猫を看取る


ニューヨークに自宅待機令が出て3週間目に入った4月7日、うちの猫、スモーキーが16歳で虹の橋を渡った。

 朝はまだ歩けた。声をかけると返事をしたし2メートル離れたところにあるリッターボックスまで行っておしっこもできた。でも水も猫ミルクも飲まない。チュールも食べない。サワークリームを一さじだけなめた。あとはデッキに出るガラスのスライドドアの前の冷たい床にだらっと寝ている。昼頃外に出たいというのでリーシをつけてデッキに出るとよろよろと歩いて日陰の一番寒そうなところに横になった。

 しばらくの間は気持ちよさそうにしているけど、30分もすると居心地が悪くなるのか立とうとする。でも後ろ脚に力が入らないようでうまく立てない。抱いて家の中に入ってバスケットに寝かせた。これまで何度いれても飛び出して冷たい床に戻ってしまったのが、もう動く気力もないのかおとなしく横になっている。

 1時間ほど目を離したら、どうやってはい出したのか、また冷たい床に戻っていた。ときどき動こうとしてワオーンと遠吠えみたいな声で鳴くので、そのたびに抱き上げる。抱いてなでていると、それなりに落ち着く。でもしばらくすると身の置き所がないようにもぞもぞとする。

に出たいのかと思って外に出て、お気に入りの寒い場所にに寝かせると、今度はさらに不安そうにワオーンと鳴いた。また抱き上げてデッキの椅子に座ってしばらく過ごす。眼がにごったようになっていて、もう見えてないようだった。

 夕方になって、またバスケットに寝かせる。今度は本当に動く気力もないのかおとなしく寝ている。ときどき鳴くので身体の向きをかえてやる。猫ベッドを見えるところに置いて夕飯の支度。食べだしたところで、それまでベッドから静かにこちらを見ていたおスモーがワオーンと鳴いてベッドから這い出ようとした。横抱きにしてなでてやると落ち着いて、それからすぐ下顎呼吸が始まった。

 それまで静かにお腹で息をしていたのが、口をパクパクしだす。人間でも動物でも下顎呼吸になると終末が近いのだそうだ。数分すると、もがくように身体をつっぱらせておしっこを少しした。その直後、今まで見たこともないほど口をぱっくりと開け、歯をむき出して恐ろしい形相になった。眠るようにだんだん呼吸がなくなるものだと思っていたので仰天した。

 身体をそらせて、目を見開き、まるで襲い掛かってくるような様子を繰り返す。落としてしまいそうで抱いているのがこわくなってバスケットにおろすと少し落ち着いたが、何度も口をカパッと大きくあけて苦しそうな呼吸を繰り返す。まるで何かが憑依してるみたいだった。なでていると、それから1分くらいでだんだんと呼吸が静かになって、やがて動かなくなった。

 

スモーキー(私はずっとおスモーとよんでいた)は、17年前の秋にボー(おボー)と兄弟セットでシェルターから我が家にやって来た。

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その頃、私の母が急死し、おばあちゃん子だった娘のためにと、元夫が勝手にもらってきた猫だ。私と娘が日本に里帰りする間はどうするつもり?というと「その間は俺が面倒みる」と言っていたが、それから半年で離婚したので、この約束が果たされることはなかった。

 おスモーとおボーは私の離婚後の人生を、これまでずっと一緒に過ごしてきた。2匹とも検診以外に獣医さんにかかったことのない健康優良猫だったが、16歳になったばかりの去年の夏、私が日本に帰国中におボーが亡くなった。留守番をしていた相方が一人で看取ってくれた。

兄弟とはいえ、おスモーは子猫の頃からおボーより体格も良く、運動神経も良い猫だったから、おボーは死んでもおスモーは20歳越えの長寿猫になるんじゃないかと思っていた。

 

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 ところが、なんだか今年になってからおスモーもやせてきて老猫らしい体つきになってきた。そして、3月半ばごろ猫缶を食べなくなった。猫缶の種類を変えてみても、食べたり食べなかったり。そのうちに猫缶にまったく手を付けなくなった。チュールだけは喜んで食べる。でもチュールだけでは到底栄養は足りない。

食べなくなったのはほんの2,3日のことなのにがっくり痩せてしまった。焼いた肉やツナをフードプロセッサーでペースト状にしてやってチュールそっくりにつくってみても食べない。何が入ってるんだ、チュール?いろいろ試して、子猫用ミルクなら飲み、サワークリームならなめることがわかり、猫ミルクとサワークリームとチュールで命をつなぐ。

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3月19日、どこにも見当たらなくなり、さんざんさがしたら、リビングルームで一番寒い、スライドドアのカーテンの陰でドアにぴったり身体をつけるように寝ていた。冷たいところに寝るようになると猫は死期が近いそうだ。暖かいところに移動させてもすぐにもとの冷たいところに戻ってしまう。まだ階段も登れるけど、身の置き場がない感じでうろうろしている。もう寿命かと覚悟する。

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3月20日、迷ったあげくに獣医に連れて行く。もともとキャリーに入れただけでパニックになるおスモーを獣医に連れていくのはストレスになるだけだから、自然にまかせるつもりだった。でもこの朝、おスモーはなんだか少し持ち直したように見えたから、もしかしてと思ったのだ。元気なときはキャリーに入れるのが大仕事なのに、簡単に詰め込めるのが切ない。車の中でワオワオと鳴き続けるので、このまま死んだらどうしようと心配だった。

