夏の雨漏りの怪談

 4週間家を空けて戻ってきた翌日の夜遅く、仕事部屋でパソコンに向かっていると、なにやら窓際の天井から不思議な音が。パタパタというかカサカサというか、かすかな音。見上げてみると天井に水のシミ。さては昨日の大雨で雨漏りか、と憂鬱な気分になりました。我が家はタウンハウス式のコンドミニアムなので、屋根からの雨漏りのような外回りを原因とする問題は管理会社に報告すると修理してもらえます。が、今日は土曜日、現在、音がしているということは、水漏れ継続中なわけですから手をこまねいて待っているわけにはいきません。とりあえず屋根裏に上がって、水シミが見られるあたりを確認したのですが、少なくとも屋根から雨漏りしている様子はなく、天井の真裏は断熱材が入っていてそれをめくらないと確認できません。
天井の水シミは広がりつつあり、しめった天井はさわってみるとすでに柔らかくなっていて、指で押したら破れそうなあやうさ。しかもパタパタ、カサカサという音は断続的に続いています。とりあえず管理会社に「雨漏りみたいだ」とメールして事態が悪化しないよう祈ることにしました。
翌朝、同じコンドミニアムに住む友人が見に来てくれていうには、「これ蝙蝠じゃないの?」!!!!
「前に他のユニットで蝙蝠が巣を作ってて、雨漏りだと思ったのは蝙蝠の尿だったって話をきいたことがある」
ググると出てきました。蝙蝠の尿シミ。どうもそれとは違うようなんですが、あの断続的なカサカサ、パタパタは水滴の音としては不自然ですが、生き物の音なら納得できる。そういえば近づくと音が消えるような気もする。蝙蝠は無害といわれますが、アメリカでは狂犬病を媒介する動物として恐れられています。日本ではほぼ撲滅されている狂犬病がアメリカには存在し、その主な感染源が蝙蝠です。だから屋根裏で蝙蝠が間近に飛んでいったとか、家の中で蝙蝠を見かけたといった場合には即、家族全員ワクチン接種となります。狂犬病は一旦発症したら、ほぼ100%死亡するからです。できれば蝙蝠だけはやめてほしい。 
「いや、でも蝙蝠ってこんなにカサコソ動くのか?このカサカサはネズミかも」「意外にラクーンかも」「もしかするとシロアリ?」
いずれにしても聞こえる音はどうも生き物くさい。蝙蝠だろうが、ネズミだろうが、虫だろうが、既にかなりあやうい状態になってる天井が抜けて、巣くっている生き物の小さいのがわらわらでてくることを考えると卒倒しそうになります。しかし、まだ日曜日。とりあえず管理会社に「雨漏りだと思ったけど、どうも生き物がいるらしい。緊急事態だからすぐにペストコントロール(駆除業者)を送って」とメールして、天井が抜けないことだけを祈っていました。
その晩、夫が「これ、絶対動物だ。なんか息みたいなのがきこえる」と。言われてみれば、かすかないびきのような音。もしかすると、これ、結構大型の生き物か?うわあああ。ともかく今日は仕事部屋のドアはきっちり閉じて寝よう。
そして、月曜日。管理会社から昼過ぎに、駆除業者を送るという連絡。ともかくも一安心。そして、昼頃、待ちかねた業者がきました。
「水漏れはどこ?」と天井の位置を確認して、屋根裏に上がっていきました。そして、間もなく屋根裏からバタバタっという音と「うわっ!」という悲鳴が!
「これは水漏れじゃない。ハチだ!巨大なスズメバチの巣だ!」と駆け下りてくる業者。屋根裏を見上げるとハチがぶんぶん飛び交ってます。慌てて扉をしめましたが、これって駆除業者にしては間抜けすぎではと思い、「だから雨漏りじゃなくて、生き物がいるって言ったのに」というと「僕は屋根修理職人で雨漏りってきいてきたんだけど」。
かわいそうな屋根修理職人は水漏れをたしかめようと断熱材をはがしたら、そこに巨大なハチの巣があって命からがら逃げてきました、というわけです。それにしてもゆうべ、自分で雨漏りを見に行ったとき断熱材をはがさなくてよかった。
わけがわからないので管理会社に電話で確認すると、「最初のメールに雨漏りって書いてあったし、どっちかわからないから両方送った」と。だったら最初からそう言ってくれ。しかも、どっちかわからなかったらまず駆除業者だろう、安全性を考えて。
1時間後に、今度はほんとに駆除業者がきました。もう犯人はスズメバチとわかっているので簡単ですが、謎は天井の水のシミ。駆除業者いわく「ハチの幼虫から出る粘液」なんだそうです。ちょっと季節が早いけど(普通は巣が大きく育つのは秋)、これはよくあることで巣がどんどん天井の方に侵入してきて、粘液で湿った天井に穴があいて落ちてくることもあるそうです。想像するだに恐ろしい。「ほら、外でハチがたくさん出入りしてる」と言われる方を見ると、なるほど屋根近くにハチが飛び回ってます。ハチの駆除は電気を消して行うのだそうです。暗くして懐中電灯で照らせば、こちらが見えないから追ってこない。その状態で殺虫剤を巣の周辺にまくらしい。そういえば、屋根修理職人は屋根裏の電気を明るくつけていました。あれも襲われる原因だったのね。真っ暗な中に懐中電灯の明かりで上がっていった駆除業者は普通の半そでシャツ姿で平然と駆除して帰っていきました。巣が落ちるといけないからと、天井にはテープがはられました。2,3日で巣は全滅するので、そしたら天井の修理してね、と。2,3日と言われてもこの後、屋根裏に行くにはちょっと勇気がいります。ハチが全滅した後の巣は「紙みたいなもんだから」放っておいていいそうで、取り出して捨てる必要はないんだそうです。で、ネズミの侵入を防ぐ方法はあるけど、ハチの侵入を防ぐ方法はないそうです。つまり運が悪かったと。相変わらず自分のひきの悪さにうんざりします。

ニューヨークでコロナワクチン接種 その3:副反応編

3月の3週間ほどニューヨーク州最大の直営接種センターであるジャビッツセンターは週7日24時間オープンとなりました。基本、ワクチンは一つのセンターで1種類なのですが、昼間はファイザー、夜間はジョンソン&ジョンソンで同時進行。24時間ということは午前2時とか3時とか、とんでもない時間の予約枠もたくさんあるわけですが、それもあっという間に埋まったそうです。現在ではまた通常の午前8時から午後7時でファイザーのみの体制に戻っていますが、そのかわりファーマシー経由の接種が劇的に増えました。住んでいる場所にもよりますが、予約もだいぶ取りやすくなっているようです。
ニューヨーク州に限らず、アメリカは一刻も早く全員にワクチンを接種することに向けて邁進しているという感じです。どの州がどれくらいの速度で進んでいるのかは一目でわかるように報道されるので、各州とも接種の進行には知事の威信がかかっています。アメリカでは既にワクチンそのものは全員分が確保されていて、あとは各州の接種の進め方が勝負だからです。
スウェーデンやブラジルのマナウスの例からも自然にまかせた集団免疫があり得ないことが分かった今、コロナとの戦いはウィルス変異のスピードとワクチン接種のスピードの競争だと言われています。もたもたしていれば、ワクチンの効果がはっきりしない変異株が次々と生まれてしまうからです。こうしたことを知るにつれ、ワクチン接種がまるで進んでいない日本が心配です。世界的には、富裕な国がワクチンを独占して、開発途上国の接種が進んでいないことが問題になっていますが、貧乏になったとはいえ、世界水準から言えば富裕と言える日本が接種率1%以下。G7中ぶっちぎり最下位なのはもちろん、国別接種率チャートで日本の上下を囲むのは軒並み日本よりずっと貧しい国々です。ちなみにCNNの100人当たりの接種率チャートでは、4月2日現在、日本のすぐ上は赤道ギニア、すぐ下はマラウイ。これってオリンピックどころじゃない政府の大失態のはず。それでも日本の主要メディアは「接種が100万回を超えました」とか呑気な報道をしていているのが不思議です。政府はオリンピックにうつつを抜かしている暇があったら、ワクチン獲得に奔走しろ!となぜ言わない。
さて、ここから前回の続きです。1回目接種で待ち時間4時間超という最悪の日を引き当てた3週間後の2回目接種。結論から言うと、ジャビッツセンターの運営は驚くほど改善されていました。

休憩場所にコンサート用のステージができていました。


1回目と同様、私より1日早く2回目接種に行った夫からは「がらがらだよ。働いてる人の方が多いくらいだった。今、休憩コーナーでクラシックの生演奏やってる」と3週間前とはまるで別世界のような長閑な報告。が、なにしろ私の予約日はまた3倍の人数ですから、この目で見るまでは信じられず、スマホ用の大容量バッテリーまで用意して万全の構えで臨みました。そして到着してびっくり。ほんとに誰もいない。会場到着から接種完了まで15分。あの悪夢のような1回目接種の日がニュースになった後、接種センターの人員は倍に増員されたそうで、接種スペースも大きく広げられていました。

広い場所に人がぽつりぽつりといるだけで行列なし


接種が完了すると1回目にもらった接種記録カードに2回目の記録が記入され、このカードが接種済みの証明になります。ニューヨーク州では4月から「Excelsior Pass」というワクチンパスポート・プログラムが導入されたので、2回目の接種完了から14日間を過ぎると(この時点で免疫が完成)、デジタルパスも取得できます。これはスマホにQRコードとして保存され、今後、シアターやスポーツイベントへの入場、結婚式などのイベントへの参加のパスとして利用される予定です(実際の運用はまだこれから)。

