シルクドソレイユ

シルクドソレイユのCorteoを観にいってきました。シルクドソレイユを観るのは2回目。15年以上前にバッテリーパークのあたりのテントで観たのが最初。今回はマンハッタンの北端にあるランデール・アイランドでやっています。マンハッタンの北端だし、他に何もないところだから、車で行くのも近いし駐車場だってあるだろうからと思って久しぶりに観にいくことにいたのですが、この「行くのが楽」は大間違いでした。
8時開演ですが、ものすごい余裕をもって5時半に出発。帰宅ラッシュの時間ではあるんですが、逆方向だから大丈夫だろうと予想していたのですが、これが、ホワイトプレーンズ(マンハッタンから25マイル北)のあたりですでに結構な渋滞。そしてブロンクスに入るとメージャーディーガン(高速87号線)が大渋滞。ここは途中に橋への分岐点も多い上、ヤンキースタジアムなんかもあるので、いつも混むところではあるんですが、それにしても動かない。で、やっと渋滞を抜けて、目指すトライボロー・ブリッジにさしかかりました。トライボロー・ブリッジというくらいで3つのボロー(マンハッタン、ブロンクス、クイーンズ)を結んでいる橋なんですが、わたしはこれまで利用したことがありませんでした。ディレクションには、ランデール・アイランドの方向に行けとあるんですが、この橋の表示がものすごくわかりにくい。で、FDRオンリーとあるレーンを避けた結果、クイーンズに向かう橋に乗るはめになってしまいました。分岐点を過ぎてから、FDRとランデールアイランドは同じ方向なんじゃないか、と気付いたのですが、後のまつり。料金所で「ランデールアイランドに行こうとしてるんですけど、これって間違っちゃってますよね?」とたずねると「これはクイーンズ方向だから間違い」という予想通りの答え。でもこの料金所のお兄さんが親切で、戻り方(橋をわたってクイーンズまで行って引き返すしかない)をていねいに教えてくれた上に、戻ってきたときに料金を払う必要がないように、チケットまでくれました。間違えたときにこういうバウチャーをもらえるとは知らなかった。わたしは分岐点を間違えて渡りたくもない橋を渡るのは初めてじゃありませんが(結構よくある)、これまではあきらめて二重払いしてたのでした。
で、クイーンズまでの橋(長い)を渡りながら反対車線を見ると、大渋滞。これをずうっと戻ってこなきゃいけないわけだ。行って戻ってやっとランデール・アイランドにたどり着くと、ディレクションには橋の料金所を出たらすぐ、とあるのにサーカスのテントなんて影も形もありません。とにかく道を進んでいくと、こんどはまたマンハッタンオンリーとかいう表示が。これでまた橋に乗せられてはかなわないので一方通行の道をバックで無理やり引き返し、右往左往してるうちに同じように右往左往しながら路肩に停めてる後続車を発見。降りていってきいてみると、さがしているものは同じ。その車の人がさっき、小さくシルクドソレイユのパーキングという方向表示があったというのを頼りに後を付いていくことにしました。たしかに小さい表示はありましたが、そのまままっすぐ行っていいものなのかどうか全然わからなくて前の車も迷っています。とにかく一蓮托生で付いていって大当たり。たどり着きました。所要時間2時間。帰りは1時間もかからなかったので倍もかかったわけです。
で、肝心のサーカスです。確かにきれいです。ソフィストケーとされたサーカスです。幕開けのシャンデリアを使ったアクロバットは息を呑むような素晴らしさ。が、あとは正直だれっぱなし。ところどころで、おっ!と思うシーンがあるんですが、インターミッション30分をはさんでの2時間を超えるパフォーマンスとしてはちょっときつい。95ドルは高すぎます。最初に見たときより衣装も装置もおおがかりに豪華になっていますが、本来の肉体芸を見せることよりそっちの方に重点がいきすぎてかえって、つまらなくなったように思います。サーカスの怪しい見世物小屋風の雰囲気を演出しようとする場面がところどころに見られるのですが、そういう意味だったら四半世紀前に晴海の倉庫で観た天井桟敷の方が上だったなと思いました。小屋が大きいと、やっぱり怪しさパワーは落ちます。もっと、短くしてダイナミックなものだけみせて、チケットを安くしてくれるといいのになあ。