 コロナウイルス感染予防のため、獣医では飼い主は一緒に病院内に入ることはできず、予約時間に駐車場から電話するとアシスタントがキャリーに入った患畜を受け取りにきて、飼い主は車の中から獣医と電話で話すシステムになっていた。
獣医は肝機能と腎機能の数値はよくないけど、年齢相応、でも白血球が少し多いので何かの感染症かもしれないから抗生物質の薬を飲ませて、ステロイドの注射を打ちますと言う。すぐに死ぬことはないと言われ、少し明るい気分になる。血液検査と抗生物質とステロイドで480ドル。医療費が高いアメリカは獣医の料金も高い。
おスモーは相変わらず冷たいところを好み、この日は一晩中、バスタブの縁にはまっていた。元気な時なら狂喜乱舞するようなブリの焼いたのをやっても舐めるだけ。猫ミルクもほとんど飲まなくなった。
この日、ニューヨーク州に自宅待機令が発令された。

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3月23日、抗生物質が効いたのか、なんだかおスモーの食欲が戻ってきた。チュール10本食い、猫ミルクがぶ飲み。でも猫缶はやっぱり食べない。アメリカではチュールは1本1ドル近くするし、猫ミルクも1本8ドル。これを続けるわけにはいかないのでいろいろ試してみたところ、鳥のささ身や牛肉を茹でてフードプロセッサーにかけたのや鮭の焼いたのを喜んで食べるようになった。この週は少しずつ調子がよくなっていき、週の半ばには猫缶も食べるようになった。抱いた時の重量感も少し戻ってきてた。死なないかも、と思った。

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 3月30日、また食べなくなってきた。31日には猫ミルクもチュールも食べなくなった。また迷ったあげく、獣医に電話したところ、なんと獣医は閉まっていた。自宅待機令に伴って獣医は地域ごとの救急センターを除いて休業になっていたのだった。もうこのまま看取る覚悟を決める。

 スライドドアの前の冷たい床がずっとおスモーの定位置になっていて、この1週間昼も夜も一日中カーテンの陰でたそがれている。サワークリームやチュールをたまに申し訳ていど食べる日が続く。またどんどんやせてきた。週末には危ないかなと思う。

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4月4日、また少し食べるようになった。相変わらず弱ってはいるけど、何か食べているかぎりは死なないと思う。でももう骨と皮みたいに痩せていて「死なないかも」とは思えなくなった。

 デッキへ出るスライドドアを開けると、おスモーがひょいと外に出た。生まれたときから完全室内飼いなので、これまでは怖がって外には出なかった。外の方がもっと冷たくて気持ちがいいのかもしれない。一度も使うチャンスのなかった猫用リーシをつけてみた。元気なころは全力で嫌がっていたのが、おとなしくリーシをつけられてデッキに出た。今になって初めて猫のお散歩ができるとは思わなかった。

 デッキの外にも行きたいというので、外に出たところ行きたいのは外ではなくて、デッキの下だった。縁の下みたいなところに入りたいようだ。お散歩をしたいのではなかった。デッキに戻ると寒そうな日陰の隅っこに横になった。週末はデッキでたそがれるのがおスモーのマイブームになった。

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 4月6日、また朝から何もたべない。朝は一応、何か食べたそうにして、お皿のあるところに来るが、匂いをかいだだけで食べようとしない。チュールやサワークリームは口の近くまでもっていって、鼻につけるくらいにすると少しずつ食べる。

 一日中、窓際の寒い定位置かデッキの隅でたそがれている。すぐ近くに置いてあるリッターボックスにはまだ歩いていける。抱いていて床に降ろすと、どこにそんな力が残っていたのか小走りでカーテンの陰に戻って行く。水も飲まなくなった。翌朝、生きていてくれるかどうかが心配だった。

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 4月7日の夜、おスモーは虹の橋を渡った。バスケットの中で、動かなくなったおスモーは生きているときよりもふっくらして毛並みが艶が戻って、おだやかな感じだった。なんだか元のおスモーが戻ってきたようで死んでるように見えなかった。

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翌朝、おボーを焼いてもらったのと同じペット火葬場で焼いてもらった。ニューヨークは現在必須ビジネス以外営業停止なので火葬場が閉まっていたらどうしようと、電話するまで不安だったけど、獣医は休みでもペット火葬場は必須ビジネス扱いらしい。もし閉まっていたら、うちは庭がないので、裏の林で夜中にこっそり穴を掘るしかないからそれが一番ほっとした。ペットの火葬は遺灰ありと無しのチョイスがあって、遺灰ありは235ドル、なしは115ドル。うちのペットはみんな遺灰なし。うちの玄関のフックにはラッキー(相方の飼っていた犬)とおボーの首輪がかかっている。おスモーの首輪もそこにかけた。

 

新型コロナ感染が広がるニューヨークで

ニューヨーク州で初の感染者が確認されたのが3月1日。そして3月20日現在、ニューヨーク州の感染者は8千人近く、ニューヨーク市だけでも6千人に迫る勢いです。2月初めには、まだ中国や日本のコロナ騒ぎは対岸の火事でした。2月5日にアメリカ初の感染者が確認され、シアトル郊外の老人ホームを中心に感染拡大がニュースになっても、ニューヨークではまだ他人事という感覚があったと思います。世界中から人が行き来するニューヨークに感染者がいないわけがない、と誰もが思ってはいましたが、ここまで急激に来るとは想像だにしませんでした。

ほんの1ヶ月前には、アメリカでは毎年インフルエンザで大勢亡くなってるんだし、コロナだって手洗いをしっかりしておけば、それほど恐れることはない、という感覚でいました。が、この3週間でコロナウイルスに対する考え方はガラッと変わりました。その理由は感染者が増加したからというより(それも多少はありますが)、入ってくる知識が増えたからです。一番最初にぞっとしたのは、2月末にニューヨークタイムズのデイリー(ポッドキャスト)で、「新型コロナの感染が広まった場合に一番問題になるのは人工呼吸器が足りないことだ」という話をきいたときです。重症の肺炎患者を救うために必要な人工呼吸器はどこの病院にもわずかしかなく、簡単に増やせるものでもない。そこに多くの肺炎患者が押し寄せたら患者を見殺しにせざるを得ないというものです。そして、その通りのことがイタリア北部で起こっていることが次々と報道され出しました。イタリアはアメリカに比べれてはるかに良い医療システムがあり、感染が拡大したロンバルディアはイタリアでも一番裕福なエリアです。そこがまるで野戦病院のようなになり、年寄りや重篤患者を泣く泣く見殺しにする事態が実際に起きているわけですから、アメリカで感染が拡大したらもっと悲惨なことになるに違いないというのは誰にでも簡単に想像できます。