ワクチン接種カードはローテクですが同時にデータ入力されているので、ワクチンパスポートにはこれは不要


さて、2回目の接種はあっけないほど簡単に終わりましたが、ここで本題の副反応の話です。ファイザーでもモデルナでも1回目の接種後に副反応が起こる人はまれですが、2回目接種の後は多くの人に何等かの副反応が起こると言われています。私の場合も1回目は注射した後の筋肉が翌日少し腫れて、動かすと痛いくらいのもので何ごともありませんでした。が、2回目は、話に聞いていた通りの副反応が起こりました。だいたい副反応は接種直後ではなく翌日に起こると聞いていたのですが、これもその通りでした。
接種を受けた日の夜遅くからなんだか寒気がしてきました。そして軽い頭痛と関節痛。腕の痛みも1回目より重い感じ。アセトアミノフェンを飲んで寝ましたが、翌朝になるとその症状は悪化し、37度ちょっとの微熱。一日中寒気とだるさが続きました。この症状はインフルエンザになりかけの時にそっくりです。これから熱が出るぞ、という感じ。でも熱はたいして上がらず、午後には平熱に戻りました。が、寒気は続き、頭がぼうっとしていて、仕事をする気にはなれません。英語で「brain fog(脳に靄がかかった状態)」といわれるこの症状はコロナワクチンの副反応としてよく知られているもので「Vax fog(ワクチンの靄)」という新語も生まれています。アセトアミノフェンを飲みながら一日寝たり起きたりしていましたが、さらに一晩寝ると寒気はなくなり、頭の靄も晴れてきて、2日目の午後にはすっかり治ってしまいました。
夫は私より軽く、普通に仕事をしていましたが、やはり風邪をひきかけの感じと言っていました。そしてやはり翌々日には完全復活。
私の聞いた中で(といっても20人くらいのものですが)、2回目接種の後に何ともなかったという人は今のところ2人だけです。ほとんどの人が程度の差こそあれ、何等かの不調を経験しているようです。統計的には男性より女性に副反応が出やすく、若い方が重い傾向があるのだそうです。
ただし副反応とはいっても、これはアナフィラキシーのような重篤なアレルギー反応とは別物です。2回目接種後に体調が悪くなるのは自然な免疫反応なので1回目のワクチンが効いている証拠だそうです。米国内では既に65歳以上の半数以上が2回の接種を完了しているので、2回目接種後の「ノーマルな」副反応については、ほとんどの人がすり込み済みで、逆になんともないと「ワクチンが効いていないのか」と心配する人がいるほどです。ちなみに何ともなくても免疫はできているので大丈夫だそうです。
それくらいに2回目の翌日は体調悪くて当たり前とされているので、2回目接種の翌日はできれば休みをとっておくほうが無難とされています。私もそのつもりで、心おきなくゴロゴロしていました。中には高熱が出るとか吐き気がするとか重い症状の人もいるらしいのですが、私の周辺にはそこまで重症の人は今のところいません。いずれにしても2日もすれば、うそのように治ってしまいます。
とんでもない数のコロナ感染者を出してきたニューヨークには、コロナで死にかけたとか、後遺症が大変だとか、最悪は家族や友達が亡くなったという話は、身近にいくらでもあるので、一刻も早くワクチンを受けたい人ばかりで、副反応が怖いからワクチンを受けないという話は聞きません。もちろんコロナワクチンに限らずワクチンそのものに懐疑的なアンチバクサーと言われる人は一定数いますし、重度のアレルギー体質でアナフィラキシーショックを恐れて接種をしない人はいます。が、2回目接種後の免疫反応に関しては、コロナの怖さやワクチン接種で得られる自由を思えば、このくらい何のそのというのが実感です。
4月2日、CDC(米国疾病予防センター)は旅行に関するガイドラインを更新し、ワクチン接種を完了した人は安全に旅行ができるとしました(これまでは全国民に旅行は勧められないとしていました)。12月に一般に先がけて接種を開始した医療関係者の追跡調査で、ワクチンには「無症状で周囲を感染させること」を防ぐ効果もあることがわかったからです(本人の発症や重症化を防ぐことは既に承認前の調査で立証済み)。ワクチンを完了した人どうしでの集まりや、ワクチンを完了した人がワクチンを完了していない同一世帯を訪れることもOKとされているので、これでやっとアメリカのシニアは1年以上ZoomやSkypeでしか顔を見ていない孫や子どもたちに会いに行けるわけです。
が、我が家のように家族が異なる国に分散している場合は、まだまだ先は長いです。かつてのようにビザ免除プログラムで気軽に外国と行き来できる日が戻ってくるのはいつの日か、果たしてその日は来るのか。日本政府は相変わらずオリンピックまっしぐらで、世界のコロナ対策の常識から大幅に逸脱して迷走中。その日がどんどん遠のいていくようで切なくなります。

ニューヨークでコロナワクチン接種 その2:接種編

ニューヨーク州は今週から接種対象を30歳以上に広げ、4月6日には16歳以上、つまり全員を接種対象にするそうです。相変わらず人気コンサート並みに取れない予約は、ますます競争が激化すること必至。もうニューヨーク州は順番はどうでもいいから、できるだけ早く数を打つという方針に変えたようです。何はさておき一刻も早く集団免疫を獲得しようというわけです。

さて、ここからは前回の予約編の続きです。

私より1日前の午前中に予約のとれた夫は、多少の行列はあったものの、会場のジャビッツセンターに到着してから接種完了まできっかり1時間で、スムーズに進んだと言って帰ってきました。私は「多少の行列」に備えて、携帯用の予備のバッテリー、お茶を入れたサーモスを持って、翌日の午後にジャビッツセンターに向かいました。

ジャビッツセンターはマンハッタンのウエストサイドにあり、郊外北端の我が家からは約100 km。車なら渋滞がなければ1時間強、渋滞すれば最悪2時間という距離です。コロナ前はマンハッタンに行くには渋滞を避けるために電車を利用していたのですが、今は感染リスクを防ぐために車です。ニューヨークへの通勤者も観光客も激減している今、渋滞はほとんどありません。予め予約していた駐車場にも余裕をもって到着しました。

が、入った駐車場は入り口までいっぱいで、入った途端に立ち往生。マンハッタンの屋内駐車場はバレーパーキングが主流で、狭い中を駐車場のスタッフが技術を駆使してパズルのように車を入れたり出したりしているのですが、その経験豊かなスタッフをもってしてもどうにもならないくらいいっぱい。どうしてそうなるかというと、私のようにパーキングサイトの料金前払いで駐車場を確保している車は断るわけにはいかないからです。出庫する車を出しながら1台ずつ入れていくわけですが、チェックイン場所に至る通路までいっぱいなので、入庫しようとする車の運転手全員が車パズルに参加せざるを得ない状況になっています。狭い下り坂のトンネルみたいな通路でバックしたりよけたり、それはもうスリル満点。郊外在住の私は日頃、大型車が楽勝で入るような駐車スペースに小型車で頭から突っ込むような運転しかしていないので、こういうのが一番の苦手。駐車場のスタッフに車を渡すまで格闘すること30分。これだけで疲労困憊しました。

この駐車場は別件で過去にも使ったことがあるのですが、こんなことは初めてです。ワクチン接種会場が近くにあるだけで、こんなにも混雑するものかと思ったのですが、実はこれがジャビッツセンターのこの日の事件の最初のサインだったのです。

さて、この駐車場からジャビッツセンターまでは歩いて10分ほど。かなり余裕をもって出てきたので駐車場で30分ロスしてもまだ十分予約には間に合う2時少し前にジャビッツセンターに到着しました。夫から聞いたとおり、最初の行列は入り口の外。入り口前の行列に並んで前を見ると、その行列は入り口とは反対方向に向かっています。どうやら建物の角を回り込んで折り返してきているのです。

ジャビッツセンターの外は既に長蛇の列

ジャビッツセンターはマンハッタンの西端の数ブロックを占める巨大な施設なので、入り口から建物の角まででも相当な距離があります。が、角を曲がってさらに驚愕。行列は遥か彼方のハドソン川まで行って折り返しているのです。ジャビッツセンターの会場整理にあたっているのは全員が迷彩服姿の軍人で「並んでいれば予約時間に関係なく必ず入れますから安心してください。建物に入るまで約1時間かかります」と繰り返し叫んでいます。いや、全然安心できないし。この時点で、状況は「到着から接種完了まで1時間」だった昨日とはまったく異なることが明らかになりました。

ハドソン川まで行って折り返している行列

この日は快晴だったのですが、気温は低く、ハドソン川まで吹き抜けのストリートはかなりの寒さ。やっと屋内に入れた時には暖かいだけでもほっとしました。屋内に入ると、それから接種にたどり着くまで数カ所の関門があり、その度に行列があります。

この先が第一関門の本人確認と予約確認

まず最初の関門は書類チェックと本人確認。いくつかのデスクが並んでいて、写真入りIDを見せて、予約チケットをスキャンします。ここまでの行列は15分程度。次が検温で「帽子を脱いでください」と言われて、かなり高い位置にあるセンサーで自動的に検温されます。ここでまた15分ほど経過。ここまではガラス張りの明るく広大な展示場ロビーなので気分が滅入ることもなく、行列もサクサクと進んでいきます。その先はちょっと天井も低くなり倉庫のような巨大な部屋への入り口です。

その入り口を入ってまた驚愕。広い部屋にびっしりと行列がとぐろを巻いていたのです。行列はそれなりに動いてはいます。動いてはいるんですが、なにしろその長さがはんぱじゃありません。1時間経過してもまだ入り口の方が近い。そのうちに後ろの人が行列の数を数えだしました。「ここまで5列進むのに1時間以上かかってるんだよ。あと8列だからあと1時間半はかかるってことかあ」。なんとなくわかってはいましたが、確認されると余計気持ちが萎えます。

延々と続く行列で辛抱強く待つ(マスク着用は義務)

ほとんど動かずに何時間もずっと立ちっぱなしというのは思いのほかにつらい。このあたりからだんだん腰が痛くなってきました。ワクチン接種に来て腰痛になったのでは目も当てられません。後半は人目もはばからず足腰のストレッチをしながら立っていました。この時の年齢枠は65歳以上でしたから(職業や基礎疾患によっては若い人もいる)、当然かなりのお年寄りもいて、見ていて本当に気の毒でした。中にはしゃがみこんでいる人もいましたが、誰もが文句も言わず(言ってもどうにもならないのはわかっている)辛抱強く待っています。なにしろ大変な苦労をして獲得したお宝予約であることは皆同じなので「たとえ何時間待ってもワクチンをうってもらうまでは絶対帰らない」というオーラが行列全体に漂っていました。

そして、もう一つおそらく全員が考えていたのが「ここで感染するのだけはいやだ」ってことです。一応6フィート(約180cm)間隔でマークがあり、それなりの間隔はあいているのですが、屋内の1室におそらく千人以上が何時間も缶詰になっているのです。ちなみにニューヨークでは3月22日からやっと100人までの屋内イベントが許可されたところです。ワクチン接種会場でコロナに感染したら、それこそシャレになりません。そのためか長時間の行列でも前後左右の人と言葉を交わす人も少なく、ますます気が滅入ります。

