満足度はかなり高いと言えます。今年のシリーズは、もうとっくの昔にソルドアウトですが、来年は根性入れて連日通いたいものだと思ってしまいました。そうすると、何十ものダンスグループの作品を一気に観ることができるわけです。
観客には、ダイハード・ダンスファンとかダンサーとか、ダンス公演の常連という人々もいましたが、ふだんダンスの公演なんか観たことないという感じの人もかなりいました。それはそれで結構なことなんですが、前の席の人が照明がフェイドアウトしたとたんに(まだダンスと音楽は続いている)携帯をチェックしだしたのにはびっくり。しかも、そのまま携帯で話し出しました。劇場内では携帯の電源は切りましょう、なんていまどき小学生でも知ってる常識じゃなかったのか。携帯の明るさは、そういう環境では、もう暴力的ともいえるもので、ちょうど真後ろに座っていた友人は殺意を覚えたようです。