初めてニューヨークで患者が見つかったときは、アメリカでも日本と同様にクラスターを囲い込む対策をとっていました。が、コロナウイルスのテストが実施されるようになって感染者数倍増にしたがって、感染防止対策も一斉にロックダウンの方向へ向かっていきました。まず多人数の集まるコンサートやミーティングが中止され、ブロードウエイがしまり、映画館がしまり、学校が休校になり、レストランやバーが休業となり、とうとう今日からニューヨーク州は全員自宅待機となりました。生活に必要な店やサービスをのぞいてすべてがシャットダウンで、医療機関、食料品店、薬局、ガソリンスタンドなどはあいてますが、歯医者は緊急のみ受け付け、医療機関も急を要さない手術や治療は延期、交通機関は間引き運転です。ちなみに美容院は休業です。仕事は在宅のみ、友だちなどを訪問するのも禁止。ジムはとっくに休業ですが、屋外での散歩やジョギングもお互いに6フィート(約180センチ)以上離れることになっています。つまりニューヨーク全体が無期限の引きこもり生活です。もちろん経済的な打撃は生半可なものではありませんが、ニューヨーク州知事のクオモは「それでも生きてさえいれば、また立ち上がれる。またニューヨークを築ける」とまで言っていました。気分はもうゲーム・オブ・スローンの「長き夜の戦い」です。それが説得力をもつほど、今のニューヨークには緊迫感があるのです。既に医療機関でマスクや防護服が足りなくなっており、ニュースをみているかぎりひっ迫感は半端じゃありません。まさか、世界一豊かなはずのアメリカで基本的な医療備品が足りなくなる日が来るなんて思ってもいませんでした。

これが通常の政権なら、大統領を筆頭に連邦政府が権限を行使して医療物資を調達し、州を援護するはずです。が、今はトランプ政権です。医療備品や人工呼吸器の調達を州から依頼されたトランプは「備品調達は州の仕事、俺の責任じゃない」と言い放ちました。今、コロナウイルス感染がアウトブレイクしているのはニューヨーク州を筆頭にカリフォルニア州、ワシントン州で、いずれも筋金入りのブルーステート、つまり民主党鉄板の地盤でトランプと共和党にとっては敵陣。ことにトランプは自分につれないニューヨークに対して可愛さ余って憎さ百倍の逆切れの思いを抱えています。役に立たないどころか、嫌がらせとしか思えない言動出まくり。この非常時に、本来なら協力すべき連邦政府と州政府がつばぜり合いを続けているというなんとも暗たんたる状況です、

ニューヨークがひっ迫してくる中、今、私は日本がますます心配です。トランプとはタイプは違いますが、トップの頼りなさでは日本も負けていません。公表している感染者数こそ少ないものの、テスト率が世界でも突出して少なく、感染状況すら判然としないので、アメリカにいては何が起こっているのはまるでわかりません。でも、このまますむとはどうしても思えないのです。私の想像がはずれてほしいけど。感染対策にはまずテストで感染状況を知ることが一番大切というのが世界的な常識になっている中で、「テストをして陽性がわかると軽症の患者を隔離病棟に入れなければならないので、重症患者を受け入れるキャパシティがなくなるので、検査をしない」って本末転倒な理論がまかり通っているようで唖然としてしまいます。軽症患者は自宅隔離にしなければ対応しきれないのはどこの国の状況を見ても明らかだし、感染状況がわからなければ手のうちようもないはずなのに。はたから見れば患者数を増やしたくないがために検査をしないとしか思えません。このつけが、いつか急激に回ってくるのが心配です。どこかで思い切ってロックダウンをしなくて本当に大丈夫なんでしょうか。せめて満員電車だけでもなんとかしないと。

日本ではビジネスを全面シャットダウンすると、感染防止効果よりも経済的リスクのほうが大きいという意見もあるようですが、それは違うと思います。私がそう考える根拠はただ一つ。アメリカがやっているから。アメリカは「お金」が宗教だといっていいような国です。そのアメリカが次々と広範囲のビジネスをシャットダウンしているということは、そうしないとさらに大きな損失があると踏んでいるからだと思います。アメリカを動かしているのは人道主義より損得勘定。通常のインフルエンザよりちょっと怖いくらいのものに過剰反応して、明らかに大きな経済的損失を招くなんていうことはちょっと考えられません。

いずれにしても、今ニューヨークでコロナウイルスに感染して重症化したら、相当こわい状況であることは間違いありません。テクニカリーに高齢者所帯である我が家でできる対策は、当分おとなしくひきこもることくらいです。

 

 

 

アメリカのパニック買い

 

毎年、吹雪の予報が出るたびにスーパーは激込みになり、シェルフから牛乳が消えるっていうのが冬場のお約束なんですが、今回の新型コロナのパニック買いはちょっと様子がちがいました。トイレットペーパーやペーパータオル、ハンドサニタイザーが消えたっていうのは日本と同じなんですが、ちょっと違うのは食品。