待っている間、気分を紛らすためにスマホでずっとポッドキャストを聴いていたのですが、スマホのバッテリーがあやしくなってきました。念のために持ってきた予備のバッテリーも既に使用済み。駐車券からワクチン接種チケットまですべてスマホに入っているので、ここで電源が落ちたら一大事です。画面を消してもう心頭滅却を目指します。

行列の先頭近くなると、次の関門であるレジストレーションの部屋が見えてきます。ここから先は撮影禁止。

レジストレーションの部屋はデスクが5、6列ほどずらっと並んでいて、空きができたところに会場整理の軍人さんが一人ずつ案内していきます。ここでは書類を見せて、お決まりの健康状態に関する質問に答えるだけなのであっという間に終わります。

そして、このレジストレーションの先にはまた行列ですが、行列のスペースがいっぱいなので、手続きが終わってもゴーサインが出るまでその場で待ち続けます。つまり先が詰まっているのでレジストレーション用のデスクはいつまでも空かず、レジストレーション係も手持ち無沙汰のまま待機となるわけです。

ある程度行列のスペースが空くと、会場整理係が叫ぶ「ライン5、次へ進め!」という元気な号令と共にライン5のデスクで待機していた人々が行列に向かって一斉にダッシュ。これが最後のワクチン接種の行列で、ここで待つこと約20分。やっと接種テーブルに案内されます。

広大な接種スペースには簡易デスクと椅子が無数に並べられ、それぞれのステーションで看護師とデータ入力係がチームになって接種を行っています。大勢の迷彩服が歩き回っているためもあって、ここは野戦病院感満載。

コロナワクチンの注射そのものは針が細いせいか、それこそ蚊に刺されたみたいな感じでほとんど痛くありません。そして「やっと終わった」という安堵感でここで一気に気が抜けます。接種が済むと休憩エリアで15分待機することになっています。出口近くのエリアに数百個のパイプ椅子が距離を置いて並べられていて、そこに15分間座ってアレルギー反応が出ないことを確認します。休憩スペースには水分補給コーナーもあって自由に飲めるボトル入りの水が置いてあります。副反応も出ず、無事に15分が経過して、屋外に出たときには、もう6時過ぎで日がとっぷりと暮れていました。到着からかかった所要時間は約4時間半。

後日、ニュースでこの日がジャビッツセンター最悪の待ち時間を記録した異常な一日だったことを知りました。前日、つまり夫が1時間で接種できた日の接種回数は約2000回。翌日、つまり私の予約日の接種回数は7000回以上。3倍以上の予約数をまったく同じ数のスタッフで回していたのが原因だそうです。どうしてそんなわかりきったことを、とくらくらするような話です。私は目撃していませんが、待っている間に倒れた人も出たそうです。当たり前です。

さて、2回目の接種は1回目接種を受けたときに自動的に予約されます。それは、きっかり3週間後の同会場、同時刻と決まっています。会場や日時を選ぶことはできません。つまり3週間後に戻ってくる人の数も、また前日の3倍以上になるということです。暗い気持ちになりました。果たして3週間後にジャビッツセンターの運営は改善されているのか。それは次回の「副反応編」で。

ニューヨークでコロナワクチン接種 その1:予約編

ファイザーのワクチン2回目の接種を完了しました。これでやっと一安心です。アメリカのワクチン接種はイスラエルやイギリスに次ぐスピードで進んでいて、3月28日現在、全米の14%が接種完了、27 %が少なくとも1回目の接種を受けています。バイデン大統領は、5月1日には全米で全員が接種対象になると発表していて、このペース(1日あたりの平均接種回数268万)が続けば、7月半ばには集団免疫(接種率70%~90%)にいたります。アメリカはとんでもないことも起こる国ですが、こういう底力はすごいと思います。

超人気コンサートのチケット並みの予約合戦

ワクチン接種に関する規定や方法は、接種対象基準から手続き、接種会場の設定まで州によってさまざまです。まず医療関係者からというのは全国共通ですが、後は手当たり次第に近い州もあれば、細かく優先順位を規定して厳格な予約制をとっている州もあります。ニューヨークは後者の筆頭です。いわゆるブルーステート(民主党優位のリベラル州)ほど、公平性にこだわって、この規定が細かい傾向があります。この手続きの煩雑さゆえにブルーステートは接種スピードで後れをとっているところが多く、ニューヨーク州も下から数えた方が早い状態が続いています。
早い者勝ちの大行列よりは、確実な予約制の方が楽なはずなんですが、ニューヨークの場合、その予約取りに人気コンサートのチケット取り並みの運と努力を要するのです。
ニューヨーク州の接種対象者は医療関係者に始まり、75歳以上の高齢者、エッセンシャルワーカー(教師、警察、消防など)、65歳以上の高齢者、基礎疾患のある人、55歳以上、人に接する職業の人、という順に年齢と健康状態・職業の2つのラインで対象基準があり、現在50歳以上まで接種対象が広がっています。

3月28日現在ニューヨーク州のワクチン接種対象

細かく接種対象を分けているにも関わらず、予約がまったく取れない状態が続く一番の要因は、当然ながら接種希望者が多いことです。
実はアメリカのワクチン接種希望者の割合には州や地域によって差があります。まずワクチン接種に積極的かどうかは共和党支持者であるか民主党支持者であるかで大きな違いがあるからです。最近の調査(NBS/PBC)では、ワクチンを受けるつもりはないと答えている人が共和党支持の男性では49%(なんと半数が受けないらしい)、逆に最も接種に積極的なのは民主党支持の男性で受けたくないという人はわずか6%。各州の人口に応じたワクチンが供給されても、民主党支持者が多いブルーステートでは競争が過激になるのは当然です。しかも同じニューヨーク州でも都市部はリベラルな民主党支持者が圧倒的大多数を占める上、昨春の地獄のような大流行を経験しているので、一刻も早くワクチンを打ちたい人ばかりで、予約取りにも命がけの勢いで臨んでいます。当然、競争はさらに激化します。が、問題はそれだけではありません。既存のワクチン接種のインフラを完全に無視して州政府が新しく構築した独自の予約システムが驚くべき効率の悪さなのです。

ニューヨーク州のワクチン予約サイト(画像はジャビッツセンター接種会場)


ニューヨーク州では、通常の予防接種はかかりつけ医を通じて受けるのが最も一般的ですが、新型コロナワクチンに関しては、医療機関を通さずに、各地に設けた州直営の大規模なワクチン接種センターを中心に接種を行っています。州のワクチンサイトのAm I eligible? というリンクから年齢や職業、基礎疾患などの質問に答えていき「あなたは接種対象です」というところにたどり着くと、ワクチン接種センターの予約サイト一覧にリンクします。が、ここからが問題です。ほぼすべてのセンターで「予約空き状況」の項目は「空き無し」がデフォルトなのです。

メトロポリタンエリアの接種センターは「空き無し」がデフォルト

2月になって、私も接種対象になりニューヨーク州の予約サイトに初めてアクセスしてこの状況に直面しました。それでも、この時点では、少し待てば空いてくるだろうとのんびりかまえていました。が、その後たまにチェックしてみても「空き無し」状態はまったく変わりません。しかも、のんびりかまえているうちに接種対象がさらに次のレベルまで広がってしまったのです。つまり、いくら待っていても競争は激化するばかりで空きは出ないということです。これはまずいと思いました。
予約対象が広がった日、まとまった数の予約枠が放出されたらしく、初めてサイトに「空き」を目にしました。が、今度は予約手続きに進めない。アクセスすると1時間待ちの表示が出て、1時間待ったあげくに順番が来ると「空きはありません」の表示。この繰り返しです。そして翌日からはまた、いつ見ても「空き無し」のデフォルト状態に逆戻り。

このバーチャル行列の最後までたどり着いた先は「空きはありません」

予約を確保した知り合いからの情報でだんだんわかってきたのは、数日パソコンにかじりつく覚悟で臨まなければ永遠に予約は取れないということでした。友人の一人が「オンラインより電話よ。私も友だちも電話でトライした人はみんな予約がとれた」というので、ここで電話作戦に切り替えることにしました。電話はオンライン環境のない人やパソコンを使えない人のためのものと思い込んでいたので、これは目からウロコでした。
さっそく、ワクチン予約ホットラインに電話してみると意外なほど簡単に10分ほどでつながりました。が、期待したのもつかの間、長々と続く質問に答えた後、しばらく待たされて返ってきた答えは「空きはありません」。「空き状況は30分毎に更新されるので30分毎に電話するのをおすすめします。あきらめないでください」と。「あきらめるな」っていわれてもなあ。応対したオペレーターによって言うことが違うのですが、総合すると、どうやら30分ごとに放出される数回分のキャンセル枠をオンラインと電話で取り合っている模様。で、たまにまとまった枠が出たときに電話するか、オンラインにアクセスした人がラッキーということのようなのです。時間帯を変えて2日間、時には1時間近く順番待ちして、10回以上電話を試みましたが、徹底的に「空き無し」。もはや予約取りはフルタイムのお仕事です。そしてオペレーターは日がな一日、この「空きはありません」をやってるわけです。めまいがするほどの無駄です。

この予約システムのもう一つの問題は地域配分の悪さです。実は「空き無し」だらけのリストも上のほうにスクロールすると「空きあり」の接種センターがいくつもあるのです。ただしいずれもアップステートの接種センターです。

アップステートの接種センターは軒並み空きあり

メトロポリタンエリアからは車で片道4時間から8時間といった距離があり、さすがにそこまでは行けません。ニューヨーク州はニューヨーク市を南端として北に扇型に広がっており北端はカナダに接する広い州なのですが、人口の半数以上が南端の扇の要部分に集中しています。この人口集中地域のワクチンの配分が足りていないのです。その要因としては、同じニューヨーク州でもアップステートはワクチン接種に消極的な共和党支持者が多いからということも考えられます。が、ニューヨーク州政府というのはポリティカリーコレクトなイメージとは裏腹に、なかなかにきな臭いことをしてくれるので、何等かの政治的な事情があっても不思議ではありません。
最終的には全員に接種するわけですから、こんな面倒な予約制にせずに登録制にして最寄りの接種センターの予約を生年月日順にでも割り振っていけばいいものを、なぜこのようなワイルドな予約取り合戦を強いるのかわけがわかりません。政府が割り振ると順番が公平でないと指摘されるケースが出るのを恐れてでもいるのでしょうか。

