校長の収入

ちょっと確認したいことがあって娘の学校のウエブサイトを見たら、校長が公金横領で有罪になったという穏やかならぬニュースがトップにありました。続いて校長本人のお手紙が掲載されていまして、それを読むかぎり公金横領というより、ちょっとした不精が大事になったという話なのでした。教職員のベネフィットの一つにフィットネスクラブの会費を払ってもらえるというのがあります。これはアメリカの一般企業でも珍しくない制度です。娘の学校区のシステムでは、まずフィットネスクラブの領収証を添えて申請することになっているらしいのですが、これがお役所の常でタイミングがめんどくさいらしい。それで、娘の学校の校長は先に領収書をでっちあげて後から払いこむつもりでいたのですが、運悪く腰を痛め、結局フィットネスクラブの会費は払わなかった。その後も面倒くさくてほうってあったために公金の不正入手ということになってしまったわけです。公金横領というには、あまりにお粗末な話です。でも、事情はどうあれ、横領は横領です。結構評判のいい校長だったのですが、こんなせこい話でキャリアも年金も棒に振るわけです。
こちらに来る1週間くらい前、ニューヨークタイムズのウエストチェスター版に、ニューヨーク郊外の公立学校の校長の収入が特集されてまして、それによるとウエストチェスターの校長の給与はダントツに高額。平均が年収20万ドル以上。さまざまなベネフィットはその20%くらいになるといいますから実質は25万ドルくらい。ちなみに娘の通っている学校区はマンモス校のせいか特に高く27万ドル。日本円にすれば3千万くらいです。ウエストチェスターに比べると安いといわれるニュージャージーやコネチカットでも平均で17万ドルくらいにはなっていますから、日本でいえば2千万円。1年くらい前に年収10万ドル以上(日本でいう1千万以上)の教師が学校区によっては過半数だというのにも驚いたのですが、アメリカの一部のエリアの教師の収入はすごくいい。教師というのは年金やら休みやら、ベネフィットはいいけど安月給というイメージがあったのですが、とんでもない。ものすごい高級取りです。
たかだかフィットネスクラブの会費の請求手続きをさぼったがために、リタイア間近になって、この高収入高年金を棒に振った校長はさぞや痛恨の思いにかられていることと思います。

今月の当たりと外れ

東京に来て楽しみにしてることのひとつが歌舞伎を観ることで、帰国してるときにしか観られないわけですから、日本に住んでいたころと違って、選ばずに観るようになりました。で、思わぬ当たりとはずれにでくわします。今回は、当たりが国立の歌舞伎教室の毛谷村と、歌舞伎座の山吹。はずれが天守物語。
山吹の笑三郎が、とても良かった。今月の歌舞伎座はろくな席がとれなかったので、あれだけもう一回かぶりつきで観たい(とれるわけないけど)。笑三郎の台詞回しがびっくりするくらい玉三郎そっくり。で、本家本元の玉三郎の天守物語はおおはずし。つまんない。私は玉三郎が、歳をとってどういう妖怪に化けていくのかを楽しみに観続けているのですが、なかなか妖怪になりません。あれだけの人なのだから歌右衛門とはまったく違う妖怪ぶりを見せてくれるに違いないと期待してるのに。
毛谷村はすごくいいぞ、というものでもないけど、それなりに楽しめてお買い得です。なにしろ歌舞伎座の3分の1にもならない価格だし。開演時間の20分前に地下鉄の駅から国立劇場に向かって歩いていたら、男女蔵が足早に通り過ぎて行きました。しょっぱなの解説に出るはずなのに、なぜ今頃?開幕が遅れるんだろうか?と不思議に思ったのですが、11時きっかり時間通りにちゃんと揚幕から出てきました。楽屋入りから15分たらずで着物着て袴はいて素とはいえ化粧して出てきたわけです。この春、ブルックリン植物園の桜祭りの時に初めて男の子たちの着付け(三味線ボーイズです)を手伝ってから男の着付けが気になって仕方ありません。毛谷村の中でも梅玉が着物を着替えて袴をはくシーンがあって、私たちが三味線ボーイズ相手に悪戦苦闘した袴の紐をあっという間に格好よく結んでしまうのにも感心。当たり前といえば当たり前なんですが。

日本

先週から日本です。
例年のことですが、今年は里帰り直前にいつもにましてバタバタで、出発前日に片付けなきゃならない仕事や雑用が山盛りでした。で、朝からパソコンに向かって、仕事関連を片付けてあっという間に昼。さあ、これから銀行行って(現金が全然なかった)、ハードウエアショップ行って(お隣に預けるための合鍵作り)、郵便局行って(請求書や支払いを郵送)と、立ち上がったとたんにバケツをひっくり返したような大雨。しかも景気良く雷まで。大雷雨につきものなのが、停電。何度もふっと電気が消えかかりましたが、なんとかセーフ。でもテレビがうつらない。つまりケーブルがやられたわけです。ケーブルがやられたってことはブロードバンドがアウトです。いやあ、午前中にパソコンが必要なものを済ましておいてよかった、よかったと、雨が小止みになったところで出かけました。
郵便局についてみると、うすぐらい。停電で、ジェネレーターで細々と電気がついているだけでした。でも、郵便を送るくらいなら問題ない。問題は銀行で、停電のため閉める準備をしているところでした。ATMももちろんアウトです。ハードウエアショップも店をあけてはいるものの、合鍵作りのマシンは動きません。仕方なく家に戻ると、なんと真っ暗。停電です。大丈夫だと思ったのに、雨が降り止んだころにやられました。
結局、電気が再びついたのは夕方の6時過ぎ。現金はなし、合鍵はあきらめ、その後の準備に夜明けまでかかりました。なんで、よりによって、こんな日に大雨でこんな日に停電。ぎりぎりになってやろうとするのが悪いといえば悪いんですが。
日本に来てからというもの、雨の降ること降ること。わたしは雨女として定評があります。4月に日本に来た時も滞在中1週間ずっと雨でした。それにしてもききめありすぎ。