吹雪きの時とちがって牛乳はあった。が、まずチキンが消えた。IMG_3701

特にチキン胸肉。コストコにもスーパーにもない。アメリカ人にとっては冷蔵庫にあると一番安心なのがチキンらしい。まあたしかにうちでもチキンはいつもあるけど。

日本では米が消えたらしいですが、こちらでは、小麦粉と乾燥豆が消えました。米とちがってどっちもふだんはほとんど買う人のいないアイテムなんですよ。家でパンやケーキを焼く人なんか少数派だし、豆だって缶詰を使う日が圧倒的に多い。パン用の強力粉なんか、一番下の取りにくいシェルフにおいてあるくらいで、いついったってないはずはないんですが、きれいにシェルフが空になってました。パンも品薄ではあったんですが、ないわけじゃない。

このあたりに、今回の新型コロナのパニックの深刻さが感じられます。スーパーはこのままあいてるし、食品が流通しなくなるわけではないので、多くの小麦粉と乾燥豆は各家庭のパントリーでビンテージ物となるのではないかと思われます。食品の無駄だよね、とは思いますが、もし、買った人がみな、家でパンを焼いたり、豆を煮たりする事態になること想像するほうがおそろしいです。

「気になる英語あれやこれや」第2回 『ハルメク』2016年6月号掲載

50代からの女性誌『ハルメク』に2016年から連載中のコラム「気になる英語あれやこれや」のバックナンバーを順次掲載しています。これは2年前、グルテンフリーが大流行していたころに書いたもの。今でも相変わらずグルテンフリーを実践しているアメリカ人はけっこういてグルテンフリー製品も定番化しています。
このコラムの最新版は『ハルメク』をご購読ください。(ウエブサイト:https://magazine.halmek.co.jp/ )

Stop Making Light of the Gluten-Free Diet
グルテンフリーダイエットを流行り物にしないで。

「~を含まない」を意味するフリー(free)はアメリカの健康食品のマジックワードです。Sugar free(無糖)、fat free(無脂肪)など、これまでもいろいろなトレンドがありましたが、ここ数年の流行はグルテンを断つグルテンフリー(gluten free)。グルテンとは小麦などの麦類に含まれるタンパク質で、グルテンフリーとは小麦を使った食品を食べないということ。芸能人の間でのブームから始まって、グルテンをやめたら、疲れにくくなった、肌がきれいになったなどの体験談からあっという間にfad diet(流行ダイエット)となりました。

今や、ニューヨークのレストランでは4人連れのグループがいれば、少なくとも1人はグルテンフリーがいると言われるほどで、グルテンフリーパスタをメニューに加えるイタリアンレストランすらめずらしくなくなっています。スーパーにはグルテンフリーコーナーができ、グルテンフリーブレッドからグルテンフリービールまで、グルテンフリー商品が大流行です
グルテンフリーは、もともとグルテンによって重篤なアレルギー反応を起こすセリアック病という自己免疫疾患に必要な食生活でした。アメリカでの罹患率が100人に1人程度といわれるセリアック病患者にとっては、このグルテンフリーブームは朗報かと思いきや、かえって「軽く見られるのが困る」という記事「Stop Making Light of the Gluten-Free Diet」(make light of/軽く見る)がハフィントンポスト(英語版)に掲載されていました。

セリアック病患者にとってはグルテンフリーは命がけのミッションです。調味料やスープに入っている小麦粉にまで神経をとがらせなければならないのですが、グルテンフリーブーム故にその深刻さが伝わらず、ただの健康オタク(health nut)扱いされがちだというのです。

グルテンに対する耐性がとくに低いわけではない普通の人にとっては、グルテンフリーが身体にいいという科学的根拠はありません。そもそもやせるためのダイエットではなく、体調が良くなったという本人の実感が主な拠り所です。実はアメリカ人には、グルテンに限らず炭水化物は食べない、肉は食べないなど、さまざまな「~フリー」実践者が多いのです。ですからパーティなどでは、誰でも食べられるものを1品は用意するのが、おもてなしの重要ポイントとなります。ベジタリアン料理は大分前から必須アイテムでしたが、最近はそれにグルテンフリーのアイテムも加わりました。しかし、同じキッチンで小麦粉を使っただけで反応してしまうセリアック病患者にとっては、これもたいして有難くないことかもしれません。

イースト入り発酵パンケーキ

私は子どものころからホットケーキとかパンケーキとかはさほど好きではありません。が、パンケーキを作るのは大好きだし、同居人が無類の甘党なので、ずいぶんいろんなレシピを試してきました。これは日本からの帰りの成田空港で買った「暮らしの手帖」でたまたまレシピを見つけたもの。イーストで発酵させるパンケーキっていうのを初めて見たので興味本位で作ってみたのですが、これが美味しい。かなりクレープに近い食感ですが、クレープではない。これまでパンケーキはふわふわのリコッタパンケーキみたいなのが一番と思っていましたが、宗旨替えしました。シロップで食べるよりも有塩バターだけか、ハニーバター(有塩バターとハチミツ同量を混ぜる)をつけるのがおすすめ。クレープ同様、辛口のトッピングとも合って、パンがわりにおかずと一緒に食べることもできます。
小麦粉は薄力粉でも中力粉でもいけます。私は薄力粉に全粒粉の中力粉を半分混ぜています。もとのレシピは重量でしたが、アメリカ流にだいたいの容量に変換しました。何度か作るうちに分量も混ぜ方もどんどん適当になっていきましたが、まったく大丈夫でした。焼くのも簡単。ひっくり返すのも簡単です。前の晩に仕込んでおきさえすれば数分で出来上がります。
材料:卵1個、砂糖小匙2、牛乳250cc、小麦粉1カップ、ドライイースト小匙1/4、溶かしバター(有塩)大匙1

1. 粉とイーストをよく混ぜておきます。

2. 泡だて器で卵と砂糖を軽く混ぜ、牛乳を加えてさらにまぜます。

3. そこに粉とイーストのミックスを加えてなめらかになるまで混ぜます。粉はふるわなくても大丈夫。

4. 熱い溶かしバターを加えて混ぜ、ラップをかけて冷蔵庫で一晩ねかせて発酵させます。

5. 朝になるとタネが分離したようになっているので均一になるまで軽くまぜます。

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6. テフロン加工のフライパンにペーパ―タオルでうすく油をひいて中火にかけます。