わずか数分の差で予約を確保

さて、一向にらちがあかないまま、さらに1週間が過ぎたころ、習慣的に予約サイトを毎日チェックしていた夫がある朝「ジャビッツセンターに空きが出てる!」と叫びました。ちなみに私たちはコロナ前から在宅就労者で毎日デスクを並べて仕事をしています。二人とも仕事を放り出して予約サイトにログインし、予約手続き開始。運よくつながりましたが、予約時間を選ぶ段階で選ぼうとする端からなくなっていく。これは早いほうからためしていてはだめだと思い、後半のちょっと後くらいを選んだところ見事ゲット。この段階で同じように予約取りに奔走していた友人に「ジャビッツセンターに空きが出たよ」と知らせたのですが、彼女がログインした時にはもうなかったそうです。その時差おそらく3分くらい。私たちはラッキーだったわけです。
このジャビッツセンターというのはマンハッタンのミッドタウンの西のハドソン川沿いにある大型展示場で、ニューヨーク州最大のワクチン接種センターになっています。郊外の我が家からは車で1時間強。一番近い接種会場は車で30分ほどのホワイトプレーンズのカウンティセンターなのですが、えり好みができる状況ではありません。私たちに限らず予約取り参戦者の事情は皆同じ。逆にたまたまチェックしたときに出ていたのがホワイトプレーンズだったためにマンハッタンよりさらに南のロングアイランドから片道2時間かけて行ったという話もききました。つまり、このワイルドな予約取り合戦のために全員がえらく効率の悪いことをさせられているわけです。

さてラッキーに確保できた予約は、夫は月曜の11時半、私は翌日火曜の午後2時45分。予約手続きは個人単位で行うので家族だから同じ日の近い時刻というのはまず不可能です。予約が確定すると予約チケットがメールで送られてきます。2回目の接種は1回目の接種が完了すると自動的に確保されるので、ここまでくれば予約合戦からは解放されます。このときの安堵感といったらありませんでした。


が、この1回目接種に私が引き当てた予約日は後々までジャビッツセンターのスタッフの間で語り継がれ、ニュースにまでなった大混乱の日だったのです。大混乱の1回目接種の話は次回に。

*この予約取りに奔走した日々から約1ヶ月の間に、ジョンソン&ジョンソンのワクチンが認可され、ウォルグリーンなどのファーマシー経由での接種枠が増えて、現在は予約もいくらか取りやすくなっているようです。が、ファーマシーの予約は州の接種センターの予約サイトとはリンクされておらず、一本化されていません。人口集中地域の州営接種センターの予約枠は今も相変わらず「空き無し」がデフォルトです。

アメリカ大統領選2020その2

民主党が再び上院過半数をとれる日は来るのか?

 バイデンが辛勝した2020年大統領選ですが、本当の番狂わせは事前調査の予想に反して民主党に上院の過半数がとれなかったことです。そして、大統領選が一応決着した今も、上院選挙戦はジョージア州2議席の1月5日の決選投票に場を移して続いています。敗北を認めないトランプの主張にまったく根拠がないのがわかっていながら、共和党議員の多くが未だにバイデンの勝利を認めず、だんまりを決め込んでいるのは、このジョージアの決選投票で獲得したいトランプ支持者票に忖度してのことと言われています。
 2020年大統領選の事前調査は軒並みバイデン圧勝を予想しており、もう夏頃からアメリカ国内の関心は上院選に移っていました。上院選に関しても、民主党は2018年の中間選挙で下院の過半数を奪還した勢いで今回は上院も奪還というのが大方の予想でした。上院議員は任期が6年で2年ごとに3分の1が改選されますが、2020年は改選にあたる議員に共和党議員が多く、議席を奪うまたとないチャンスだったからです。その上トランプの不人気も共和党議員の足を引っ張っていました。共和党議員はトランプに反対すれば、今の共和党のベースであるトランプファンに嫌われるし、トランプよりの発言をすれば大多数である中道層に嫌われるというジレンマを抱えていたのです。どちらを失っても再選不可能なので、トランプが問題発言をするたびに民主党議員がここぞとばかりにトランプを非難するのとは対照的に、共和党議員からは日本の政治家の「記憶にございません」を彷彿とさせる「まだ見てません。知りません」が連発されていました。
 現在は民主党47議席(厳密にいえばサンダースとキングの2名は無所属なのですが、勢力的に民主党とみなされます)、共和党53議席で、民主党が上院過半数をとるために共和党現職議員から奪わなければならない議席は4議席でした。激選が予想されていた共和党現職の議席は9議席。しかも事前調査ではその多くで民主党候補の優勢が報じられていたのです。共和党現職議員がトランプ支持者と中道層との板挟みで身動きができなくなっている中、民主党候補は「上院奪還」キャンペーンでアメリカ全土の民主党支持者から記録破りの額の寄付金を集め、どこでも共和党議員の資金を遥かに上回っていました。私をふくめ、もう上院は民主党が勝ったも同然と考えていた人は多かったと思います。
 しかし、蓋を開けてみれば、民主党が共和党現職に勝てたのはアリゾナ州とコロラド州の2議席のみ。逆に最初から負けが予想されていたアラバマ州民主党現職議員ダグ・ジョーンズが予想通り議席を失ったので結果はプラス1の48議席。51議席という過半数を取れる可能性は完全になくなりました。
 しかし、ジョージア州の2議席の上院選が来年1月5日の決選投票にもつれこんだので、50:50の同数に持ち込む可能性がまだ残っています。同数の場合には副大統領が決定票を投じることで上院をコントロールすることができます。それがとれるかどうかでバイデン政権の今後の運命は大きく変わってきます。
 オバマ政権時には、民主党が上下院とも過半数を失った2010年の中間選挙以降、オバマと民主党は政策をほとんど何も進めることができませんでした。議会両院の承認がなければ法案も予算案もままならないからです。特に上院には法案以前の政府主要人事の承認権があります。法案の成立には上下両院の承認が必要ですが、人事に関しては上院のみです。そのため2018年の中間選挙で民主党に下院過半数を奪われてからも、トランプ政権は人事についてははやりたい放題ができました。最もわかりやすいのは連邦最高裁に超保守派の判事を次々と送り込んだことですが(司法をめぐっての共和党と民主党の戦いについては次回以降であらためて)、最高裁判事に限らず、あらゆる政府高官の指名承認が上院の手の内にあります。だからトランプ政権下では、大統領顧問弁護士状態の司法長官ビル・バー、反環境保護派の環境保護庁長官スコット・プルーイットなど、常識では考えられないようなトンデモ閣僚も次々と誕生したのです。ちなみにトランプ政権の最初の2年間は上下院ともに共和党が過半数をおさえていたので、さらにやりたい放題でした。人権問題から環境問題、政治のモラル低下まで、トランプ政権がアメリカにもたらしたダメージは、マジョリティリーダー(上院院内総務)、ミッチ・マコーネル率いる共和党議員によってもたらされたといっても過言ではありません。
 それでは、今回の選挙で下院の過半数をなんとか維持したバイデン政権が上院をコントロールできないとどうなるかというと、第2期オバマ政権の再来です。ミッチ・マコーネルがあらゆる政策に難癖をつけ、そもそも政策以前に閣僚人事すら通さないであろうというのが大方の予想です。そうなればバイデン政権は最初からつまづきます。
 過半数を維持した民主党は、共和党の法案にブレーキをかけることはできますが、下院だけではどんな法案も予算案も通すことはできません。実際に現在もコロナ下での支援金という喫緊の予算すら通っていません。この「ねじれ国会」が続けば、バイデン政権に移行しても具体策が何一つ進まないという膠着状態が続きます。そうなれば人々の不満はますます募り、4年後には第二のトランプが生まれることにもなりかねません。だからこそ上院の過半数は、大統領選に勝つことと同じくらい重要なのです。
 しかし、この上院ですが、前回述べたように人口分布に関わりなく各州2名ずつ選出となっているので、大規模州都市集中型の民主党は、地方小規模州を数多くかかえる共和党に比べて、圧倒的に不利です。アメリカ人全体の民意の反映という点では、州による1票の差が最大70倍にもなるこのシステムは不公平極まりないシステムですが、各州の平等という観点から生まれた制度として憲法に制定されているので、この制度が変わることはまずありません。現在、大規模州であるニューヨーク、カリフォルニア、テキサスの3州の上院議員6名が代表する人口は、小規模31州の上院議員62名が代表する人口に匹敵する状態です。つまり、このシステムの恩恵を受けている州の方が数が多いので、どんなに大規模州の市民に不公平になろうとも憲法改正案が通ることはあり得ないのです。憲法が制定された18世紀と比べて、連邦政府が全国民におよぼす影響が経済的にも社会的にもはるかに大きくなっている現在、この各州2名選出制度は意味不明な選挙人制度どころではない大きな問題を抱えています。が、これも大きな問題として認識されるようになったのは最近のことです。
 直近の歴史を見ると、1980年のレーガン政権以降、上院の過半数は両党がとったりとられたりを繰り返しています。大統領の政党と一致しないケースもままありました。つまり、大統領選と上院選で人々が投票する政党は必ずしも一致していなかったため、レッドステート(共和党が強い州)の民主党議員、ブルーステート(民主党の強い州)の共和党議員というのが、かつてはかなり存在したのです。現在も存在してはいますが、数は減ってきています。それがさらに難しくなっていることを証明したのが今回の選挙です。共和党候補はローカルな政策の不人気やスキャンダルにも関わらず、トランプが強かった州では予想以上の強さを見せました。レッドステートはますますかたくなにレッドになっているのです。各州2名という憲法が変わらない以上、今後民主党が上院過半数をとるためには、レッドステートを地道にブルーに変えていくしか方法はありません。
 実はレッドステートからパープルステートへと変わりつつある州もいくつかあります。その主な要因は、民主党支持者が多い若年層やマイノリティの人口増加です。つまり人口の推移は民主党に味方しているわけです。そうした州の一つがジョージア州です。
 今年の大統領選では最後まで接戦の末、バイデンが勝利しましたが、実はジョージア州は数年前までバリバリのレッドステートと考えられていました。もう20年以上、大統領選でも上院選でも民主党候補が勝ったことはありません。そのジョージア州が激戦州として注目されだしたのは、2018年州知事選で民主党の黒人女性候補のステイシー・アブラムスが共和党候補と大接戦を繰り広げてからです。選挙にこそ僅差で敗れたものの、それまで眠っていた票を掘り起こしたアブラムスはブルーウエイブ(民主党の勢い)を牽引する民主党のスターとなり、今回のバイデンのジョージア州での勝利にも大きく貢献したと言われています。
 上院選激戦州で民主党の予想外の敗北が続く中、レッドステートであるジョージア州の上院選は決着がつかずに決選投票にもつれこみました。ジョージア州には過半数を獲得した候補がいない場合には上位2名で決選投票という州法があるためです。また、通常同じ州で2名の上院議員が同時に改選になることはないのですが、任期半ばで病気引退した上院議員の議席を指名で引き継いだ現職議員の信任を問う選挙となる特別選挙のため、異例の2議席改選となっています。
 11月3日の選挙結果は通常改選枠は共和党現職デビット・パーデューが49.7%、民主党候補ジョン・オーソフが47.9 %で共和党現職がリード。特別選挙枠は民主党候補ラファエル・ウォーノックが32.9%、共和党現職ケリー・ロフラーが25.9%で、民主党候補がリードしているものの3位で敗れた共和党候補ダグ・コリンズが20%を獲得していて、その票が共和党現職にまわる可能性は高い。こうした数字だけを見れば決選投票は民主党候補には勝ち目がないように思われますが、予想は接戦。基盤があるのは共和党ですが、勢いがあるのは民主党だからです。
 ジョージア州の投票者登録数はこの2年間で60万人も増加しており、その多くが民主党を支持する若者やマイノリティだと言われています。史上最高の投票率だった今回の選挙ですが、1月の決選投票に向けて、さらに新たな票の掘り起こしも行われています。ちなみに投票率が高いほど民主党に有利というのが定説で、民主党が票の掘り起こしを拡大する中、共和党が民主党支持者の多い地域の投票所を少なくしたり、投票の条件を厳しくしたりと、さまざまなvoter suppression(投票妨害)を行うのが、オバマ政権時代からのパターンとなっています。2018年にアブラムスが破れたジョージア州知事選では共和党候補による投票妨害が大きな争点となりました。変化しつつあるとはいえレッドステートであるジョージア州の州行政を掌握しているのは共和党なので選挙システムを自党に有利に運用することが可能なのです。
 もう一つのポイントは民主党、共和党両サイドの熱量です。これまでの記録ではジョージア州の決選投票では常に共和党が勝ってきました。最初の選挙で接戦に持ち込んだ情熱を民主党が持ちこたえることができなかったからです。今回も「打倒トランプ」という旗印のない決選投票の選挙に民主党が高い投票率を維持するのは難しいという見方もあります。たしかに今熱いのは民主党よりトランプの負けを認めたくないトランプ支持者の方です。しかし、トランプ支持者が支持するのは共和党ではなくトランプですから、トランプのいない上院選にどの程度期待できるかはわかりません。また共和党に票をもたらすトランプ本人も両刃の剣です。ほぼ負けが決定したトランプにとって、上院の過半数なんてどうでもいい話です。となれば、共和党候補が少しでも気に入らない発言をすれば、自分の党の候補であっても悪くいいかねません。世界中のリーダーがバイデン勝利を自明のこととして扱う中、ミッチ・マコーネルをはじめとした共和党議員のほとんどが未だにバイデン勝利を公式に認めず、「オレは負けてない」と言い張るトランプを野放しにしているのは、それを恐れてのことです。おそらくバイデン政権引継ぎに向けてアメリカ政府がフルに舵を切れるのはジョージア州上院選のめどがついてからです。
 バイデン政権のアメリカが前に進むためには1月5日のジョージア上院選で民主党が2議席を確保して上院のコントロールを獲得することは必須です。しかし、一致団結してジョージア州上院選に取り組まなければならないはずの民主党は、リベラル派と中道派が上下院選の残念な結果をめぐって互いに相手を非難しあい、ますます相いれない状況になっています。そもそも前代未聞の大混戦の予備選挙を経て選ばれたバイデンは「トランプではない」「少なくとも普通の大統領である」が最大の売り。果たして具体的な政策に関して民主党内でのコンセンサスを得られるのかどうかすら未知数です。一致団結してトランプに魂を売り渡した共和党とはまた別の問題を抱えた民主党については、また次回以降に。