ブラックタイ

夏休みの間はバーミツバも一休みですが、すでに9月のバーミツバのご招待が来ています。そのうち一つは娘のエレメンタリースクール時代の親友のもの。このインビテーションカード(招待状)が素晴らしく豪華なもので、その子の幼児時代の写真をカラープリントした透かし紙(うまく説明できない)が表紙のようになって、全体にドライフラワーが散らしてあります。バー(バット)ミツバのインビテーションは結婚式なみにフォーマルなカスタムメードがお約束なので、いずれもそれなりに立派なものが来ますが、その中でも群を抜いて高価そうな凝ったデザイン。会場は昔のお城をリフォームした有名なバンケット・レストラン。で、隅っこの方に小さく表記されている「ブラックタイ」。
ブラックタイのバットミツバです。つまり、要ロングドレスってことです。物入りです。
もっとも、この子は小さいときからよく知っている子なので、さほど理不尽な感じはしません。6才からの友達なんだから。娘はお金だけじゃなくて、プレゼントも渡したいと言います。それも、納得がいきます。2人ともお互いのバースデーでは、相手のプレゼントにがっかりさせられることは1度もなかったんだそうです。必ず欲しいものをくれたし、自分も彼女の欲しがっているものを選んだといいます。
「鍵つきの秘密の箱をあげたときも、すごく喜んでた。毎朝、ビタミンを飲まなきゃいけなくて(その子は食べられるアイテムを10本の指で数えられるほどの偏食)大嫌いだったんだけど、ゴミ箱に捨てたらばれちゃうんだって。それで、秘密の箱にビタミンを何十個も隠してたんだよ」
いつまでも仲良くして欲しいもんです。

開かずの窓

雨で蒸し暑いことこの上なしです。外装ペンキ塗りのために網戸をはずしてあるので窓を開けられないから、余計暑い。先日、網戸を外そうとして、いくつかの窓が開かないことが判明。別にはめ殺しになってるわけじゃないんですが、びくともしない。
アメリカの家の窓というのは、日本のような引き戸式はまずありません。ほとんどが上下にスライドする形式で、大抵はすごく堅い。下から上にスライドさせて開いた状態で止まっているようにするためにある程度の抵抗が必要なのですが、多くの場合、この抵抗がある程度を超えてます。しかも窓枠と一緒にペンキで塗りこめてあったりします(アルミサッシの窓というのもまずなくて、窓は木枠)。このペンキの方はドライバーの先を間にねじ込んでペリペリはがせばいいんですが、レールの堅いのはどうにもならない。力ずくだけが頼りです。網戸というのは、このスライド式の窓の外側にはめてあります。内側にフックがあってそれを外してスライドさせて付け外しするので窓が開かないと付け外しができません。
ペンキ塗り部隊の職人さんに頼んでクソ堅い窓を開けてもらおうとしたのですが、屈強そうなお兄さんが引き上げてもびくともしない。結局、網戸は外から無理やり外してもらいました。でも、外したからにはつけなきゃいけないわけで、いったいどうやって取り付けよう。2年間開ける必要がないところの窓だったわけだから網戸なんかなくてもいいわけですが、コンドには外側はユニフォーマルでなきゃいけないという規則があります。つまり、うちの網戸は必要な窓にだけついてりゃいいや、というわけにはいかないわけです。この夏の間に開かずの窓をなんとかしなきゃいけないと思うと気が重い。