7. タネを玉杓子ですくって流しいれます。この時フライパンを回したりしないで自然に広がるようにします。ゆるい生地なので勝手にひろがってくれます。

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8. 表面に細かい穴があいて固まってきたら裏返します。薄いので両面で数分で焼けます。

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*余ったタネは冷蔵庫で翌日まで保存できます。

「気になる英語あれやこれや」第1回 『ハルメク』2016年5月号掲載

50代からの女性誌『ハルメク』に2016年から連載中のコラム「気になる英語あれやこれや」が3年目に突入しました。そこで、このブログでバックナンバーのコラムを第1回から順次掲載していきます。2年前の記事になるので、ちょっと話題が古かったりもしますが、アメリカの暮らしや文化のおもしろいところは今も変わりません。以下に掲載するのはアメリカでコンマリがブームになっていたちょうど2年前のものです。
ちなみに最新号2018年5月号掲載の「気になる英語あれやこれや」は「Just Don’t Call Me “Grandma” /「おばあちゃん」なんて呼ばないで」です。このコラムの最新版は『ハルメク』をご購読ください。(ウエブサイト:https://magazine.halmek.co.jp/ )

A Closet’s Loss, a Consignor’s Gain
クローゼットはすっきり、リサイクルショップは繁盛

日本が誇る片づけの女王、近藤麻理恵著『人生がときめく片づけの魔法』はアメリカでも「The life-changing magic of tidying up」として発売され、瞬く間にベストセラーとなりました。ニューヨーク・タイムズ紙にも、去年はコンマリ本の影響でニューヨークのconsignment shop(中古品委託販売店)に持ち込まれる中古品が増えた(「The Marie Kondo Effect: A Closet’s Loss, a Consignor’s Gain」)と報じられていました。広い家に住んでいるアメリカ人にも片づけは悩みの種で、declutter(片づけ)やorganizing(整理整頓)でグーグル検索すれば、アドバイスやら体験ブログやらが山のように出てきます。

アメリカの片づけ問題の落とし穴は、実はその家の広さにあります。アメリカの家の収納力は半端じゃありません。そして、収納力がある家ほど片づけの闇は深い。アメリカの家には往々にして屋根裏部屋や地下があります。生活空間の2倍の面積の押入れがあるようなものです。コンマリメソッドを実践しようにも、すべてのものを引っ張り出すのは気が遠くなるような大作業になります。

その屋根裏や地下の埋蔵品にいやでも向き合わなければならないのが引っ越しです。国勢調査によると、アメリカ人は一生のうちに平均11.7回引っ越しをするそうです。これだけ引っ越しすれば、そのたびにものが減りそうなものですが、人生の前半は家族が増えるに従って家も大きくなっていくので、そううまくはいきません。チャンスは子どもが大学生になって家から出ていく時です。

同居する子供がいなくなった親をempty nester(からの巣の住人)といい、エンプティネスターの多くは、無駄な出費を省くために子育てをした巣をたたんで、夫婦だけ、あるいは自分だけのための小さい家やアパートに引っ越します。家のダウンサイズは経済的な必要性が一番の理由ですが、第2の人生をスタートするための片づけとしても有効です。

2014年にヒットした映画「6才のボクが、大人になるまで。」(原題「boyhood」)で、母親が大学生になって家を出て行く子どもたちに、本当に大切なものだけ持って行って後は処分するようにと告げる場面があります。親の家に居場所がなくなることに子供たちはショックを受けますが、長い目で見れば、中年になってから実家を整理しなければならなくなるより、よほど本人のためです。

もっとも実際はアメリカにも、そうきっぱりと告げられる親は多くはありません。ボロボロのバービーや機関車トーマスにときめいてしまうのは、やっぱり親の方なのです。
『ハルメク』2016年5月号掲載(見出しの英語はNew York Timesから)

ダッチベイビー

今、一番気に入っている朝食メニューがこれ。卵とミルクと粉とバター。配合はほとんどポップオーバーと同じですが、こっちの方が簡単で美味しい。実働時間数分。ただ一度にたくさんは作れません。これで2人でちょうどいいくらい。

オーブンにいれられる鉄の厚手のフライパンが必要です。私が使ってるのはロッジのキャストアイアンのフライパン(日本ではスキレットとよばれてるかも)。

材料:卵3個、小麦粉半カップ、牛乳半カップ、砂糖大匙1/2、バター大匙2

*カップはアメリカサイズなので240ccくらい。

*ケーキと違って、ダッチベイビーのバターは有塩の方がおいしいです。

まずオーブンを425℉(220℃)にあたためておきます。

1.卵に砂糖を加えて泡だて器でよく混ぜて、そこに粉をいれてされに混ぜます。粉はふるわなくても大丈夫。ケーキとちがってダマがなくなるまでガンガン混ぜてかまいません。粉と卵がよく混ざったら牛乳を加えてよく混ぜます。

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2.フライパンを強火にかけて、バターをとかします。バターが音をたてて焦げる直前くらいまでしっかり温めます。

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3.熱いフライパンにタネを一気に流し込んだら、すぐにそのままオーブンへ。

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4.時々様子を見ながら(オーブンの扉はあけずにのぞき窓から)ふくらんできて美味しそうなきつね色になるまで焼きます。オーブンによりますが、だいたい15分くらいです。そのまますぐに出してもいいですが、火をとめて数分オーブンの中においておくと出したあとでしぼみにくくなります。ただし焦げないように注意。

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牛乳をすこし減らしてリコッタチーズをいれても美味しいです。ちょっとした配合や温度の違いでいろんな膨らみ方をしますが、それもまたおもしろいところです。

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Windows 10のFall Creator’s Updateに要注意!