アメリカ大統領選2020その1

トランプ再選の悪夢は消えたけど

バイデン勝利が決まった瞬間のアメリカ(のブルーステート)の熱狂ぶりは日本でも報道されたと思いますが、バイデンが勝っても今のアメリカは手放しで喜べるような状態ではありません。長い戦いの後、怪獣の襲来をかわした幸運を喜び合ったのもつかの間、目の前には破壊された街が広がり復興は前途多難。今の気分はそんな感じです。バイデンを当選させたのはバイデンへの支持でもカマラ・ハリスへの支持でもなく、トランプ撃退に向けた熱意です。そして、バイデンの勝利宣言演説で感じたのは何よりも「普通の大統領」の安心感。口を開けば人々の怒りを買わずにはいられない大統領じゃなく、常識的な受け答えのできる大統領。「普通」がどれだけ有難いことか、しみじみとかみしめたアメリカ人は多かったと思います。

どういうわけか日本では選挙前からトランプ圧勝を予測する「知識人」がいたり、トランプをまるで普通の大統領のように扱うメディアが多いのですが、それはおそらくトランプがアメリカにもたらした被害の大きさをわかっていないからです。トランプは国外にまったく関心がなかったために大言壮語していた割には海外には大した影響(迷惑)をもたらしていません。ましてやトランプにとっては日本なんてどこにあるかもわからない国です。頭の片隅にすらありません。だから被害もありません。それだけにトランプがアメリカ社会の良心をどれだけ踏みにじってきたか、アメリカ人をどれだけ分断させ、アメリカ人のお人よしな部分を疑心暗鬼で覆ってしまったかを日本からは実感できないのだと思います。

バイデンが辛勝したとはいえ、期待されたブルーウエイブの圧勝ではなく、この期に及んでもまだトランプの支持層が根強く残っているということは暗たんとさせられる事実です。トランプは去っても、7千万人を超えるトランプサポーターは残る。メジャーなニュースメディアをフェイクといい、トランプのツイートやQアノンの陰謀説を信じる人々を説得するのは、怪しげな新興宗教に入信してしまった家族を説得するのと同じくらい難しい。バイデンがunifyを呼びかけたくらいでどうなるもんでもありません。

それにしても、この1週間以上にわたってこじれ、今もある意味こじれ続けている大統領選はあらためてアメリカの大統領選挙制度のわけのわからなさを世界に提示することになりました。トランプはこの期に及んでも根拠なく選挙の不正を主張して訴訟を起こしまくり、証拠不十分で法廷から退けられまくっています。日本のメディアには、これについても「アメリカの選挙は日本とちがってずさんだから不正があってもおかしくない」だの、「不正が報道されないのは民主党の陰謀」だのとトンデモなことをいう「知識人」が普通にいてのけぞります。ちなみに訴訟を退けている法廷は民主党が管理しているわけではありません。そもそもコロナの影響で、今年はすべての州で郵便投票が大量にあるのに、同じ激戦州でも自分が勝ったテキサスやフロリダには不正がなくて、自分が負けたペンシルバニアや負けそうなアリゾナだけで不正って、誰がきいてもおかしいだろうって話です。

選挙人数ではなく得票数を見ると、バイデンは総得票数でも、すでにトランプを500万票近く上回っています。本来なら問答無用で勝利でいいはずの支持を得ているわけです。アメリカの大統領選がいつもこじれるのは、意味不明な選挙人制度のせいです。この18世紀から後生大事に維持してきた過去の遺物が21世紀になって民意の反映を妨げています。

このアメリカのElectoral College(選挙人団)を選ぶ形式的間接選挙は、簡単に言えば人口に応じて各州に割り当てられた選挙人を合計270人以上獲得した候補が勝利するというものです。問題は、各州の選挙人獲得システムがメイン州とネブラスカ州を除く48州で勝者総取りになっていて、51%対49%の僅差で勝っても、90%対10%の大差で圧勝しても結果は変わらないということです。そのためにニューヨークやカリフォルニアなど民主党が盤石な州は、割り当て選挙人数が多いにも関わらず選挙選では無視されます。共和党盤石の州も同様で、大統領選は事実上、スイングステートと呼ばれる激戦州のみで行われることになります。盤石ブルーステートの共和党票や盤石レッドステートの民主党票は投票する前から死に票決定。ブルーステートの民主党票やレッドステートの共和党票にしても「どうせ勝ちは決まっているから別に自分が投票しなくても」という「どうでもいい感」満載です。

そもそも選挙人を選ぶといっても投票では選挙人に投票するわけではなく、選挙人というのはいわばコマみたいなものです。今でこそ意味不明の制度ですが、この制度が生み出された18世紀末には全国レベルのメディアがなかったので、ローカルな識者を選んで間接選挙を行う必要があったのです。もちろん当時は選挙人はコマではなく選挙人として機能していたし、各州勝者総取りでもありませんでした。それが時代を経るうちに、選挙人が単なるコマとなり、勝者総取りとなり形骸化していきました。

それならなくせばよさそうなもんですが、憲法に規定されているために手がつけられないでいるうち今にいたっています。それでも選挙結果は同じだし、選挙運動する州が激戦州だけで済んで両党ともに安上がりだし、このままでもいいか、ということできていました。話が変わったのは2000年にゴアが総得票数(popular vote)で勝利しながらブッシュに負けた時からです。そして2016年には総得票数で200万票以上上回ったヒラリーがトランプに負けました。今や、選挙人制度の廃止を求める声は民主党支持者の間ではコンセンサスとなっていますが、選挙人制度は共和党に有利に働いているのが明らかなので共和党としてはもちろん選挙人制度は維持したい。憲法改正には上下院で3分の2以上の賛成が必要なので、共和党が反対するかぎり選挙人制度をなくすことは事実上不可能です。