網戸

ここ1週間またえらく暑いです。そろそろ夏本番、ということで昨年夏からずっと壊れていたデッキに出る網戸をついに新調しました。
何年も前に元夫が同じような網戸のドアを新しくした時にハンディマンを頼んで、ゴムのパッキングの調整をしてもらったりしていたので、ずっと自分でできないものと思い込んでいました。で、去年、キッチンの改装をやってくれた大工さんに頼んであったのですが、結局1年近くバックレたまんま。仕方ないから自分でやるか、とすごく重い腰を上げてホームデポに網戸を買いにいきました。デッキに出る引き戸になってる網戸なんですが、びっくりするほど安かった。37ドル。一応ドアなんだから100ドル以上はするものと思っていたので、たまたま100ドル以上する網戸にあたってたら平気で買っていたと思う。こういうハードウエア関係の値段はほんとに見当がつきません。こんなデカい網戸は37ドルなのに、去年キッチンに入れた洗剤のディスペンサー(押すと洗剤が出てくるだけのプラスティック)は28ドルもしました。
で、また嫌になるといけないので、戻った勢いですぐ設置。これがまたびっくりするほど簡単。ゴムを適当にちょん切って、ネジで高さを調節するだけ。なあんだ。なんでこんなもん自分でやらなかったんだ、元夫は。
網戸といえば、今年はコンド全体の外壁ペンキ塗りなので、すべての窓の網戸を外せとお達しが出ています。めんどくさくて放ってあったのですが、ペンキ塗り部隊が2軒隣まで迫ってきたので、今日は絶対やらなきゃ。

ロッカー掃除

スクールイヤーももうすぐ終わり。娘が学校帰りに、スクールバスのバスストップの近くの家から電話してきました。今日はロッカークリーニングの日だったので荷物が重くて家まで持っていけないので、車で迎えにきてくれといいます。
アメリカのミドルスクール(ハイスクールも)にはクラスルームというものがありません。子供たちは教科ごとに担当の先生の教室を転々とするので、学年の最初に1人ずつロッカーが割り当てられます。朝行くとまずロッカーに行ってジャケットとかバックパックとかを入れて必要なものだけを出して授業に行くわけです。で、1年の終わりにはロッカーのものを出して持ち帰り次の学年では、また新しいロッカーが割り当てられます。
当然のことながら、親にも教師にも管理されない1年を経たロッカーは、子供によってはとんでもない状態になっています。うちの娘はそのとんでもない組で、1年間1度も持ち帰らなかった体育用のスニーカーや短パン、忘れて帰ってそのままロッカーの奥に置き去りになった無数のソックスやトレーナー(自分で洗濯してもらおう)、行方不明になっていた図書館の本、返しそびれた友達の靴(何故靴を借りる?)、その他ゴミ(としか思えないもの)いろいろ。で、それを学校で支給されるビニール袋(ゴミ用の大きなやつ)に入れて持って帰ってくるわけです。触りたくもないようなもんが袋2つにいっぱい。
「○○のロッカーには半年前のメロンが入ってたんだよ。もう真っ黒でリキッドになってて、すっごく臭かった」そうです。上には上がいるもんですが、家の娘だって相当なもんのはずです。
バスストップから家まで持って帰れないようなものを、どうやってロッカーからバスまで運んだんだ?と聞いたら「エバン(仲良しの男の子)に持たせた」そうです。エバンだって自分の分があるだろうに、どうやって人の分まで運んだの、ときいたら「エバンはちょっとしかなかった」といいますから、娘のロッカーは限りなく「半年前のメロン」君に近かったことと思われます。

チョコレートファウンテン

相変わらず娘はバーミツバへのご招待で週末は大忙しですが、この週末に招待されたバーミツバではデザートの「チョコレート・ファウンテン」がすばらしかったのだそうです。
「これくらい(両手をいっぱいに拡げる)の大きなファウンテン(噴水)にチョコレートが流れてて、いろんなものにつけて食べるの。つけるのはねえ、バナナとパイナップルとイチゴとマシュマロ」
つまり巨大なチョコレートフォンデュが、ビュッフェテーブルに据えられていたらしい。バーミツバは子供が主役ですが、大人のゲストもかなりいるので、ビュッフェの場合、大人用と子供用のコーナーが別になっている場合が多いらしい。このチョコレートファウンテンも大人用のテーブルにあったのだそうです。
「アダルトのものは、子供は食べちゃいけないんだよ。でもベン(その日の主役)が、最初に取りに行ったらウエイターに『ソーリー、アダルトオンリー』って言われて、『これは僕のパーティーなんだ』って言っても『それでもアダルトオンリー』っていわれたから、ベンがお母さんに言って子供も食べられるようになったの。いっぱい食べた」
一斉に子供たちが群がって大人は手を出せない状況になったのが目に浮かびます。
バーミツバで子供が好きそうな安物系フード、ホットドッグとかチキンナゲットとかが用意されていることが多いのは知ってましたが、アダルトテーブルには子供立ち入り禁止というルールがあるとは知りませんでした(もちろんパーティーによって違うわけですが)。コストコントロールなんでしょうが、いかにも子供の喜びそうなアイテムを大人用に選んでしまったのが失敗だったわけですね。