通常のセキュリティアップデートの大型版と勘違いして、うっかりインストールしてえらい目にあいました。Chromeの画面がいきなり真っ暗。カーソルを動かすと反応するので機能しているはずなのですが、displayが真っ黒。コマンドの帯も表示されないので処置無しです。PCを再起動しても変化なし。Chromeを再インストールしようとしたらアンインストールができない。Safe modeで立ち上げてやっと再インストールができました。ところが、再インストールしたChromeもSafe modeでは機能するのに、通常モードではやっぱり真っ暗。つまり問題はChrome ではなく、Fall Creator’s Updateの新しい機能がChrome の表示機能とコンフリクトを起こしているということです。Chromeは今、一番リライアブルなブラウザとされているので、Chromeを使うよう指定されている仕事がいくつかあり、他のブラウザに変えればいいというわけにはいきません。Chrome回復は必須というわけであれこれ試行錯誤のあげくChromeのadvanced settingsのhardware accelerationを無効化することで、やっと解決しました。Chromeのような一般的なブラウザでこんなことが起こるなんて、評判悪いEdgeをプロモートするためにわざとやってんじゃないかと思われてもしかたかないぞ、Microsoft!ちなみに私がやったのはPCを再起動してみる、というところまでです。そのあとはすべて優秀な家庭内テックサポートがかなりの時間をかけて解決してくれました。PCを起動するたびに自動的に立ち上がるUpdateのお知らせはNo Thank Youのチョイスがなくて、Do it nowかLaterだけなのでお気をつけください。

トランプ大統領4:トランプ政権はいつまでもつのか?

大統領就任から3か月。弾劾の種は山盛りですが、弾劾される気配はありません。それは弾劾を訴追する下院で共和党が圧倒的多数を占めていることも要因の一つですが、実は民主党や無党派リベラル層からも弾劾を望む声はさほど強くありません。それはトランプを弾劾しても、そのあと大統領になるのは副大統領のマイク・ペンスだから。

マイク・ペンスはトランプに比べれば常識的な政治家といえるかもしれませんが、時代錯誤といってもいい保守派です。共和党大統領候補の予備選挙を勝ち抜いたトランプが副大統領候補さがしで主流派の政治家に断られまくったあげくに連れてきたのがペンスです。インディアナ州知事だったペンスはReligious Freedom Restoration Actという「宗教上の理由でLGBTを差別することを認める」州法を発効させたことで知られています。この時代に逆行した州法は、大企業やスポーツイベントの大ボイコットを招き、結果的に撤回を余儀なくされました。しかし、州の経済に打撃を与えたペンスは不人気で再選が危ぶまれていました。そもそもがトランプでもなければ副大統領になんて指名されるはずのない政治家だったのです。

LGBTだの中絶だのという社会問題については本音はどうでもいいと思っているトランプと違い、ペンスが大統領になればまっしぐらに超保守路線です。しかも党の方針なんてへとも思っていないトランプと違って、党の方針に従順なペンスが大統領になれば、上下院で過半数をとっている共和党はやりたい放題。スムーズに保守化路線が進んでしまい、LGBT差別OK、中絶禁止というとんでもないことになりかねません。たとえロシア疑惑によってペンスまでが失脚したとしても、その次に大統領になるのは下院議長と決まっています。つまりポール・ライアンです。もともとティーパーティ系の政治家として勢力を伸ばしてきたポール・ライアンはオバマケア廃止を悲願とし、あらゆる福祉縮小を主張する徹底した自己責任資本主義原理主義者です。こちらも民主党にとっても無党派層リベラルにとってもペンス同様にトランプより都合が悪いのです。

民主党と無党派リベラルにとっては、ともかくこの先4年間をなんとかやり過ごすしか方法はありません。反対運動を続け、2018年の中間選挙でせめて上院の過半数を奪回し、次回大統領選の2020年まで、できるかぎりトランプと共和党の望む政策が通らないようにするというのが唯一の戦略です。つまり、現状で考えられる最良の形とはトランプに何もせず、何もクライシスを起こさずに4年間をまっとうしてもらうことです。

一方の共和党主流派の政治家にとっては、実はトランプを弾劾して、言うことをきくペンスを大統領にしたほうが都合がいい。ポール・ライアンならもっといい。が、トランプを弾劾するということは、トランプサポーターを敵に回すということです。そうすれば議員としての自分の再選が危ない。トランプの支持率は30%代と史上最低を記録していますが、これを共和党支持者だけに限ると、まだ70%を超えています。トランプ支持者にとって主要メディアの流すニュースはトランプの言う「フェイクニュース」なわけですから、ロシア疑惑や収賄スキャンダルの証拠があがったところでトランプ支持者が急激に減ることはないでしょう。今の状態でトランプの弾劾を主張できるような共和党の政治家はいません。したがって共和党主流政治家にとっては、向こう4年間なんとかトランプの機嫌をとりながら党として通したい政策を進めていく、ということが最善の策です。

つまり、共和党、民主党、無党派層、それぞれの思惑でトランプ4年間の続投はやむなしとなっているので、よほどの事態の急展開がないかぎり弾劾はあり得ないのです。

ここにきて、トランプは外交方針のまったくない無暗な爆撃や脅しで世界を震撼させていますが、自分の国が戦場になった経験のないアメリカは他国に対する軍事行動に対して驚くほど鈍感です。そして多くの人がいまだに正義の攻撃というものを観念的に信じています。アメリカ自体に相当なダメージが出ないかぎり、トランプの軍事行動が「よほどの事態」とアメリカ人に自覚されることはないでしょう。