では、なんで選挙人制度が共和党に有利で民主党に不利なのかというと、それには両党の歴史と戦略が関わっています。今でこそ都市部リベラルが民主党、田舎の保守が共和党という住み分けになっていますが、奴隷を解放したリンカーンは共和党の大統領です。共和党は19世紀に保守的な民主党に対する革新政党として生まれたのです。それが20世紀になり民主党のルーズベルトのニューディール政策などを経て、保守と革新が徐々に入れ替わっていきました。小さな政府、キリスト教原理主義的価値観によって、白人保守層を取り込むという現在の共和党の戦略が確定していったのは1960年代からです。白人保守層、つまり人口の少ない田舎の州を取り込むというのはアメリカの選挙制度上とても効率のいい戦略でした。

都会の1票より田舎の1票が重いというのは日本も同様ですが、アメリカではそれが極端です。まず上院は州の人口とは無関係に一つの州から2名選出です。人口3,900万人のカリフォルニア州も57万人のワイオミング州も上院議員は2名ずつ。1票の重みの格差70倍ということになっています。大統領選の選挙人も、各州の上下院の割り当て数と同数なので小さい州ほど有利です(下院はほぼ人口に比例した議員数割り当て)。しかも僅差でも勝てば総取りですから、数多くの州を僅差でおさえたほうが効率はいいに決まってます。少ない人数にアピールするだけで多くの票を得られるわけですから、選挙にお金もかかりません。

というわけで、共和党では田舎の州を取り込む保守路線が盤石となり、しだいに共和党リベラル派は消滅していきました。その戦略が端的に表れているのが中絶問題と銃規制です。共和党議員あるいは候補は何がなんでもプロライフ(中絶反対)で銃規制反対ということになっています。だからトランプも大統領選に出馬したとたんにとってつけたように中絶反対をとなえだし、女性共和党議員は本心がプロチョイス(中絶の選択肢は本人である女性のもの)でも自分がプロチョイスだなんて口が裂けてもいいません。胎児の命は守っても、子どもや成人を殺す銃は規制反対って、論理が矛盾してないかと思いますが、それでも一向にかまわない。問答無用で中絶反対のエバンジェリカル(キリスト教福音派)や、何が何でも銃規制反対の憲法修正第2条原理主義者はsingle-issue-voter(単一論点投票者)なので他のポリシーとの矛盾点など気にしないからです。

さて、一方の民主党は、逆に1960年代の公民権運動を推進してリベラル路線を強めていきます。が、それによってそれまでの基盤だった南部を失い、racial politics(人種問題)を軸に都市部リベラル路線を突き進むことになりました。現在、数では民主党支持者は共和党支持者を遥かに上回っています(2020年ギャロップ調査では31%が民主党、25%が共和党、40%が無党派)が、アメリカの選挙制度の上では、この都市部リベラル路線は支持者が大規模州に集中するため大変効率が悪いのです。そのために下院は過半数をとれても上院はとれず、得票総数で上回っても大統領選で負けるという事態が発生するわけです。

しかし、社会問題の戦略を別にすれば、共和党が悪者で民主党が正義の味方というわけではありません。これまでプロビジネスの経済路線で貧富の格差を広げてきたのはレーガンから始まる共和党政権もクリントンから始まる民主党政権も同様です。経済問題ではどちらも富裕層や企業を優遇しながら、社会問題では保守路線とリベラル路線をそれぞれが勢力拡大に利用してきたともいえます。それに対する不満が共和党ではトランプを生み、民主党ではバーニー・サンダースを生んだということはよく指摘されることです。そこから4年たった今、コロナ下でも貧富の格差は広がり続けています。

あまりにも、とんでもなかったトランプの悪夢がまた4年間続くという恐怖から解放された喜びで今、アメリカは盛り上がっていますが、オバマ当選時のようなナイーブな希望を抱いている人は少ないはずです。そもそもバイデンとカマラ・ハリスはいずれも中道真っただ中で、バーニーを支持していた若者や民主党リベラル派にとっては「少なくともトランプではない」程度の期待しかもてません。カマラ・ハリスがマイノリティであり女性であるということにはシンボリックな意味以上のものはありません。さらに民主党が上院過半数をとれなかったので(ジョージアが決戦投票にもつれこんだので、まだ同数の可能性はゼロではありませんが)、オバマ2期目と同様の足かせがつき、リベラルな法案はまず通すことができません。つまり、バイデン政権下でトランプを生んだ要因である貧富の格差が縮まる可能性は高くはないのです。

今回の選挙結果、「大統領はバイデン、上院は共和党が維持」は夏の時点からウォールストリートが最も望む体制といわれていたものです。案の定、株式市場はすでにイケイケ状態。市場は予測不能な事態を最も嫌うので予測不能のかたまりのようなトランプより予定調和のバイデンが推し、一方で上院は民主党左派による企業や富裕層への増税など既得権をおびやかす法律が通らないように共和党に維持してもらいたいというわけです。そもそもバイデンはオバマ同様の中道ですが、現在の民主党の人気を支えるバーニー、エリザベス・ウォーレン、AOCといった左派勢力を無視することはできません。が、上院が共和党過半数となれば、そうしたジレンマなく中道路線をとりつづけることができます。アメリカ社会の喫緊の課題の一つ、公的健康保険と医療費削減への道はまた遠くなりました。国民皆保険なんて先進国なら当たり前の制度がどうして左派政策とされるのかは日本人には理解できませんが、世界最大の医療費で儲けてる人たちによる「健康保険の一元化は左翼による社会主義的政策である」というプロバガンダはまんまと成功しています。

とりあえずトランプ続投という目の前の危機は脱したものの、リベラル派にとっては奪還する気満々でいた上院がとれなかったショックは大きい。今回も2016年と同様、事前調査の予測は大幅に外れました。しかしまだ同数に持ち込む望みはゼロではありません。1月5日の決選投票にもつれこんだジョージアの上院選の2議席の行方は目が離せません。
個人的には民主党が上院の過半数を取り返すことはトランプに勝つこと以上に重要だと思っていました。このトランプ政権の4年間に上院の力を思い知らされたからです。上院についてはまた長い話になるので次回に。

アメリカで歯を抜く

コロナ下で歯が悪くなる人が増えているという9月15日火曜日のニューヨークタイムズのサイエンスセクションの記事。おそらくストレスが原因だそうです。

私もその一人なのか、昨日、下の一番奥の歯、31番を抜いてきました。アメリカでの歯の治療のフルコースをご紹介します。

もう40年も前に日本で根管治療を受けて大きなクラウンがかぶっていた31番が、1ヶ月くらい前から噛むと痛い状態が続いていました。痛みは一向におさまらず、さすがに気のせいと思い込むことができなくなったので、ついに歯医者へ。アメリカではコロナによって、3月半ばから歯医者は緊急治療を除く全休業となり、6月に復活しましたが、感染予防は今も厳重。通常なら誰でも出入りできるドアはしっかり施錠されていて、到着したら電話するシステム。そうすると歯科衛生士が中から出てきて非接触式で検温。それからハンドサニタイザーで手を消毒した上で手袋をわたされます。マスクも新しいサージカルマスクに交換させられます。治療室に入ると、まずマウスウォッシュで30秒口内の消毒。そこでやっと診療になります。

かかりつけのゴールドスタイン先生はコンコンと歯をたたいて、レントゲンを見ると、これは昔やった根管治療が不完全なのが原因だから、根管治療のやり直しか、インプラントになるよ、と。

アメリカの歯科治療っていうのは、すごく専門がはっきりしてて、普段の歯科検診やクリーニング、虫歯の治療をするのはgeneral dentist(一般歯科医)、根管治療(ルートキャナル)はendodontist(エンドドンティスト/歯内治療医という訳語があるようですが、一般的なイメージはルートキャナル屋さん)、抜歯はdental surgeon(口腔外科医)で、インプラントはperiodontist(ペリドンティスト/訳語では歯周病専門医となっていますが一般的なイメージはインプラント屋さん)。つまり簡単な虫歯以外は一ヶ所では終わらないのです。

ゴールドスタイン先生は一般歯科医なので、この歯は治療できません。で、紹介されたエンドドンティストへ。このタイプの歯科医はもっぱら根管治療だけをしていて、まず3Dレントゲンをとって根管治療でこの歯が救えるのかを診断してくれます。で、エンドドンティストのダイヤモンド先生の診断は、普通のレントゲンじゃわからないけど3Dで見ると内側の骨がなくなって空洞になっている。どんな炎症を起こしているのかはわからないけど、この歯はもう救えない。うちじゃ抜歯はできないから、なるはやで口腔外科に行って抜いてもらえ、と。

で、このレントゲンとコンサルテーションの料金が400ドル、ゴールドスタイン先生の診察料が95ドルですから、まったく治療が始まらないうちから既に500ドルの大出費(泣)。どっちも保険はカバーしなかった。ちなみに根管治療の場合はだいたい1本2000ドル前後が相場。歯科の保険というのは医療保険とは別で、カバーするのは簡単な虫歯の治療くらいです。それも、基準がおそろしく複雑なうえに高額治療は保険金がおりたとしてもごく一部です。それでも歯科医は治療時に窓口で自費一括払い(クレジットカード)が基本なので通常の医療と比べれば高くても明瞭会計なだけましともいえます。通常の医療だと治療前には料金が不明で治療後しばらくしてから驚くような請求書が来ることが珍しくありません。

で、次に紹介された口腔外科に電話すると、なんと10月半ばまで、予約はいっぱい。ダイヤモンド先生は数週間のうちに抜いたほうがいいと言っていたので、そんなに待てない。それならペリドンティストも抜歯ができるからということで、ペリドンティストに電話すると1週間後にキャンセルが一つ出たというので、そこをゲット。なんとここもそれ以外の時間だと10月まで空きがないという繁盛ぶり。コロナで歯がダメになる人が多いっていうのは本当だったようです。

さて、このペリドンティストのゴーティシェイム先生には10年前に前歯のインプラントでお世話になっています。お調子者を絵に描いたような先生で、まあよくしゃべる。10年前の抜歯のときには「あ、ぼくと同い年だ。ぼくが一足先に50歳になるからさあ、50歳がどんな気分が教えてあげるねえ」とかいらんことを言っていました。でもまあこういう人だとちょっと痛くなさそうな気がする。

今回はまず「音楽はどう?なにがいい?スポッティファイあるからさあ、なんでもいけるよ」と聞かれました。10年前にはなかったサービスです。じゃあクラシックで、というと「どんなの?」、バロックというと「バッハ?ビバルディ?ヘンデル?」、じゃあバッハで「ゴールドバークは好き?」はいはい、好きです。私の31番はゴールドバーグ変奏曲をBGMに抜かれることになりました。まあトッカータとフーガとか言わなくてよかった。

「オーグメンティン(抗生物質)は今朝から飲んでる?」はいはい。でもあなたが処方したのはアモキシシリン(似たような抗生物質)です。「はれどめのステロイドはまず3個のんでね…」えっ1個ずつって書いてありましたけど。「あれっ白い箱に入ったやつじゃなかった?」ちがうと思う。「ちょっと待って、カルテみてみる。あ、これは1個ずつ朝夕2日でおわるやつだ」大丈夫か?