新しいギター

5歳の時に連れて行ったバレエクラスには足も踏み入れず、1年生の時にピアノを半年でやめた娘が、一昨年ギターをやりたいと言い出しまして、これは珍しく続いています。最初は玩具のようなエレキギターを買い与えたのですが、レッスンを受けるようになってからは私のお古のクラシックギターを使っていました。つまり古い上にダサいギターです。当然、娘は事あるごとに新しいギターが欲しいといいます。
 
まあ、たいして熱心に練習しているとは思えませんが、それなりに続いてはいるので、昨年のハヌカのプレゼントとして新しいギターを買いましょうということになりました。ところが、娘はぎりぎりになって、やっぱりギターよりもアバクロンビのお洋服の方がいいと言い出して、相変わらず古いギターを使い続けることになりました。
 
ところが、自分で気を変えたくせに、その後も何かにつけて新しいギターを要求します。どうも、お洋服はなかなか買ってもらえないが、わたしが練習を奨励しているギターなら通常時でも買ってもらえると踏んで、ハヌカのプレゼントをお洋服にしたのではないかと思われます。ある意味で正しい。私はギターを買ってやれなくてがっかりしたのです。自分でもギターを弾くし、私は基本的に楽器が好きなので、新しいギターを買ってやりたいのは、やまやま。
が、母としては、ギターじゃなくて、お洋服を選んだ後で、何の理由もなくギターを買ってやるわけにはいきません。そこらへんが娘はまったくわかっていない。
 
昨日も古いギターだから調弦ができないと言い出して(調弦ができないのは本人のスキルがないからだ)、ごねだしました。たしかに弦は張り替えなきゃいけないと先生にも言われていたので、弦を新しいのにしようと言うと「クラシックギターじゃネックが太すぎるから、細いネックのじゃなきゃやだ」と言い出す。まあ、手の大きさから言ってたしかにそれはそうなんだけど、いらないって言ったのは自分なんだからね。
「あのときはミステイクだったんだもん」ほう、いまさら半年前のプレゼントのお取替えですか。
それじゃあ、誕生日プレゼントの先渡し(本当は9月)で買ってやろうと最高に譲歩したオファーをすると、「そんなんじゃ嫌だ、どうせお母さんはケチだから安物しか買ってくれないから、誕生日のプレゼントがそれでなくなるなんて嫌だ」と、とんでもないことを言い出します。あげくの果てに古いギターじゃ練習しない、今すぐ買いに行ってくれ、とひっくり返って騒ぎ出す始末。お前は2歳児かっ!
つまり、お稽古事関係のものはお母さんが無条件で買ってくれるべきだ、練習しないとおどせばお母さんは買ってくれるだろうと思っているわけだ。5歳児なみの知恵だな。
お母さんだって、新しいギターを買いたいんだよ、とっても。でもねえ、そういう態度をとってるかぎり買ってやるわけにはいかないってことがどうしてわからないんだ。
手に入れたかったら、君のとる行動は、1)古いギターを大切に扱っているところをアピールする、2)古いギターでも一生懸命練習しているところをアピールする、3)その上で欲しいギターの写真なんかをお母さんの機嫌のいいときに見せる、4)値段なんかも調べておく、なんだよ。しかも、この2)まで、いや1)までだって、手に入る簡単な状況なのに。だって、こっちは買いたくて仕方がないんだから。
ギターが上手くなることより、楽器が弾けることより、そういうコミュニケーションスキルを早く覚えてくれ。