トランプ大統領3「今何が起こっているのか」

トランプ大統領下で起こってくる問題は、連邦裁判官の任命権だの健康保険の先行きだの、誰でも予想できる問題が山のようにあるのですが、選挙からわずか1週間もたたないうちに、先の問題を云々するどころではなくなってしまいました。それはもう引き継ぎ準備1日目から、次々とありえない問題が勃発するからです。

というわけで「これから何が起こるのか」は、また先送りで、とりあえず「今何が起こっているのか」です。

日本では安倍総理がいち早くトランプと会見を行ったことが大きなニュースになっていました。会見前夜から、他国の首脳に先駆けて日本の首相が一番にトランプとの会見をとりつけた、と日本のニュースで報じられていましたが、同じころにアメリカで今一番人気のある政治番組「Rachel Maddow Show」では、日本の首相との会見が別の意味で取り上げられていました。なんと、会見が翌日に迫っているにも関わらず日本側に、会見の場所も時間も出席者も知らされていないというのです。そのうえ、日本側は誰に問い合わせればいいのかもわからなくて困っていると。

これは別に日本が軽視されているという意味ではありません。ことほどさように誰もがトランプと連絡がとれなくて困り果てている、外国の首脳ですらこの有様というトランプチームのディスファンクションぶりの例として挙げられたのです。本来なら新大統領はできるかぎり早く各部門からブリーフィングを受けなければなりません。国務省からのブリーフィングを受けなければ、外国の首脳との電話会談だってできないはずなのに、トランプはつかまらない。

それだけではありません。主要な役職を早急に任命して、その引き継ぎもしなければならないのに、それも一向に進んでいない。現政府関係者の不安は増すばかり、といった報道が相次いでいるところにポストされたトランプのツイッターがこれ。

「Very organized process taking place as I decide on Cabinet and many other positions. I am the only one who knows who the finalists are!」

「閣僚選びはすべて順調。ファイナリストを知ってるのはオレだけだ!」って、この男、まだ大統領選をリアリティショーと勘違いしています。首相が代わっても各省庁の首がすげ代わるだけで官僚はそのままの日本の制度と違って、アメリカでは大統領が代わると官僚からホワイトハウスのスタッフまで全員が総取り換えです。何千人というポジションを決めなければならないのに「オレだけ」でどうするって話です。Very organizedなわけがありません。

そもそも誰も予想だにしなかったトランプ当選。トランプ自身だって本気で大統領になるつもりなんかなかったに違いありません。本人だって周囲だって当選後の実務なんて本気で考えていたわけがないので、スムーズにいくわけがないのです。

そのうえ、選挙戦中にトランプの三銃士と呼ばれ、トランプがどんなトンデモ発言をしようが無理やりな言い訳をし続けたクリス・クリスティ、ニュート・ギングリッチ、ルドルフ・ジュリアーニは、プロの政治家とはいえ揃いも揃ってあまりにも問題をかかえすぎた崖っぷち野郎ばかり。忠誠心を大切にする(らしい)トランプがいくら三銃士を閣僚入りさせたくとも、そうは簡単にはいかない。

そこにもってきて、政権移行チームをリードするはずだったクリスティがいきなりチームから外され、クリスティの息のかかったスタッフは全員辞任というクリスティ・パージ。原因は、選挙間際のトランプのセクハラスキャンダルで弁護しなかったからとも、クリスティが検事時代にトランプの娘婿の父親を牢屋に送ったからともいわれます。何が本当の理由かはわかりませんが、まるでマフィアの報復劇。クリスティの方だって、ブリッジゲート・スキャンダル(アメリカ大統領選ウォッチ6「共和党がまじでやばい」参照)で選挙と前後して部下に有罪判決が下り、本人が訴追されないことが不思議な状態、とマフィア度ではどっこいです。

そして、クリスティのかわりにチームリードとなったのは副大統領のマイク・ペンス。が、このマイク・ペンス、政権移行チームをリードするのに必要な書類のサインを忘れ、またそこで遅れをとる。いまさら驚くことでもありませんが、チームの誰も実務を把握している人はいない模様です。それだけならまだしも、チーム内には通常ならありえないようなエグい面子が目白押しで、それがいちいち物議をかもす。

中でも一番問題視されたのが選挙アドバイザーからトランプ政権の戦略アドバイザーとなったスティーブ・バノンです。右翼の白人至上主義者として知られる人ですから、いくら保守の共和党の大統領だって、普通ならわざわざチームに入れたりはしません。が、そこが「忠誠心を大切にする」トランプです。

そして、政治のアウトサイダーだから献金やしがらみのない、国民のための政治ができると豪語していたはずなのにチームはロビーストだらけ。政治家に裏から働きかけていたロビーストが、そんなまどろっこしいことしなくても直接仕事ができるという最高にインサイダーフレンドリーなチーム。ロビーストまみれと批判されたのに慌てて、ペンスはロビーストを一掃すると宣言したのですが、もちろんそんな形ばかりの首のすげかえでロビーストの影響がなくなるわけはありません。世間様が信用せんわ、と言いたいところですが、トランプを選んじゃった世間様が、いつ気づくのかはわかりません。

トランプチームの問題はロビーストによる大企業の営利だけではありません。トランプチームには、トルコだのロシアだの問題になりそうな国と関わりをもっている「コンサルタント」がごろごろいます。そして、何よりも大きな問題なのはトランプ自身です。トランプ・エンタープライズそのものが大統領としてconflict of interest(利益相反)になります。なにしろトランプの名前のついたビルやらゴルフ場やらが国内ばかりでなく、外国にもたくさんあるのです。もう汚職の種はありまくりです。