「笑気ガスはいる?」はいはい、麻酔系はなんでもガンガンいってください。「これでカクテル2,3杯いった感じになるからねえ」と言って、まず最初の歯茎シビレ薬を塗って退場。何人かの患者が同時進行してるんですが、他の部屋からも鳴り響くゴーティシェイム先生のデカい話声。こっちも笑気ガスはあっという間にきいてきて、カクテル3杯くらいのご機嫌。歯科助手のお姉さんが「笑気ガスもっと強くする?」って、いや十分です。「前の患者さんに最強にしてくれって言われたから」えっこれは弱いの?「そうこれは弱」

で、ゴーティシェイム先生が戻ってきて「どう?部屋がグルグルまわってる?」はーい、まわってまあす。じゃあ、はじめようとノボカイン(局所麻酔)を注射して、えっもう抜かれたのってくらいに簡単に抜かれました。抜いた穴を消毒するときにちょっとしみるというと、「ノボカインもっと入れようか?」って、いえいえ結構です。これくらい我慢できます。

ともかく痛みは徹底的に除くというのがアメリカの医療のポリシーです。帰宅後の痛み止めに処方されるのはオピオイド。中毒患者と過剰摂取による死亡者が社会問題になってるあのお薬。ちょっと緊張して飲みましたが、ララランドにも行かず、たいして眠くもならず、なんでこんなんで中毒になるのかよくわかんない薬でした(痛みにはきいた)。翌日にはもう痛みもなく、ステロイドのおかげではれもせず、なんか拍子抜けするくらいでした。

抜歯の料金は450ドル。が、当然これではすまず、この先にインプラントという最も高価な歯科治療の問題があるんですが、はたして一番奥の31番にインプラントは必要かということも含めて、これはまた別の問題なので、いつかまた。

猫を看取る


ニューヨークに自宅待機令が出て3週間目に入った4月7日、うちの猫、スモーキーが16歳で虹の橋を渡った。

 朝はまだ歩けた。声をかけると返事をしたし2メートル離れたところにあるリッターボックスまで行っておしっこもできた。でも水も猫ミルクも飲まない。チュールも食べない。サワークリームを一さじだけなめた。あとはデッキに出るガラスのスライドドアの前の冷たい床にだらっと寝ている。昼頃外に出たいというのでリーシをつけてデッキに出るとよろよろと歩いて日陰の一番寒そうなところに横になった。

 しばらくの間は気持ちよさそうにしているけど、30分もすると居心地が悪くなるのか立とうとする。でも後ろ脚に力が入らないようでうまく立てない。抱いて家の中に入ってバスケットに寝かせた。これまで何度いれても飛び出して冷たい床に戻ってしまったのが、もう動く気力もないのかおとなしく横になっている。

 1時間ほど目を離したら、どうやってはい出したのか、また冷たい床に戻っていた。ときどき動こうとしてワオーンと遠吠えみたいな声で鳴くので、そのたびに抱き上げる。抱いてなでていると、それなりに落ち着く。でもしばらくすると身の置き所がないようにもぞもぞとする。

に出たいのかと思って外に出て、お気に入りの寒い場所にに寝かせると、今度はさらに不安そうにワオーンと鳴いた。また抱き上げてデッキの椅子に座ってしばらく過ごす。眼がにごったようになっていて、もう見えてないようだった。

 夕方になって、またバスケットに寝かせる。今度は本当に動く気力もないのかおとなしく寝ている。ときどき鳴くので身体の向きをかえてやる。猫ベッドを見えるところに置いて夕飯の支度。食べだしたところで、それまでベッドから静かにこちらを見ていたおスモーがワオーンと鳴いてベッドから這い出ようとした。横抱きにしてなでてやると落ち着いて、それからすぐ下顎呼吸が始まった。

 それまで静かにお腹で息をしていたのが、口をパクパクしだす。人間でも動物でも下顎呼吸になると終末が近いのだそうだ。数分すると、もがくように身体をつっぱらせておしっこを少しした。その直後、今まで見たこともないほど口をぱっくりと開け、歯をむき出して恐ろしい形相になった。眠るようにだんだん呼吸がなくなるものだと思っていたので仰天した。

 身体をそらせて、目を見開き、まるで襲い掛かってくるような様子を繰り返す。落としてしまいそうで抱いているのがこわくなってバスケットにおろすと少し落ち着いたが、何度も口をカパッと大きくあけて苦しそうな呼吸を繰り返す。まるで何かが憑依してるみたいだった。なでていると、それから1分くらいでだんだんと呼吸が静かになって、やがて動かなくなった。

 

スモーキー(私はずっとおスモーとよんでいた)は、17年前の秋にボー(おボー)と兄弟セットでシェルターから我が家にやって来た。

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その頃、私の母が急死し、おばあちゃん子だった娘のためにと、元夫が勝手にもらってきた猫だ。私と娘が日本に里帰りする間はどうするつもり?というと「その間は俺が面倒みる」と言っていたが、それから半年で離婚したので、この約束が果たされることはなかった。

 おスモーとおボーは私の離婚後の人生を、これまでずっと一緒に過ごしてきた。2匹とも検診以外に獣医さんにかかったことのない健康優良猫だったが、16歳になったばかりの去年の夏、私が日本に帰国中におボーが亡くなった。留守番をしていた相方が一人で看取ってくれた。

兄弟とはいえ、おスモーは子猫の頃からおボーより体格も良く、運動神経も良い猫だったから、おボーは死んでもおスモーは20歳越えの長寿猫になるんじゃないかと思っていた。

 

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 ところが、なんだか今年になってからおスモーもやせてきて老猫らしい体つきになってきた。そして、3月半ばごろ猫缶を食べなくなった。猫缶の種類を変えてみても、食べたり食べなかったり。そのうちに猫缶にまったく手を付けなくなった。チュールだけは喜んで食べる。でもチュールだけでは到底栄養は足りない。

食べなくなったのはほんの2,3日のことなのにがっくり痩せてしまった。焼いた肉やツナをフードプロセッサーでペースト状にしてやってチュールそっくりにつくってみても食べない。何が入ってるんだ、チュール?いろいろ試して、子猫用ミルクなら飲み、サワークリームならなめることがわかり、猫ミルクとサワークリームとチュールで命をつなぐ。

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3月19日、どこにも見当たらなくなり、さんざんさがしたら、リビングルームで一番寒い、スライドドアのカーテンの陰でドアにぴったり身体をつけるように寝ていた。冷たいところに寝るようになると猫は死期が近いそうだ。暖かいところに移動させてもすぐにもとの冷たいところに戻ってしまう。まだ階段も登れるけど、身の置き場がない感じでうろうろしている。もう寿命かと覚悟する。

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3月20日、迷ったあげくに獣医に連れて行く。もともとキャリーに入れただけでパニックになるおスモーを獣医に連れていくのはストレスになるだけだから、自然にまかせるつもりだった。でもこの朝、おスモーはなんだか少し持ち直したように見えたから、もしかしてと思ったのだ。元気なときはキャリーに入れるのが大仕事なのに、簡単に詰め込めるのが切ない。車の中でワオワオと鳴き続けるので、このまま死んだらどうしようと心配だった。

 コロナウイルス感染予防のため、獣医では飼い主は一緒に病院内に入ることはできず、予約時間に駐車場から電話するとアシスタントがキャリーに入った患畜を受け取りにきて、飼い主は車の中から獣医と電話で話すシステムになっていた。
獣医は肝機能と腎機能の数値はよくないけど、年齢相応、でも白血球が少し多いので何かの感染症かもしれないから抗生物質の薬を飲ませて、ステロイドの注射を打ちますと言う。すぐに死ぬことはないと言われ、少し明るい気分になる。血液検査と抗生物質とステロイドで480ドル。医療費が高いアメリカは獣医の料金も高い。
おスモーは相変わらず冷たいところを好み、この日は一晩中、バスタブの縁にはまっていた。元気な時なら狂喜乱舞するようなブリの焼いたのをやっても舐めるだけ。猫ミルクもほとんど飲まなくなった。
この日、ニューヨーク州に自宅待機令が発令された。

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3月23日、抗生物質が効いたのか、なんだかおスモーの食欲が戻ってきた。チュール10本食い、猫ミルクがぶ飲み。でも猫缶はやっぱり食べない。アメリカではチュールは1本1ドル近くするし、猫ミルクも1本8ドル。これを続けるわけにはいかないのでいろいろ試してみたところ、鳥のささ身や牛肉を茹でてフードプロセッサーにかけたのや鮭の焼いたのを喜んで食べるようになった。この週は少しずつ調子がよくなっていき、週の半ばには猫缶も食べるようになった。抱いた時の重量感も少し戻ってきてた。死なないかも、と思った。

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 3月30日、また食べなくなってきた。31日には猫ミルクもチュールも食べなくなった。また迷ったあげく、獣医に電話したところ、なんと獣医は閉まっていた。自宅待機令に伴って獣医は地域ごとの救急センターを除いて休業になっていたのだった。もうこのまま看取る覚悟を決める。

 スライドドアの前の冷たい床がずっとおスモーの定位置になっていて、この1週間昼も夜も一日中カーテンの陰でたそがれている。サワークリームやチュールをたまに申し訳ていど食べる日が続く。またどんどんやせてきた。週末には危ないかなと思う。

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4月4日、また少し食べるようになった。相変わらず弱ってはいるけど、何か食べているかぎりは死なないと思う。でももう骨と皮みたいに痩せていて「死なないかも」とは思えなくなった。