撮影

近所の日本テーマのミュージアム毎年恒例の8月のお月見の会(昨年8月の当ブログ参照)で今年もお琴を弾くことになっているのですが、金曜日の夕方に突然ミュージアムの担当者から電話がかかってきました。ウエストチェスター・アート・カウンシルが広報誌にお月見の写真を載せるために撮影に来るから着物を着て琴を持ってきてくれないか、という依頼でした。続いて師匠からもなんだかよくわかんないけど宣伝してくれるらしいから、適当にやっておいてください、という連絡。撮影は土曜日4時半からということで、行ってきました。琴持って着物もって。お琴はどこにセットして弾けばいいんですか、ときくと、実はミュージアムの人も事情は今ひとつわかってなくて、カメラマンとディレクターが来ないとわからないといいます。
で、ディレクターが来て言うには、「後でお琴もいれた写真もとるけど、これは表紙の写真だから日本庭園にいる着物姿ってことでモデルやってね」と言います。「シンディ・クロフォード(古すぎないかたとえが)になった気分でどうぞ」って、無理がありすぎ。フォトショップで月をつくるから、月を見上げるポーズでって、昼の日中で太陽が思いっきりまぶしい。しかもすごい暑さ。夏の午後に着物着て帯しめて庭のど真ん中に立ってるんだから。「あ、ファン(扇子)かなんかないかな」と、ミュージアムショップの売り物のド派手な扇子を持たされて、「扇子を広げて、もう一方の手はウエルカムって感じにして」「次はそこの花の前に座って、片手をちょっと顎のあたりにあてて、月を見て物思いにふけってるって感じで」って。いくらなんでもなあ。でもやりました、ご注文どおりに。ものすごーく、こっぱずかしい妙なアジア人の写真になってたらどうしよう。基本的には庭が主役なので、ひいた写真にしてくれるんだろうけど。それにしても、不安。
で、最後に「じゃあ、お琴も」ってことになったら、ビデオマンまでやってきまして、「ローカル局だけどテレビでもやるかもしれないから、音つきでビデオとってもいいか」といいます。音つきって、写真撮影のつもりだから練習もしてなきゃ、楽譜もほとんど持ってきてない。いいかってきかれて嫌だとも言えないし、もうどうにでもなれ、という気分でやけくその六段。「次は音だけ拾って、庭のシーンのBGMにするからもう一回弾いて。もっとゆっくりなの」って急に言われてもなあ。調弦だって変えなきゃ他の曲は弾けないなんてことはディレクターはもちろん知らない。しょうがないので乱れの最初だけを、すごーくゆっくり弾きました。マイクがびっちり近くに差し出されて大緊張。やばさでは「月を見て物思い」の写真どどっこいだ。写真はともかく、これはちょっと情けないかも。
もちろんそれなりに楽しくはありました。着物姿の写真のモデルなんて日本じゃ絶対にあり得ないことが体験できて、ちょっとやばい結果が予想されるにしても気分は悪いわけありません。数週間後に広報誌ができるそうです。楽しみです。

ママ・ミア

去年から娘が観たいと言っていたママミアを観に行きました。面白かったです。たぶん娘より私の方がずっと楽しめました。このミュージカルが私の世代をターゲットにしたものだから。結婚する若い娘が主人公の話かと思ってたら、そうじゃなくてその母親と親友2人のお話なのでした。わたしたちのような母と娘のコンビは結構多かったのですが、みなお母さんの方がノリノリで娘たちはシラっとしてるパターンでおかしかったです。そりゃ子供らにとってみれば知らない曲ばっかりなんだから。
準主役級の脇役である3人のおじさんたちの1人を、娘が「ザックのお父さんに似てる」と言いました。たしかに似てる。1人だけじゃなく、このおじさんたちはみんな見事にアメリカ郊外のどこにでもいそうなお父さんぽい役者ばかりです。主役のお母さんはちょっと美人すぎだけど。娘の方は手足が短くてポチャッとしてて高感度抜群な素朴な島の娘という感じでいいんですが、そのフィアンセがまるでGQのモデルみたいな良い男。どっからみてもゲイ。若くてきれいな男はみんなゲイに見えてしまうというのはニューヨーク的偏見ともいえますが、本人がゲイかどうかは別としてゲイに見えるというのは芝居が下手だということだし、キャスティングがよろしくないということです。
幕切れは、若い2人がバックパックを背負って旅立っていくのですが、娘はぴったりなんですが、この婿の方がとてもバックバック旅行に行くようなタイプには見えない。嘘くさい。
わたしはどんな芝居でも、最後はぱあっと派手に終わってくれなきゃ嫌なので、終わり方がなんかなあ、だったのですが、この後のカーテンコールがど派手。わざわざカーテンコール用の衣裳で出てくるプランドカーテンコールです。プランドといえば、鬱陶しいのが、幕が下りると(この場合はカーテンコールの前)客席がほぼ自動的に立ち上がってしまうこと。先週のサークドソレイユでもそうだったのですが、こういうほとんどオートマティックなスタオベは嫌。まして、ママミアのカーテンコールみたいに完全にショーの一部になってるものなんて座って観たい。