そもそもトランプは60年にわたる大統領候補の中で、唯一税金申告書を公開しなかった候補です。大統領候補になれば税金申告書を申請して財政的な公正さを証明するのは常識とされてきましたが、トランプは相次ぐリクエストにも関わらず最後まで拒否し続けました。法律的な義務ではないので、それでも押し通せたわけです。実は違法すれすれの税法の抜け道を使って、この10年まったく連邦税を払っていない(今後数年も払わないですむ)ということがリークしても、しゃあしゃあと「それはオレが頭がいいからだ」とぬかしていました。今後も法律を破っていない(と解釈できるものなら)なんでもあり、に決まっています。

こんな形の国際企業の経営者が大統領になったことはアメリカの歴史上ありません。歴史上ない、ということはどういうことかというと規制する法律が整っていないということです。想定外ですから。もちろん、お金持ちの大統領はこれまでだっていました。というか、大統領になる時点である程度の財産はあるのが普通です。そこで利益相反を未然に防ぐために、歴代の大統領は財産を白紙委任信託(blind trust)にしてきました。白紙委任信託とは、財産を第三者に託して、本人にはその信託の状況をまったく不明な状態にするということです。

が、トランプが主張するのはトランプ・エンタープライズは「3人のこどもたちにblind trustとして託して経営させる」。子どもは第三者ではありません。ですから、それではblind trustではないし、利益相反の防止効果はまったくないわけですが、トランプとそのチームはそれをblind trustと言い続けています。そればかりではありません。その3人のこどもたち、ドナルド・ジュニアとエリックとイヴァンカ、およびイヴァンカの夫、ジャレット・クシュナーは政権移行チームのメンバーでもあります。つまり政府の要職の任命に関わる子どもたちが、政権移行後はトランプ・エンタープライズを経営するというわけです。

そもそも自分の家族を政権移行チームに入れるということ自体が前代未聞です。が、禁じる法律がないのでできてしまいました。白紙委任信託にすることも法律で義務化されているわけではありません。これまですべての大統領が常識として行っていたのは、わざわざ疑いを招くような、悪くすれば弾劾につながりかねない状況を放置すればろくなことにならないと信じていたからです。

トランプの家族経営は政権移行チームだけにとどまりません。トランプは娘婿のジャレット・クシュナーをホワイトハウスのスタッフにすると主張しています。これには、家族をAgencyとして雇うことを禁じたanti-nepotism lawがあるのですが、Agencyの解釈が微妙で、無給であれば法的には可能になってしまうというのです。しかもジャレット・クシュナーは政治家でもなんでもありません。その妻のイヴァンカが兄2人と一緒にトランプ・エンタープライズの経営を任されるというのですから、もうありえないくらいうさん臭い。とても先進国の近代国家の出来事とは思えません。

さあ、ここでまた「どこの国の首脳より早く」トランプと会談したわれらが安倍総理です。安倍総理はトランプとは気が合うかもと言っていたそうですが、それはそうでしょう。「美しい国、日本」に「make America great again」。中身のないスローガンのコンセプトまでなんだかかぶってます。この会見はアメリカでも話題になりました。内容ではありません。そこにイヴァンカとジャレット・クシュナーが同席していたからです。

外国の首脳との会見の場に政府と無関係な家族を同席させるなんてありえないというわけです。情報の機密性の問題はもとより、日本がトランプ大統領の政策に影響を与えるために、イヴァンカ・トランプの日本でのビジネス展開に進んで便宜を図るといった可能性だってあるわけです。そもそもトランプ・エンタープライズそのものの扱い自体も問題です。例えばトランプタワーを日本に作ろうと思えば、日本政府とのパイプがあれば有利に決まっています。

そんな物議をかもすのがわかっているような会見写真をトランプチームは、なぜわざわざ公開したのか。共和党内でも反対の多いであろうジャレット・クシュナー採用を既成事実にしようとしたのか、それともただ状況を理解していなかったのか。理由はわかりません。が、この会見の相手となった日本がどう見えるかというと「微妙」。少なくとも「日本の外交が巧みで、各国を出し抜いて新政権とのアメリカ外交でリードした」というふうには絶対に見えません。おそらく他の国は今は様子を見ているのです。

まだまだ本当にトランプ政権がどう実現するのかさえ、見えていません。事態が現実味を帯びてくるほどに、トランプは本当は大統領になんてなりたくないに違いないと思えるばかりです。ビジネスを本当のblind trustにするくらいなら、大統領をおりたほうがましと思っているに違いありません。陰でペンスに代わってくれと言っていても不思議はありません。

先週は、新たに司法長官に指名されたジェフ・セッションズが物議をかもしました。1986年にレーガンに連邦判事に指名されたものの人種差別的発言で上院の承認を得られなかったという経歴の持ち主だからです。今よりよほど社会が保守的だったはずの1986年の時点で承認を得られなかった人が今よみがえるというのですから恐ろしい話です。

一方で共和党内の反トランプの急先鋒だったロムニーが国務長官に指名されるかもという説も浮上しています。あれだけトランプに冷たかった共和党エスタブリッシュメントは、トランプ当選がまるで自分たちの手柄であるかのように大はしゃぎです。果たしてトランプは共和党エスタブリッシュメントの傀儡政権となるのか。独自路線を貫くのか。そもそも4年をまっとうできるのか。もしトランプが弾劾されたとしても、その後釜として大統領になるのは副大統領のあのマイク・ペンスですから(アメリカ大統領選ウォッチ15「副大統領はどうやって決まるのか」参照)、ある意味トランプより悪い。リベラルに逃げ場はありません。

トランプ政権で、これから何が起こるのかは今回の選挙で圧倒的な力を持った共和党がどうやってトランプと折り合っていくのかにかかっています。そして長期的には、惨敗民主党に2年後の中間選挙でせめて上院を取り戻すまでに立ち直ってもらわなければならないのですが、両党とも信じられないくらい変わっていません。これだけ天地を揺るがすような大統領選のあとでも組織というのは絶望的に変わらないものです。それについては次回に。