 デッキへ出るスライドドアを開けると、おスモーがひょいと外に出た。生まれたときから完全室内飼いなので、これまでは怖がって外には出なかった。外の方がもっと冷たくて気持ちがいいのかもしれない。一度も使うチャンスのなかった猫用リーシをつけてみた。元気なころは全力で嫌がっていたのが、おとなしくリーシをつけられてデッキに出た。今になって初めて猫のお散歩ができるとは思わなかった。

 デッキの外にも行きたいというので、外に出たところ行きたいのは外ではなくて、デッキの下だった。縁の下みたいなところに入りたいようだ。お散歩をしたいのではなかった。デッキに戻ると寒そうな日陰の隅っこに横になった。週末はデッキでたそがれるのがおスモーのマイブームになった。

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 4月6日、また朝から何もたべない。朝は一応、何か食べたそうにして、お皿のあるところに来るが、匂いをかいだだけで食べようとしない。チュールやサワークリームは口の近くまでもっていって、鼻につけるくらいにすると少しずつ食べる。

 一日中、窓際の寒い定位置かデッキの隅でたそがれている。すぐ近くに置いてあるリッターボックスにはまだ歩いていける。抱いていて床に降ろすと、どこにそんな力が残っていたのか小走りでカーテンの陰に戻って行く。水も飲まなくなった。翌朝、生きていてくれるかどうかが心配だった。

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 4月7日の夜、おスモーは虹の橋を渡った。バスケットの中で、動かなくなったおスモーは生きているときよりもふっくらして毛並みが艶が戻って、おだやかな感じだった。なんだか元のおスモーが戻ってきたようで死んでるように見えなかった。

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翌朝、おボーを焼いてもらったのと同じペット火葬場で焼いてもらった。ニューヨークは現在必須ビジネス以外営業停止なので火葬場が閉まっていたらどうしようと、電話するまで不安だったけど、獣医は休みでもペット火葬場は必須ビジネス扱いらしい。もし閉まっていたら、うちは庭がないので、裏の林で夜中にこっそり穴を掘るしかないからそれが一番ほっとした。ペットの火葬は遺灰ありと無しのチョイスがあって、遺灰ありは235ドル、なしは115ドル。うちのペットはみんな遺灰なし。うちの玄関のフックにはラッキー(相方の飼っていた犬)とおボーの首輪がかかっている。おスモーの首輪もそこにかけた。

 

新型コロナ感染が広がるニューヨークで

ニューヨーク州で初の感染者が確認されたのが3月1日。そして3月20日現在、ニューヨーク州の感染者は8千人近く、ニューヨーク市だけでも6千人に迫る勢いです。2月初めには、まだ中国や日本のコロナ騒ぎは対岸の火事でした。2月5日にアメリカ初の感染者が確認され、シアトル郊外の老人ホームを中心に感染拡大がニュースになっても、ニューヨークではまだ他人事という感覚があったと思います。世界中から人が行き来するニューヨークに感染者がいないわけがない、と誰もが思ってはいましたが、ここまで急激に来るとは想像だにしませんでした。

ほんの1ヶ月前には、アメリカでは毎年インフルエンザで大勢亡くなってるんだし、コロナだって手洗いをしっかりしておけば、それほど恐れることはない、という感覚でいました。が、この3週間でコロナウイルスに対する考え方はガラッと変わりました。その理由は感染者が増加したからというより(それも多少はありますが)、入ってくる知識が増えたからです。一番最初にぞっとしたのは、2月末にニューヨークタイムズのデイリー(ポッドキャスト)で、「新型コロナの感染が広まった場合に一番問題になるのは人工呼吸器が足りないことだ」という話をきいたときです。重症の肺炎患者を救うために必要な人工呼吸器はどこの病院にもわずかしかなく、簡単に増やせるものでもない。そこに多くの肺炎患者が押し寄せたら患者を見殺しにせざるを得ないというものです。そして、その通りのことがイタリア北部で起こっていることが次々と報道され出しました。イタリアはアメリカに比べれてはるかに良い医療システムがあり、感染が拡大したロンバルディアはイタリアでも一番裕福なエリアです。そこがまるで野戦病院のようなになり、年寄りや重篤患者を泣く泣く見殺しにする事態が実際に起きているわけですから、アメリカで感染が拡大したらもっと悲惨なことになるに違いないというのは誰にでも簡単に想像できます。

初めてニューヨークで患者が見つかったときは、アメリカでも日本と同様にクラスターを囲い込む対策をとっていました。が、コロナウイルスのテストが実施されるようになって感染者数倍増にしたがって、感染防止対策も一斉にロックダウンの方向へ向かっていきました。まず多人数の集まるコンサートやミーティングが中止され、ブロードウエイがしまり、映画館がしまり、学校が休校になり、レストランやバーが休業となり、とうとう今日からニューヨーク州は全員自宅待機となりました。生活に必要な店やサービスをのぞいてすべてがシャットダウンで、医療機関、食料品店、薬局、ガソリンスタンドなどはあいてますが、歯医者は緊急のみ受け付け、医療機関も急を要さない手術や治療は延期、交通機関は間引き運転です。ちなみに美容院は休業です。仕事は在宅のみ、友だちなどを訪問するのも禁止。ジムはとっくに休業ですが、屋外での散歩やジョギングもお互いに6フィート(約180センチ)以上離れることになっています。つまりニューヨーク全体が無期限の引きこもり生活です。もちろん経済的な打撃は生半可なものではありませんが、ニューヨーク州知事のクオモは「それでも生きてさえいれば、また立ち上がれる。またニューヨークを築ける」とまで言っていました。気分はもうゲーム・オブ・スローンの「長き夜の戦い」です。それが説得力をもつほど、今のニューヨークには緊迫感があるのです。既に医療機関でマスクや防護服が足りなくなっており、ニュースをみているかぎりひっ迫感は半端じゃありません。まさか、世界一豊かなはずのアメリカで基本的な医療備品が足りなくなる日が来るなんて思ってもいませんでした。

これが通常の政権なら、大統領を筆頭に連邦政府が権限を行使して医療物資を調達し、州を援護するはずです。が、今はトランプ政権です。医療備品や人工呼吸器の調達を州から依頼されたトランプは「備品調達は州の仕事、俺の責任じゃない」と言い放ちました。今、コロナウイルス感染がアウトブレイクしているのはニューヨーク州を筆頭にカリフォルニア州、ワシントン州で、いずれも筋金入りのブルーステート、つまり民主党鉄板の地盤でトランプと共和党にとっては敵陣。ことにトランプは自分につれないニューヨークに対して可愛さ余って憎さ百倍の逆切れの思いを抱えています。役に立たないどころか、嫌がらせとしか思えない言動出まくり。この非常時に、本来なら協力すべき連邦政府と州政府がつばぜり合いを続けているというなんとも暗たんたる状況です、

ニューヨークがひっ迫してくる中、今、私は日本がますます心配です。トランプとはタイプは違いますが、トップの頼りなさでは日本も負けていません。公表している感染者数こそ少ないものの、テスト率が世界でも突出して少なく、感染状況すら判然としないので、アメリカにいては何が起こっているのはまるでわかりません。でも、このまますむとはどうしても思えないのです。私の想像がはずれてほしいけど。感染対策にはまずテストで感染状況を知ることが一番大切というのが世界的な常識になっている中で、「テストをして陽性がわかると軽症の患者を隔離病棟に入れなければならないので、重症患者を受け入れるキャパシティがなくなるので、検査をしない」って本末転倒な理論がまかり通っているようで唖然としてしまいます。軽症患者は自宅隔離にしなければ対応しきれないのはどこの国の状況を見ても明らかだし、感染状況がわからなければ手のうちようもないはずなのに。はたから見れば患者数を増やしたくないがために検査をしないとしか思えません。このつけが、いつか急激に回ってくるのが心配です。どこかで思い切ってロックダウンをしなくて本当に大丈夫なんでしょうか。せめて満員電車だけでもなんとかしないと。

日本ではビジネスを全面シャットダウンすると、感染防止効果よりも経済的リスクのほうが大きいという意見もあるようですが、それは違うと思います。私がそう考える根拠はただ一つ。アメリカがやっているから。アメリカは「お金」が宗教だといっていいような国です。そのアメリカが次々と広範囲のビジネスをシャットダウンしているということは、そうしないとさらに大きな損失があると踏んでいるからだと思います。アメリカを動かしているのは人道主義より損得勘定。通常のインフルエンザよりちょっと怖いくらいのものに過剰反応して、明らかに大きな経済的損失を招くなんていうことはちょっと考えられません。

いずれにしても、今ニューヨークでコロナウイルスに感染して重症化したら、相当こわい状況であることは間違いありません。テクニカリーに高齢者所帯である我が家でできる対策は、当分おとなしくひきこもることくらいです。

 

 

 

アメリカのパニック買い

 

毎年、吹雪の予報が出るたびにスーパーは激込みになり、シェルフから牛乳が消えるっていうのが冬場のお約束なんですが、今回の新型コロナのパニック買いはちょっと様子がちがいました。トイレットペーパーやペーパータオル、ハンドサニタイザーが消えたっていうのは日本と同じなんですが、ちょっと違うのは食品。

吹雪きの時とちがって牛乳はあった。が、まずチキンが消えた。IMG_3701

特にチキン胸肉。コストコにもスーパーにもない。アメリカ人にとっては冷蔵庫にあると一番安心なのがチキンらしい。まあたしかにうちでもチキンはいつもあるけど。

日本では米が消えたらしいですが、こちらでは、小麦粉と乾燥豆が消えました。米とちがってどっちもふだんはほとんど買う人のいないアイテムなんですよ。家でパンやケーキを焼く人なんか少数派だし、豆だって缶詰を使う日が圧倒的に多い。パン用の強力粉なんか、一番下の取りにくいシェルフにおいてあるくらいで、いついったってないはずはないんですが、きれいにシェルフが空になってました。パンも品薄ではあったんですが、ないわけじゃない。

このあたりに、今回の新型コロナのパニックの深刻さが感じられます。スーパーはこのままあいてるし、食品が流通しなくなるわけではないので、多くの小麦粉と乾燥豆は各家庭のパントリーでビンテージ物となるのではないかと思われます。食品の無駄だよね、とは思いますが、もし、買った人がみな、家でパンを焼いたり、豆を煮たりする事態になること想像するほうがおそろしいです。